***ウォルトの視点***


「それでは魔法使いオレーリアが編み出した魔法術式、功績及び所有権は彼女個人のものとし、今後彼女の許可なしに無断利用を行った場合、罰金対象となることをここに宣言します」

 僕の上司かつ師匠である大魔法使いレニーは王の間で宣言した。良く通る声で有無を言わせない威圧感に、国王も王妃も青ざめるばかりだった。ああ、こんなことなら記録用魔導具で一部始終を録画しておけば良かった。オレーリアもきっとこの場にいたかっただろうし。
 師匠は魔法使いに甘い。超甘い。万が一にもオレーリアが傷つくかもしれないと慮って、魔法塔の主人自ら動くのだから国王も王妃も驚いただろう。

 なんの価値もないと思っていた末姫がこの国にとって、もっとも価値のある人間だったと今さら知った顔は傑作だった。魔法使いを守ることこそが魔法塔の存在意義であり、それこそが世界をよりよい道に進めるための《調停者》としての役割でもある。
 それを王族が知らないはずがないだろうに。それでもオレーリアの功績ではないと思いたかったのか、誤魔化せるとでも思ったのか。

 師匠は基本感情を表に出さない。だが今回はオレーリアのことで珍しく怒っていた。下手すれば国丸ごと焦土にする気満々の武装だったので、兄弟子からお目付役として同行を命じられた。
 師匠もオレーリアと似た灰褐色の髪、陶器のような真っ白な肌、緋色の瞳の美女だ。黒のドレスにローブ姿で、いつもながら美しい。怒っている姿も凜としていい。

「魔法使いは世界の宝。それを貶めた罪は重い。魔法使いは貴重であり、国に富と繁栄をもたらすのをお前たちは知らないのか?」
「そ、それは……。しかしオレーリアが他の者の功績を盗んだと報告があったからで」
「だから? 再三、魔法塔で結論を伝えてきたはずだが? 貴公らは文字が読めないのか?」
「なっ……」
「はぁ。どうして、こんなことに……。オレーリアを虐げていれば全て上手くいくと、そなたが言っていたのは嘘だったのか」
「陛下……っ、あの女の娘は虐げられ、誰からも疎まれ、愛されない存在でなければならないのですわ。ああ……惚れ薬を使ってあの騎士から婚約破棄されて、惨めな思いをさせるつもりが……どうしてこうなったの!?」

 うわあ。王妃も屑だが、実の娘なのにとんでもないことをいう父親だな。王としても父としても最低すぎる。これ以上会話を続けていたら師匠が王の間を消し炭にしそうなので、しゃしゃりでることにした。

「オレーリアがこの国に貢献したことで、この国の魔法術式の八割はこれより一時間後にストップします。もし今後もご利用するのなら、正規値段で利用料を払って頂くことになりますが、どうなさいますか?」
「この国で育ったからこそ生み出された魔法術式を、個人が所有するなど」
「魔法塔もむやみやたらに個々人の所有権にするつもりはありません──が、所有者に対してこの国は対価を支払ってきていない。そしてオレーリアを貶める言葉や噂の数々。僕がこの国に留学に来たのは本当ですが、もう一つ魔法塔から監査役としても来ていたのですよ。だから言い逃れはしないほうが良いかと。利用料が嵩みますからね」

 国王と王妃はそれぞれ顔が青くなったり、赤くなったりと忙しいようだ。そんな中、王の間に乱入してきたのは帝国から出戻った王女クラリッサだった。よくこの場に顔を出せたものだ。

「お母様、お父様、アシュトンの姿が見えませんわ。先日のパーティーでも姿を見なくて……何かご存じですか?」

 わぁお。客人がいても自分優先か。相変わらずとんでもない世間知らずなお姫様だ。そんなんだから兄様とソリが合わなくて離縁を突きつけられたのだよな。なぜかこの国では兄様が死んだことになっているし、情報規制が徹底しているというかなんというか。
 白い結婚?
 浮気三昧で豪遊していたくせに。今度はオレーリアの婚約者にまで手を出そうとするのだから質が悪い。王妃の言われるままに動く頭空っぽの人形姫だって自覚がないのは、憐れだな。まあ、どう転んでもあの婚約者はずっと前からオレーリア一途で、魔法塔にも籍を置いていたから心配はしていなかったけれど。
 今頃二人で空中都市を見て回っているだろう。うん、同僚となる僕としても最高の結末だな。もっともこの国の者たちはこの先、国としていつまで維持できるか見物だ。

 僕としては魔法術式の永久凍結でも良かったのだけれど、オレーリアは甘いからな。署名のサインを確認した後、師匠は転移門を召喚する。
 転移魔法で帰るのも良いけれど、魔法塔の凄さを見せるためらしい。パフォーマンスも大事なことだ。

