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「オレーリア! どうして帰ってきたのに、一度も会ってくれないの!? 出迎えの時もいなかったし!」

 明日、姉の帰国を祝うパーティーに不参加の知らせを送ったら、姉が部屋に乗り込んできた。侍女も王女相手では追い返せなかったのだろう。いや、むしろスキャンダルにならないか、喜んで迎え入れた可能性だってある。

「現王妃と宰相閣下から会うなと、通達があったからですよ」
「まあ! 姉妹の再会なのに、お母様は一体何を考えているのかしら!」

 私としては姉も何を考えているのか、サッパリわからない。

「それで、ご用件は?」
「明日のパーティーに出て欲しいの! それで私からオレーリアと仲良しだって話すわ。お母様が何か言ってきても私が守るもの」
「お断りしますわ」
「え」
「明日は大事な用がありますから、貴女のパーティーには出ません」
「酷いわ。三年の間に何があったの? 嫁ぐ前は、あんなに一緒にいたのに……」

 ぐすんと涙する姉に心底、心が冷え冷えとしたものに変わっていく。どうせ私をパーティーに呼びたいのは、アシュトン様と婚約破棄を一方的にさせて自分が婚約する宣言をするためでしょうに。

「一緒に? 私と婚約者様とのお茶会に乱入してきたことですか? それとも市井のデートに勝手についてきたことですか?」
「あれは違うのよ! 私はオレーリアのために」
「私のために明日のパーティーで、私の婚約者を自分の婚約者にする気ですか? 明日が私の誕生日だと知っていて、よくそんな悪魔のようなことを思いつきましたね」
「酷いわっ……そんなこと……。お母様がそのほうが良いっていうから……違うの?」
「当たり前でしょう」

 姉は真っ青になって黙った。何にショックを受けたのか知らないけれど、そんなこともどうでもいい。血縁の情などとっくの昔に消え失せているのだから。オレーリアが苦しんだ対価だけはしっかり取り立てさせて貰うわ。


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 翌日、私の十八歳の誕生日。
 国王と王妃に挨拶を早々に済ませて、王宮を出た。引き止める言葉も、今までの功績を褒めるでもなく数分もかからずに終わった。それで良かったのだ。
 この後、国がどうなるのか胸を痛める必要もない。転移魔法で空中都市の門扉前に飛んだ。
 聳え立つ銀色の門は、レリーフや装飾が凝っていて美しい。
 手続きをすませるのに、時間がかかって気づけば門扉が閉まるギリギリの時間になった。結局、アシュトン様をお誘いすることはできなかったけれど、それで良かったのよ。

 むせ返るようなオレンジ色の夕焼けが美しく、自分の中で心が動いたことが嬉しかった。これからは顔を上げて、楽しもう。
 あの国での全てを忘れて──。
 巨大な門扉が閉まる寸前、誰かが私の名前を呼んだ気がした気がして振り返ったけれど、分厚い門が閉じた後だった。

『オレーリア様』

 一瞬アシュトン様の声がしたような?
 気のせいね。荷物はすでに部屋においてあるし、夜にはウォルトと食事の約束がある。そう思って街に向かって歩き出した時だった。
 ギギギギ……と閉まった門が開く。
 そこには血塗れのアシュトン様の姿があった。

「え」
「オレーリア……様」

 アシュトン様は駆け寄ると私を抱きしめるような形で倒れ込み、膝を突いた。彼がこの都市に入るためには、魔法塔からの認可が必要だったはずだ。
 いやそれよりも傷の手当が先だと治癒魔法をかける。淡い光によって、彼の額から流れ落ちていた血が止まった。

「一体何が!?」
「……クローディア様の形見を、やっと貴女にお戻しできる。本当はもっとたくさんの遺産があったのですが、取り返せずに申し訳ありません……」
「え……」

 クローディア。私の母の名前だわ。
 アシュトン様の手に握られていたのは、お母様の……首飾りだった。

「どうして……これは没収されて……」
「取り返すための取引材料が《隷属契約》でした……」

 お母様の形見を取り戻すために、《隷属契約》を?

「そこまでするのは……騎士として?」
「クローディア様が病死される前に、私の叔父にオレーリア様をお守りするように、命じられました……しかし……叔父も遠征で亡くなり……私は……。叔父の意思を継ぎましたが…………貴女に惹かれて……っ」
「アシュトン様……もう喋らないでください。傷口が……」
「…………っ」

 最後のほうは声が掠れて聞こえなかったけれど、アシュトン様の覚悟はひしひしと伝わってきた。意識を失ったアシュトン様が私に覆い被さり、その時に唇が微かに触れる。微かに触れただけなのに、心臓がバクバクと音を鳴らしてうるさい。

 それからすぐに衛兵さんたちが手伝ってくれて、彼を都市病院に運んでもらった。偶然触れただけなのに、唇の感触がいつまでも残っていて忘れられない。
 こんなことでアシュトン様への気持ちが復活するなんて、我ながら単純だわ。