「なんでしょうか?」

 きょとんと首を傾げるミライ。

 どうやら自覚症状がないらしい。

「お前さ、自分のことをサポートアイテムって言ってたけど、これからはそれ禁止な。お前はミライなんだから。自分のことを人間以外のように扱うのは、俺が悲しくなる」

「えっ、誠道さん……」

 ミライは、ぱちくりと一度瞬きをした。

 その瞬きの前と後で、瞳の彩度が変わったように見えたのは気のせいだろうか。

「はい。わかりました。では人間らしくたくさん誠道さんに攻撃します! それで経験値をどんどん積みましょう!」

「攻撃することが人間らしさって意味わかんねぇから!」

 どうやら瞳の彩度が変わったように見えたのは気のせいだったようです。

 もしくは俺を攻撃できることに喜びを感じる……ドS?

「意味わからないはずはないと思うんですけど。だって人間は、平和だ平和だ言う割にいつの時代も懲りずに争いつづけていますけど?」

「突然社会派気取るな。反論できないのもなんかつらいし」

 これまで生きてきた人間さんたちよ。

 あなたたちのせいで俺が謎の業を感じる羽目になってます。

 これを機に反省して平和を目指そうよ!

「そうツッコめるんですから、誠道さんはやっぱり優しいですね。これまで仕えさせられた方とは違って人間ではない私に対しても――すみません。さっそく指摘されたことをしてしまいました」

「いいんだ。ゆっくり慣れてくれれば」

「はい。今、私に向けてくれた優しさこそが、なによりの強さで、なにより大切なことなのだと私は思います。誠道さんがそれを持っていてくれて、本当によかったです」

「褒めてもなにも出ないぞ」

「純粋な感謝ですよ」

 そのときミライが浮かべた笑顔は、宝石のようにきらきらと輝いていた。

 その笑顔は俺が脳裏に焼きつけていた鹿目未来のそれと同じで、生きるという選択をしなければこの笑顔をまた拝むことができなかったのかと思うと、目頭が熱くなった。

 あのとき湧き上がってきた衝動と、目の前のメイドに感謝する……あれ、死にかけたきっかけもこいつだったような気が……まあいいか。

「ありがとうな、ミライ。俺、ミライと一緒ならがんばれるよ」

「いえ。私が誠道さんの自信になれたのなら、喜ばしい限りです」

 ミライが深々と一礼する――瞬間、『私が君の自信になってあげるよ』という鹿目さんの言葉と『私が、誠道さんの自信になれたのなら、喜ばしい限りです』というミライの言葉が脳内で混じり合った。

 なんとなく、いやまああり得ないとは思うけど、ほんの少しだけとあることを期待してしまうのは罪なことだろうか。



 もしかしたら、ミライは本当に鹿目未来なのではないか。



 だって、人形になったら死なずにすむ的なことを言っていたし、さっきの言葉は『私が君の自信になってあげるよ』という言葉を知っていないと出てこない気がするし、そもそも鹿目未来に容姿がそっくりだし…………いや、ないか。

 そんなわけがない。

 だったらどうしてミライは「私は鹿目未来だよ」と名乗らないのか。

 そもそも性格が違うんだよなぁ。

 鹿目さんも俺をいじることはあったが、ここまで露骨に雑にいじることはなかった。

 それに転生できたのはあのバスに乗っていた人だけ。

 ないない。さすがにないよ。

 だって転生者を弄んで楽しむでおなじみのクソ女神さまだ。

 善良な神様が施すような奇跡をもたらしてくれるはずがない。

 でも、心の片隅で勝手に思うくらいは、いいよな。

 誰にも迷惑をかけてないし。

「よっしゃ。それじゃあさっそくトレーニングはじめっか」

 鹿目さんそっくりのミライの笑顔がそばにあれば、俺は何週間でも何か月でもがんばれる。

 ミライが実は鹿目未来かもしれないと思うささやかな幸せくらいは享受したって、罰は当たらないだろう。

「はい。メニューは私にお任せください」

 その日から一週間、俺は毎日休むことなく、ミライの指導のもと引きこもりながら筋トレを行った。

 得た経験値はなんか術系の技を使えたら格好いいかもという理由で【魔攻】に全振りしていく。

 すると、さらに一週間がたってようやく。

「おめでとうございます。【魔攻】が9から10へレベルアップしました』

「よっしゃあ! ついに【魔攻】が二桁に到達だぁ!」

 ここまで本当に長かったよぉつらかったよぉ大変だったよぉでもこんな低レベルで満足する俺って……いや、今はそんな考えはドブに捨てておいて。

「【魔攻】がLV10に達し、条件を満たしました。【新偉人】の必殺技が解放されます」

「またまたよっしゃぁ!」

 ついにはじめての必殺技だ。

 まあまだひとつ目だから、そんなに期待はしてないけどさ、それでもドキドキは止まらないよ。

「誠道さん。おめでとうございます」

 ミライも拍手で祝福してくれる。

 ちなみに、ミライにも天の声は聞こえているそうだ。

「では今回、石川誠道様が習得された必殺技は……」

 もったいぶるように言葉を止める天の声。

 俺は口の中にたまっていたつばをごくりと飲み込む。

 ここから石川誠道様の異世界冒険伝説が幕を開けるんだぁあああ!



「技名称【昼夜逆転しがち】です」



 っざけんな!

 必殺技名、ただの引きこもりあるあるじゃねぇか!

 ぜってぇ女神様、俺で遊んでるだろぉ!

「くふふっ、誠道、しゃん、ふふっ、お、おめでっ、とうござぶふっ、います」

 おい、このメイド腹抱えて笑ってんだけど。

 お前の言う通りにがんばったらとんだ恥かいたよ。

 鹿目未来に似ていなかったら追い出していたところだ。

「なんで俺の異世界生活はこんななんだよぉおおおお!」

 もういい。

 やめだやめだ。

 俺は金輪際努力なんかしないからな。

 ただの引きこもり上等だよ!