「ああ、それとこの魔法術式を使う場合、必ず誰に所有権があるか国が公表しないといけない。契約書にも記載してあった通りだ。三日で国中に通達しなければ罰則となるので注意してくれ」
「は!?」
「そんなこと一言も……」
「口にはしていないが、契約書をよく読めば分かるだろう。本当に同じ人間なのかと疑うほど頭が悪い王だな。このままではもって八年といったところか」

 聞いていないと騒ぎ立てるが、そんなのは事前に書類も渡していたのに、しっかりと内容を読まなかった王族が悪い。本当にこの国は大丈夫なのだろうか。まあ、王太子はまともだったし、国王王妃の尻拭いに奔走して各地を走り回っているとか。そんな暇があるなら妹を守ってやれよと思ったが、大分溜飲が下がったし僕が出る幕はない。
 あのいけ好かない魔術師はオレーリアの婚約者が潰してしまったし、本当に出番がなくてかなしいな。……涙ぐんだら師匠が頭を撫でてくれないかな? 昔はよく撫でてくれたのになぁ。

 はあ、誰か不敬なことを言って騒いでくれたら、少しは憂さ晴らしができるのに。まあ、どちらにしてもこのままだと帝国に滅ぼされるか、自滅だからいいか。これからはオレーリアに未解読な写本とかも読み解いて貰えるなんて、あーワクワクしてきた! 本当にこの国がクズで良かった。


 ***


 数日後の空中都市。
 王国での公式発表(新聞)に目を通しながら、アシュトン様は怖い顔をしていた。私は気付かないふりをして美味しそうなオレンジタルトを頬張る。美味しい。ここのカフェも当たりだわ!
 今はアシュトン様と今までできなかったことをしようとなって、カフェ巡りデートを楽しんでいる。普段着のアシュトン様も凜として素敵だわ。
 ルンルン気分だったのだが、アシュトン様は新聞をテーブルに置くと珈琲カップに口を付けた。眉間に皺が寄っている。

 思ったよりも怒っているようね。私の功績だと言いつつも、悪意のある書き方をしているので魔法塔から注意勧告がいくだろう。私としては毎月の利用料+超過料金も振り込まれるのでホクホクだけれど。傍にいない人に何をいわれても別に気にしないし、どうでもいい。

「オレーリア様。毎月の利用料だけとは、あの国への報復は甘くありませんか? 使用不可にして……なんなら今からでも巨大魔法を使って王城を落としてきますよ?」
「物騒すぎますわ! 絶対にダメです。私を侮辱して嘲笑った方々も、毎月城一つ買えるぐらいの利用料を払っていかなければならないのですよ。勝手に自滅していくので、このぐらいでいいのです。アシュトン様が大事な物は全部掬い上げてくださいましたし」
「しかし……」
「アシュトン様の気がすまないというのなら、近くに可愛いぬいぐるみ専門店があるのです。そこで抱き枕を買って……アシュトン様?」
「抱き枕……黒猫のぬいぐるみ(ライバル)は……、もういないのですか?」
「黒い猫? ああ……ずっと昔に現王妃に取り上げられてしまったのですよ」

 できるだけ明るく言ったつもりだったけれど、アシュトン様は途端に笑顔になった。これはガチギレの笑顔だわ。優しさの欠片もない目をしている。

「オレーリア様、五分ほど席を外しても?」
「アシュトン様、滅ぼしに行くとかダメですよ!」
「ダメですか?」
「ダメです!」

 ションボリしてもダメなものはダメだ。あまりにも悲しそうに言うので「ダメじゃない」と言いそうになった。狡い。

「わ、私とのデートをそっちのけで行くほどのことですか?」
「そうでした。オレーリア様とのデート以上に優先事項などありません」

 ちょろい。いやこの場合はそれで助かったけれど!
 私とアシュトン様は魔法塔の一員として働くのはもう少し先となる。というのも、新居から新しい生活とやることが多々あるので、その準備期間を設けて貰っているのだ。
 だから私たちは今までできなかったことを一つずつ叶えていこうとなり、空中都市の散策に、デートを重ねて、生活サイクルを二人で作っていく。
 こういう時、王女ではなく前世の記憶や知識が役に立つ。料理も普通にできるのでアシュトン様に振る舞ってみたら号泣されて、食べるまで一時間は掛かった。

「オレーリア様」
「アシュトン様、もう様を付けるのは、……その、やめてみませんか? こ、婚約者ですし! よ、呼び捨てなど……」
「オレーリア様。それはダメです。私の心臓が保ちません。せめて183日ぐらいは心の整理が必要です」
「うん、ほぼ半年ですね。……手を繋いで、キスやハグはするのに」
「それとこれとはまた違います。そんな愛らしいことばかりですと、押し倒してしまいます」
「アシュトン様なら別に良いですよ」
「──っ!?」

 ちょっと恥ずかしいけれど、本心だもの。この先も、この人と一緒に居られると思うと、ちょっぴり大胆にもなれる。
 とびきり幸福を噛みしめながら、お互いに耳まで真っ赤になりながら照れ合ったのだ。これからとびきり幸福な時間が待っていると思うと、嬉しくてしょうがないわ。

 END