「君のお姉ちゃんは病気なんだよね?」

「うん。だから僕、どうにかしたくて、お姉ちゃんを救いたくて」

「その病気は、ひどいの?」

「重症で、もう治らないかもしれないけど。でも僕にとっては、たったひとりの大切なお姉ちゃんだから」

 声を潜めて泣く姿に心が締めつけられる。

 どうにかしてあげたいけれど、不治の病ならどうにもならない。

 だけど病気を抱えたまま生きていくのにだってお金は必要だ。

「私なら、治せるかも」

「「え?」」

 俺が聖ちゃんの方を向くと同時に、男の子も顔を上げた。

「たしか私の【剣聖者】で覚えた技の中に、悪を浄化させるものがあったはず。使い道のない技だと思っていたけど、その病原菌を悪だと認識すれば、治療できるかも」

 やっぱり固有ステータスによって優劣つけすぎじゃない?

 【剣聖者】めっちゃ強くて万能すぎじゃん。

 うらやましすぎるんですけどー。

「ほんとに? それで僕のお姉ちゃん、治る?」

「やってみないとわからないけど、でも治してみせる」

 聖ちゃんの真剣な眼差しが、俺の心までも熱くする。

 聖ちゃんならきっとできる。

 絶対にこの子のお姉ちゃんの病気を治してみせるはずだ。

「それで」

 聖ちゃんがその子に尋ねる。

「君のお姉ちゃんの病名はなんていうの?」

 その子は、お姉ちゃんが治ると聞いて安堵したのか、満面の笑みでこう言った。

「うん! 僕のお姉ちゃんは、ものすごくお金にがめつい症候群なんだ!」

「おいてめぇクソガキさっさと聖剣ジャンヌダルクを返しやがれ!」

 心配して損したわ!

 やっぱり姉弟そろってただの盗人じゃねぇか!

「どうしていきなりそんなこと言うの?」

 うるうるとした瞳で見つめられて、心が痛む。

 ここは無条件で首を縦に振って――そんなんじゃ俺の心は動かされないからな。

「僕のお姉ちゃんは不治の病にかかってるんだよ?」

「症候群ってつければなんでも病気のせいにできると思ったら大間違いだぞ」

「でもお姉ちゃんは『お金がぁ、お金がもっとほしいぃ』って毎日うなされてるんだ」

「だから知ったことか!」

「大人なのに忘れたふりはよくないよ。この音声記録魔道具にはほら! 『私が治してみせます』っていう声が録音されてるよ。言質はもう取れてるんだよ」

「え? それはさっきの私の声?」

「てめぇ盗聴までしてたのか」

「言いがかりはよくないよ。これはただの動かぬ証拠」

 なにこの子。

 頭のよさを悪い方向に伸ばしちゃってる。

 メンサ会員の詐欺師に会った気分だ。

「もしかしてお前、ここまでの流れすべて計算済みか?」

「計算はね、足し算ならできるよ」

「誠道さん。落ち着いてください。この子は悪くありませんから」

 聖ちゃんに服を引っ張られて、俺はようやく冷静さを取り戻した。

「……それもそうか」

 たしかに聖ちゃんの言う通りだ。

 よくよく考えてみれば、この子はなにも悪くない。

 この子はお姉ちゃんを苦しみから救おうとしただけ。

 そこにあるのは、お姉ちゃんを救いたいという純然たる思いやりだ。

「さっきは、急にひどいことを言って悪かった」

 ただ幼いがゆえに、その方法を間違えてしまっただけなのだ。

 だったら、俺たち大人がすべきことは、そんな子を頭ごなしに叱ることではなくて。

「君の中にあるお姉ちゃんに対する思いを、一緒に伝えにいこう。それがお姉ちゃんにとって一番のワクチンになるはずだ」

 盗みを働かせてしまうほど弟を追い込んでしまった。

 それを聞かされれば、この子のお姉ちゃんもなにかを感じるに違いない。

「うん。僕、お姉ちゃんに正直に話すよ」

「えらいぞ」

 俺は彼の頭を撫でてやる。

「ええっと、そういえば名前は」

「ジツハフです」

「ジツハフの思いを伝えたら、きっとお姉ちゃんも改心してくれるよ。だから、この聖お姉ちゃんに聖剣ジャンヌダルクを返してくれるかな?」

「うん。……あ、でもごめんなさい」

 ジツハフは目に涙をためて、体を小さくする。

「実はこれ、壊れちゃってて」

 恐る恐るといった様子で、ポケットから聖剣ジャンヌダルクを取り出すジツハフくん。

 たしかに刃の部分が綺麗さっぱりなくなっているけど、これって剣を小さくしたときに怪我しないための配慮じゃないの?

「僕はなにもしてないんだ。聖お姉ちゃんがゴブリンを倒して言葉にするのもおぞましい鬼畜の所業をしているときに、この剣を盗んでポケットに入れただけ。その後バイト先で出品しようと取り出したら壊れてたんだ」

 頭を下げるジツハフくん。

 彼の必死さから、彼が言っていることは本当なのだとわかる。

 それと、こんな幼い子にトラウマを植えつけた聖お姉ちゃんは深く反省してください。

「壊れたって、私の、ジャンヌダルクが……」

 聖ちゃんは想定外のできごとに唖然としている。

「本当にごめんなさい」

 ジツハフくんが、泣きながらさらに深く頭を下げたときだった。

「ちょっと、あなたたちなにをしてるの?」