「誠道さん、ちょっとご相談があります」

 朝食を取った後、リビングのソファに寝そべって膨れた腹をさすっていると、食器の片づけを終えたミライが話しかけてきた。

「実は今日、誠道さんに新たに受けていただきたい訓練があります」

「新しい訓練?」

 嘘でしょ?

 毎日の筋トレのほかに、また新たな筋トレメニューが加わるの?

 それは嫌だなぁ……………あ、でも。

 昨日の出来事が頭をよぎる。

 大度出に絡まれて、なにもできずに弱虫イエスマンに成り下がろうとした自分。

 ミライに助けられて、泣いてしまった自分。

 本当に惨めだった。

 新しいメニューをミライが考えてくれたのも、俺に自信をつけさせるためなのだろう。

 だったら、俺は。

「わかった。やるよ」

「え?」

「なんでミライが驚くんだよ」

「いや、絶対に反対されると思いまして」

「俺をなんだと思ってんだよ」

「ただの引きこもり?」

「あってるから言い返せねぇな。……俺にも思うところがあったんだよ」

「そうですか」

 頬を緩めたミライはとても嬉しそうだった。

「じゃあ、さっそく先生を呼んできますね」

 その言葉を残して、ミライはリビングから出ていく。

「え、先生って……」

 つまりパーソナルトレーナーってことだよな?

 筋肉ムキムキのお兄さんが出てくるの?

 もし今からでも変更が可能なら、綺麗なお姉さんがいいなぁ。

 筋トレを教えてもらっているときは密着状態で、体と体が触れ合って……むひひひ。

「誠道さん。先生をお連れいたしました」

「はい! 手取り足取りおねがいします!」

 第一印象が大事だと、元気な声で挨拶しながら振り返ると。

「…………おお」

 マジシャンが着るようなタキシードを着た女性が立っていた。

 胸は控えめだが……まあいいだろう。

 大きなサングラスをしているが、顔の下半分だけでも美人だとわかる整った顔立ち。

 ボブヘアーの金色の髪は宝石のように輝いている――って、うーん、なんか見たことある気がするんだが、まあいいか。

 それよりでかしたミライ!

 女性を連れてきてくれてありがとう!

「こちら、メンタリストのイツモフさんです」

 ミライが手を添えながら紹介すると、イツモフさんは軽く頭を下げた。

「どうも。ご紹介にあずかりました。私、イツモフと申します。ここにいるミライさんからご指名を受け、あなたの思考回路をポジティブにするためにやってまいりました」

 おお、挨拶を聞いただけなのに、すごく礼儀正しい真面目そうな人だという印象だ。

 俺が異世界で出会ってきた人が変人ばかりだから、ハードルが低くなっているのだろうか。

 ……でも、思考回路? ポジティブ?

 体と体を密着させるパーソナルトレーナーではなくて?

「今あなた、私のことを真面目そうだと、そう思いましたね」

「えっ? どうしてわかったんですか?」

「当然です。なぜなら私は超優秀なメンタリストですから。表情から心を読んだのです」

 純粋にすごいと思った。

 パーソナルトレーナーではないのは残念だが、これは信頼できそうだ。

 自分のことを超優秀と言ったのもうなずける実力である。

「心を読むって、すごいですね」

「そうでしょうそうでしょう! 私のことはどんどん褒めてください! 私は超優秀で真面目なメンタリスト。縮めてマジメンタリストなのですからっ!」

 あれれー、一気に信用ガタ落ちしたんですけどー。

 超優秀なんて自分で言っちゃうやつなんて絶対信用ならないよね。

 ミライが連れてきたやつを信頼しちゃいけなかったよね。

「ちなみに、私のフルネームはイツモフ・ザケテイル!」

 こいつ絶対真面目じゃねぇじゃん!

 名前からして真面目じゃねぇじゃん!

「そして私の父の名はキットフ・ザケテイル。母の名はタブンフ・ザケテイル」

 一族みんなフザケテイルじゃねぇか。

 真面目成分が含まれる遺伝子は、この一族に限り、進化の過程で完全に捨てちゃったんですね。

「さらに、偉大な祖父の名はカーペンター」

「意外とすぐふざけはじめた人が見つかったよ!」

 一族みんなとか言ってごめんなさい。

 こいつの父と母がふざけはじめたんですね。

「いや名づけたのはその親だから犯人は祖父母世代、カーペンターさんだぁ!」

 これは、もしかしてあれですか?

 田中さんや佐藤さんが二階堂(にかいどう)如月(きさらぎ)西園寺(さいおんじ)に憧れちゃうのと同じですか?

 ラノベ書きはじめの人が、珍しい苗字ばかりつける謎の病気と同じですか?

 一時期の小鳥遊(たかなし)のあふれ返り具合は異常だったよ。

 物書き界隈では、きっと鷹は絶滅しちゃってたんだと思う。

「なぁミライ。本当にこの人で大丈夫なのか?」

「問題ありません。イツモフさんは優秀なマジメンタリストで、数多くの方を救っております。『こんなにバカげたやつが自信満々に生きているんだから、俺も前を向いて生きられそうだと思えた』ともっぱらの評判です」

「なるほどね」

 それをあえてやっているのなら、こいつはやっぱりすごいという認識になるのだが、どこからどう見ても、これがこの人の素だよね。

 大丈夫かなぁ。

 マジメンタリストじゃなくて、明らかにマジヤバメンタリストだよね……?