レクリエーション室では空席がなく、かなりの生徒が集まっている
八子は30分遅れて教室に入る
黒板の前には部長と副部長が立ち説明をし、顧問は窓際で様子を見ている
八子は静かに教室の隅に立つ
その時、顧問が入学式で指揮を振っていた人であると気付き小さく驚く
すぐに副部長の奏が近付き、八子に「軽音楽部のしおり」と書かれた小冊子を渡す

「はいこれ
 ライブ映像を観てもらってこれから説明するところ」

八子は小冊子を受け取る

「ありがとうございます」

奏は黒板の前に戻る
部長の東雲鶴実(シノノメツルミ)は説明をする

「部のライブは6月、9月、11月、3月とあります
 そのうち、6月と3月はホールを借りて行い、あとの2公演はライブハウスで行います」

八子は目次のページを見て、ライブに関するページを開く

「ライブハウスとホールの違いについて説明します」

鶴実は黒板に表を書きながら説明する

「ライブハウスにはチケットノルマがあります
 1枚3,500円のチケットを部員1名に対し4枚負担してもらいます
 もちろん追加で購入するのもありです」

教室の空気がにわかに重くなる

「ホール公演はチケットノルマがありません
 生徒や保護者、学校関係者は無料です
 一般販売を行いますので、5,500円のチケットを約700枚販売します」

鶴実は手を止めて振り返る

「ちなみに出演が決まったバンドは公演費用として1バンド15,000円掛かります
 これはホールでもライブハウスでも同じです」

鶴実は教卓の上にバンと両手を置く

「はっきりいいますが、私達にとってホールはオーバースペックです
 お金を払って観に行きたいと思われないのは当たり前です
 高校生だからという認識を捨てさせ、1組のアーティストとして公演を楽しんでもらう
 ホール公演の成功こそがこの部の目標です」

鶴実は小冊子のページを捲る

「そのための第一歩としてバンドの結成
 顧問の審査を受け合格すると本格的に活動が始まります
 曲を作りライブの出演を賭けたオーディションに参加することができます」

生徒達に不安が伝播する

「軽音楽部の方針としてコピーは禁止しております
 楽曲制作の経験がない皆さんに酷なことを言うつもりはありません
 毎年6月末までは特別にコピーを許可します
 このチャンス逃さないようにお願い致します」

鶴実は声を高くし、優しく語り掛ける

「顧問の審査をパスしてバンドを結成し、ライブ前に出演を掛けたオーディションを行う
 おまけに、チケットの事もあります
 難しいこと、分からないことあると思いますが、どうぞ先輩方を頼って下さい
 私からは以上です」

顧問は手を叩く

「ありがとうね部長」

新入生は拍手をする
部長と顧問は場所を変える

「えーと改めまして、顧問の社会科教諭・楽市円(らくいちまどか)と申します
 まぁ端的に申しますと、コピーには価値がないということです」

教室が微かにざわつく

「オリジナルが死んでいればコピーにも価値がでてくるでしょうが
 オリジナルとコピーバンドが同じ日に同じ場所でライブをしていたら、オリジナルを観に行くでしょう
 つまり――」

円は胸を張り意気揚々と声を張り上げる

「自分と他人の違いを歌にしない
 マイノリティに悩む子羊たちに刺さる曲を作りなさい」

円はゆっくりと笑みを浮かべる

「これが私がコピーを禁止している理由です」

顧問の話が終わると、見学の話に移った
普段はバンドごとで練習しているが、今日は担当楽器ごとに集まっているらしい
30分の練習に15分の休憩を挟み、それを3回繰り返す
新入生が見学しやすいように上手くローテーションを組んでいるようだ
八子は入部の意を固めていたが、先輩達の顔を覚えるために一通り見学しようと決めた 



八子が教室を出ようとした時、一人の女子生徒が声を掛ける

「あれハチコじゃん」

名は泉州響(せんしゅうひびき)。中学が同じである

「キョウじゃん」
「おっす」

二人は場所を変え、昇降口の前でたむろする
自販機がガコンと音を立て、炭酸ジュースを吐き出す
二人は缶を開け、ジュースを飲む
響は中学時代吹奏楽部でパーカッションを担当していた
定期演奏会ではいつも複数の楽器を演奏し、それを録音し1つの曲にするという芸当を披露していた
仕込みを疑う客を呼んで楽器の場所を変えてもらい、違う順番で演奏しまた曲を作るという流れだ
緊張感がいっきにほぐれる、いわばムードメーカー的な存在であった

「キョウは吹奏楽やめたの?」
「いやぁ体育会系のノリは合わなくてさ」

八子は響の逞しい二の腕を見る

「(嘘付け)」

響は八子を意外そうな目で見る

「八子が楽器に夢中だとは意外や意外
 もう顔合わせないと思ってた」
「ギターが弾けたから選んだだけ
 それに私実技の点数低かったから」
「入学したってことは音楽やりたいんでしょ」
「かもね」

八子自身、この学校を選んだ理由が分からなかった
大学受験の為に狭い教室で机を並べ勉強するよりも、少しでも長く音楽に触れていたかったから
面接ではそう答えていた

「キョウはドラム?」
「モチのロンよ」
「誰とバンド組むの?」
「ハチコとでしょ」
「私っ!?」

八子は驚き、自分を指差す
響はなにを驚いているのかと顔に出す

「とりあえず知っている人と組むのが妥当でしょ」
「私は何も言ってないけど」
「駄目なの?」
「唐突過ぎて床が抜けた」

響ほどの実力者なら組みたい人なら沢山いるはずだ
自分のような半端者ではなく、本気でバンドをやりたい者が組むべきだ

「いやぁそんなもんよ
 吹奏楽部なんて実力だけで組ませるから
 お互い初めましてで喧嘩するのは当たり前
 知っている人と組めるなんてマジのラッキーよ」
「そうなんだね」
「合わせるのには慣れているから安心して」
「分かった」

響は人差し指を立てる

「あと一人か」

スリーピースならベースが必要だ。ギターやキーボードなどを加えてもっと大人数にしてもいい

「気になっている子はいるんだけどね」
「マジっ!!!」

響はキラキラとした顔を向ける

「うん。さっき音楽室でギター弾いていたの」
「吹奏楽部?」
「違う・・・と思う
 個人練習にしては自由に弾いていたから」
「じゃあ軽音楽部の先輩かな?」
「ちなみに耳が聴こえないらしい」
「!?」

響は静止する

「私慌ててたからちゃんと話してなかったんだけど
 でも確かに耳は聞こえてなかった」
「じゃあどうやって弾いているの?」
「どうって普通に」
「音源流してるだけじゃない」

弾いている振りをするためにレスポールを持つのはおかしい
八子は首を横に振る

「違うちゃんと弾いてた」
「でもそんな人いたら噂になるよ
 私聞いたことないや」

八子と響は考え込む
響は思い付いた顔で言う

「カート・コバーンの生まれ変わりとか」
「なんで日本の女子高生になってるの」
「あ、女の子なんだ
 でも、転生系ならよくある話じゃない」
「今時、カクヨムでも読まないよ」

そもそもカートは耳が聴こえる
八子は野暮な突っ込みを置いて、話題を見学の話に移した

「じゃあ今日は私と見て回る?」
「耳の聴こえないギタリストって面白そうじゃん
 会えたら声掛けてみようよさ」
「だよね」

響と八子は並んで軽音楽部の練習場所へと向かった