それからまたしばらく歩くと、木の陰から出てきたゴブリンと鉢合わせした。

 相も変わらずゴブリンは、「アア、ググ、ア」とコミュ障を発動させている。

「よっしゃ。今度こそ。悪く思うなよ」

 俺はゴブリンに手を伸ばす。

 なんかこうすると、必殺技を発動してる感がして格好よくない?

「くらえ! 【昼夜逆転しがち】!」

 ま、名前がダサすぎるので、格好つけた分だけ格好悪くなるんですけどね。

 予告ホームラン宣言してバントする野球選手くらい格好悪いよ。

「そんなことより、この技の効果だ効果」

 手の先から炎や水が出る……はずはない。

 まあそんなもんははなから期待していないが。

「誠道さん。もしかして手の先から炎とかが出ると期待してました?」

「ななななに言ってるんだよ。そんなの名前からしてあるわけがないんだからさ」

 ミライに見事に言い当てられて心臓が縮み上がる。

「ほんと、あの名前で炎とか水とか、どんだけポジティブバカなんだよ。そもそもネガティブだから引きこもるんだ。前向きな引きこもりなんていない」

「そうなんですか? でも誠道さんは日本にいるとき、自分の部屋で目からビームを出そうとしたり、俺の人生はこんなはずじゃない、まだ才能が見つかっていないだけだ! って過度なポジティブ思考をしてましたよね?」

「さーて、ゴブリンはどうなったかなぁ」

「にもかかわらず、ベッドの上で動画を垂れ流すだけで一日を終えたり、なぜか深夜ラジオにはまって通ぶったり、ゲーム実況なら俺にもできそう! なんて思っても結局機材を調べるだけしかしなかったり」

「さーてっ! ゴブリンはどうなったかなぁ!」

 さっきよりも大きな声を出して、ミライの言葉を強制終了させる。

 ってか俺たちはゴブリン討伐にきてるんだよね?

 ミライだけ石川誠道討伐ミッションをやってない?

「ガガガァググゥ」

「おっ?」

 俺の必殺技を受けたはずのゴブリンが、目を抑えて苦しんでいるのに気づく。

 よく見たら、ゴブリンの目の周りに黒い靄のようなものが纏わりついていた。

 ゴブリンは周囲が見えていないのか、あっちこっちへふらふらしている。

「これって、もしかして」

 俺はミライを見ると、ミライも無言でうなずいた。

「はい。相手の視界を奪う必殺技だと思われます」

「……だよな。これ、相手の視界を奪うって、結構強くないか?」

 今はまだゴブリンの目くらいしか覆えないが、これから練習していけば、いずれこの世界すべてを真っ暗にできるのでは……あ、それで昼夜逆転ってことね。

「すげぇじゃん、これ。俺、ちょっと鳥肌立ってる」

「誠道さん。浮かれるのはいいですが、早くゴブリンを倒しましょう。いつまでその黒い靄がつづくかわかりませんし」

「そうだな。おりゃぁああ!」

 俺はゴブリンに近づいて、棍棒を脳天めがけて振り下ろす。

 ドゴッ、という鈍い音がして、頭蓋骨が砕ける感触が棍棒を通して伝わってきた。

 地面に倒れたゴブリンの頭からは、紫色の液体がびゅうびゅうと噴き出している。

 棍棒も、ゴブリンの頭とぶつかったところを起点に粉々に砕けた。

「いや、この棍棒脆すぎだろ!」

 まあ、倒したからよしとしよう。

 さて、ゴブリンを倒すとどれほどの経験値がもらえるのかな?

「なにを期待しているのですか? ここは外です。経験値はもらえませんよ」

「そうだったぁ! 俺は家の中でしか経験値を稼げないんだぁ! ……あれ、じゃあ俺が魔物と戦う意味は?」

「私たちの借金を返すためですね」

「全部お前が作った借金だろうが」

「そんなにかっかしないでください。経験値はたしかにもらえませんでしたが、敵を倒したっていう成功体験と」

 ミライはそこで言葉を止めると、おもむろにゴブリンの亡骸に近づいていく。

 足の間に手を突っ込むと、そのまま勢いよく手を引っこ抜いた。

「ほら。おいしいおいしいゴブリンの睾丸がもらえました」

 にっこりと笑うミライの手には、紫色の液体がべっとりと付着した、茶色くて丸いものが二つ。

 俺は思わず股間を抑えた。

「これで、今日もおいしい煮物が食べられますね」

「食べても絶対においしいなんて思えねぇよ!」

 俺がそう叫んだときだった。

「あ、あの……」

 俺たちの背後から、女の子の声が聞こえてきた。