その日の夜。俺は自家発電を……じゃなくて、とある行動を起こそうとしていた。

 ミライは思考読み取り機の子機を飲み込んでいるため、親機を飲み込んでいる俺は好きなときにミライの思考を読み取ることができる。

 ミライがこのことに気づいている可能性もなくはないが、一晩中ずっと警戒しておくのは無理だろう。

 ましてや今後ずっと警戒するのも。

 まあ、俺のことを信頼して子機を飲み込んだと思うと心が痛むが、今しかミライの弱みを握るチャンスはない。

 こうでもしないと、ミライは借金をやめないから。

 自室のベッドの上で目を閉じる。

 ミライが自分の部屋にいることは確認済みだ。

 自分の部屋にいるってだけで心が落ち着いて、警戒心が薄れるのは当然のこと。

 長年引きこもってきた俺が言うんだから間違いない。

 長年引きこもっていると次第に自分の部屋がつらい場所になってくるけどね。

「よし、作戦開始だ」

 頭の中で、ガガガという雑音がする。

 その後すぐに、ミライの思考が頭の中に流れ込んできた。



 よかったぁ。誠道さんの本心、聞きたかったけど聞きたくはなかった。

 怖いけど、もし読み取れるんだったら、読み取っちゃうところだった。

 誠道さんは、これまでの人とは違って、私を人形じゃなくて一人の女の子として扱ってくれた、特別な人だから。

 これまでは本当に悲惨だったなぁ。

 私を人形としてしか扱ってくれない人ばっかりで、きつかった。

 私がその人の初恋相手の姿になれるせいで……何回強引に襲われかけただろう。

 どうせこいつは人形なんだ。

 人形が抵抗すんなよ。

 人形のくせに。

 何回そんな言葉を言われただろうか。

 そのたびに神様が助けてくれたけど、あのころの私はもう限界だった。

 最後のチャンスとしてやってきたこの世界で、誠道さんに出会えて本当によかった。

 だけど。

 この姿は、日本で誠道さんが恋をしていた女性の姿なだけ。

 これまで私が仕えてきた人と同じように、誠道さんも私がその人自身なんじゃないかって思っているはずだ。

 この姿だから誠道さんは私をそばに置いてくれているはずだ。

 でも私は、思い人の姿になれるだけの、ただの人形。

 誠道さんの脳内を読み取って、誠道さんが好きだった人の姿をコピーしたに過ぎない。

 だから絶対にバレちゃだめだ。

 本当の未来さんの記憶が私の中にはな――



 俺はそこでミライの心の声を聞くのをやめた。

 やっぱり、こんなのだめだ。

 盗聴なんて趣味が悪すぎる。

 申しわけない。

 はじめて出会ったときにミライが自分の人間らしさを気にしていたのは、人形と認識されることにトラウマがあったからなのか。

「でも……そうか」

 ミライには、鹿目さんの魂が宿っているとか、そんなんじゃなかったんだな。

「そういうこと、だったんだな」

 俺は物音を立てないように走って逃げた。

 自分の部屋に飛び込んで、ベッドの上に倒れこむ。

 鹿目さんが死んだときに感じた灰色の感情が、心の表面を覆いつくしていた。

「別に、本気で、そう思ってたわけじゃ……」

 ない、という否定の言葉の前でつぶやきが止まってしまった。

 だって、ミライを側に置いていた理由に、鹿目未来に似ているからがなかったと言えば噓になる。

「最低じゃん。俺」

 喉ぼとけをかきむしる。

 他人から勝手に期待されて勝手に失望されることに傷ついて引きこもりになったにもかかわらず、俺はミライが鹿目さんであると勝手に期待し、そうじゃないとわかった今、勝手にミライに失望している。



 ――余命なんか他人に決められてたまるかって。私は生きるよ、これからも。



 鹿目さんの言葉が、不意によみがえる。

 あのときの俺は、鹿目さんは俺にだけはなんでも話してくれるんだと勝手に思い込んでいた。

 だって俺は、鹿目さんが将来の夢を打ち明けた最初の人間だから。

 鹿目さんにとっての特別な存在になれた俺は、鹿目さんにずっと寄り添って、病気を一緒に克服して、これからもずっと一緒に生きていこうと決意した。

 でも実際はそうではなくて、鹿目さんは、死に恐怖している心を俺の前で一切見せてくれなかった。

 俺なんかに私の心を慰められるわけがないと、期待も信頼もされていなかった。

 だから俺は、鹿目さんが母親に本心を吐露している場面を目撃したとき、鹿目さんに対して勝手に裏切られたという感情を抱いて、その場から逃げた。

「なんだよ、あのときと俺、なんも変わってないじゃん」

 唾液が酸っぱく、そして苦い。

 でもやっぱり、ミライには、鹿目さんの魂が宿っているとか、そんなんじゃなかったんだな。

 仰向けになって天井を見上げると、その景色は異世界にくる前に引きこもっていた自室のそれと同じに見えた。