「なんだよこいつ。クソよぇー。ただのザコじゃん」

 私の顔を踏みつけている金髪の男、大度出皇帝は、心底つまらなそうに舌打ちをした。

 彼の後ろで私を見下しているやつらの名前は、正直どうでもいいので覚えていない。

 クジラに張りつくコバンザメよろしく、大度出に飽きられた私、というおこぼれを早くもらいたいのか、その中のうちのひとりが大仰に笑いながら口を開いた。

「皇帝さんが強いだけですよ」

 つづけて、もうひとりも。

「こいつらがレッサーデーモン倒せたのも皇帝さんのおかげっすよ。だって、皇帝さんが戦ったおかげで、やつらめちゃくちゃ瀕死だったっすから」

「おいしいとこだけ持ってくとか、ほんと姑息なやつらっすね」

 当然のように、最後のひとりもつづいた。

 おだてられた金髪の豚は、それが砂でできた脆い木だとも気づかずに、ぐんぐん登っていく。

「だよなぁ。そんなクソなやつらにはお仕置きが必要だよなぁ」

 いやらしい笑みを浮かべる金髪の豚に見下ろされ、背筋がぞっと震える。

 これからなにをされるのか、わかってしまった。

 それでもなお敵意だけはしっかりと目に込めて、彼らをぐっと睨みつづける。

「おいおい、そんな怖い顔すんなって。嫌がるやつで愉しむことなんかしねぇさ」

 大度出の目が油でもたらしたみたいにギラリと光る。

 残りの三人の顔は落胆色に染まった。

「俺はそういう鋭い目が嫌いなんだ。でもよ、そんな目をしたやつが俺様の力に恐れをなして、徐々に目から力を失って、しまいにゃ抵抗もしなくなって、なにもかもを諦める。俺という圧倒的な力を受け入れる。その瞬間を、その覇気を失った目を見るのがたまんねぇんだ」

 こいつ、弁解の余地もないクソ野郎だな。

 誠道さんがこんなクソじゃなくて、本当によかった。

「それが相手を屈服させる、真の支配だからなぁ!」

 高らかに笑った大度出にお腹を蹴られる。

 やめて、それ以上お腹を蹴ったら子供ができな……いのは人形だから最初からか。

 また蹴られる。

 強引に体を持ち上げられて、顔を殴られる。

 女にも容赦はしないらしい。

「おい、悔しかったらやり返してみろよ」

 できないとわかっていて、非情な現実を突きつけてくる大度出。

 こいつが本当に得意なのは肉体的な暴力ではなく、プライドをぐちゃぐちゃに破壊する精神的な暴力なのだ。

 それからも、暴力は絶え間なくつづく。

 やがて、後ろの三人も混じってきた。

 私を否定する言葉もつづく。

 痛い。

 体中が痛い。

 外側も内側も、すべてが痛くて、悔しくて、情けなくて。

「ほら! さっきまでの反抗的な目はどうしたよ!」

 でも、それ以上にこいつらが恐ろしい。

 怖い。

 抵抗できない。

 睨みつづけたいのに、反抗しつづけたいのに、殴られるたび、蹴られるたび、嗤われるたび、必死で心にまとわりつかせている強がりがベリベリと剥がれ落ちていく。

 心を折られるもんかと思っているのに、折られたくないと思っているのに、折られてはだめだと思っているのに、心の片隅から、諦めという感情が忍び寄ってくる。

 ああ、そうだったんだ。

 誠道さんは、こんなつらい思いをたくさん経験して、それで引きこもりになったんだ。

 さぞ苦しかっただろう。

 惨めだっただろう。

 情けなかっただろう。

 どうしようもなかったのだろう。

 今の私がそうだから。

 私は、誠道さんの心をなんにもわかっていなかったのだ。

 それなのに、誠道さんがバカにされたままなのが嫌だからって、なにもかもを諦めて惨めさや弱さを跳ねのけようともしない誠道さんにムカついたからって、誠道さんに強くあってほしいからって。

 見返したくないんですか? なんて言ってしまったのだ。

 全部全部、誠道さんのためじゃない。

 私のため。

 私が、誠道さんがバカにされたままなのは嫌だから。

 私が、なにもかもを諦めて、惨めさや弱さを跳ねのけようともしない誠道さんにムカつきたくないから。

 私が、誠道さんに強くあってほしかったから。

 そもそも誠道さんだって嫌だったのだ。

 惨めさを跳ね返したかったのだ。

 なんとかして大度出たちを見返してやりたいと、私なんかよりも強く思っていたのだ。

 でも、無理だった。

 反抗の鎧をベリベリと剥がされてしまった心では、恐怖に支配されてしまった後では、どうすることもできなかった。

 そんな苦しみや悔しさを抱えている誠道さんに、私は「見返したくないんですか」と、なにも行動を起こさない誠道さんを非難するような言葉を、さらなる苦しみを与えてしまった。

 誠道さんが一番現状に満足していなくて、変えたいと思っていたはずなのに。

 これでは、ここにいる大度出たちとなにも変わらないじゃないか。

 私だって誠道さんを追いつめて傷つけていた。

 だから今回は神様も助けにきてくれないのだろう。

 ご主人様の心をないがしろにして傷つけるような行動をとれてしまうサポートアイテムなんか、壊れたって構わないから。

 不良品になってしまったから愛想をつかしたのだろう。

「なんだよ。さっきまであんな目してたくせして、もう抗わねぇのか?」

 大度出の言葉にムカつきもしない。

 そりゃそうだ。

 もう私の心に強さなんて、反抗心なんて残っていない。

 それに……私のことなんか、誠道さんは助けにこないだろうな。

 だって、私は誠道さんにきついことばかり要求してきた。

 過去のトラウマを平気で抉ってきた。

 きっと、私といるのはさぞ嫌だっただろう。

 そんな私を近くに置いていたのは、日本にいたときの思い人に容姿がそっくりだから、だけにすぎない。

 でも、そんなもの、どうとでもなる。

 私はただの人形、サポートアイテムだ。

 女神様に頼めば代わりはいくらだって用意できる。

 未来さんと同じ容姿の人形だって新しく用意できる。

 だったら、その人形でいい。

 わざわざ危険を冒して、惨めさと向き合ってまで、私を救いにくる必要なんかない。

 それに、そういう相手だって同じ人間の方がいいに決まっている。

 聖ちゃんはちょっと……いやかなりおかしいけど、可愛いから、きっと誠道さんにとってもその方がいい。

 だって私はただの人形だから。

 サポートアイテムのために、誠道さんが危険にさらされるのなんて本末転倒だ。

 だから、どうかお願い誠道さん。

 そもそも私が、大度出たちを見返そうなんて言ったから、恨みを買ってこんなことになったのだ。

 すべて私のせいだ。

 誠道さんはなにも悪くないのだから、被害者なのだから、これ以上苦しまずに、私のことはもういいから、私のことは、私のことなんて。

 お願いだから――――