「ああ、アシュトン」
「お帰りなさいませ。……クラリッサ様」
三年ぶりの奇跡の再会。
この光景を言葉だけ聞いていたら感動的な……まさに恋愛小説において、一番の見せ場になるわね。
嫌になるぐらいお似合いだわ。
白銀の長い髪は黒の軍服によく映える。彫刻のような美しい顔立ちに、蕩けるような笑顔。長身でスタイルも良く、魔法と剣に秀でた騎士団長アシュトン・クィルター。
その隣には蜂蜜のような美しい髪に、エメラルドグリーンの瞳、豊満な胸と白い肌、おっとりした美女──。
いつだって私に絶望と敗北を叩きつけるのは、異母姉妹の姉だ。隣国に嫁いで三年。白い結婚の後に死別した未亡人である姉を、あの人が嬉しそうに出迎える。
彼を好きになって八年。
婚約者になったのは五年前で、当時は浮かれていたけれど、それもすぐに婚約の本当の理由を知る。婚約の理由は姉を待つためだと噂を聞いた時は、後頭部を殴られたような感覚だった。
姉が嫁ぐことが決まると瞬く間に、ある噂が駆け巡った。「両思いの二人を切り裂いた隣国の王子と出来損ないの末姫」と。当時、騎士と姫の報われないラブロマンスが流行りも後押しして、私は悪役を押し付けられた。
姉が嫁いだ三年間、婚約者として自信がついた頃に、その自信ごと姉はぶち壊したのだ。
隣国に嫁いだものの白い結婚を貫き通し、元々病弱だった第二王子の死去。隣国との国交や結びを強めるため、第四王女を我が国の公爵家が娶るなど政治的な駆け引きもあったが、両国の関係悪化は防がれ、白き結婚を貫いたことで、姉は神聖化されていた。
そんな姉を出迎え、付き添うのは私の婚約者だ。王国騎士団長の彼は、銀髪を靡かせて恭しく姉の手を取ってエスコートをして、先ほどの抱擁。
全てを奪いに姉は帰ってきた。ううん、元から王宮に私の居場所はなかったわ。
私はそれを遠目で見るだけで、出迎えすら大臣や現王妃から禁じられたのだ。
末姫は役に立たないお荷物。魔法学校に首席で入学しても王家の圧力を使ったと言われ、実績を積み上げて認めてもらおうと躍起になった時期もあったわ。さまざまな魔法技術の促進及び国に貢献しても、他人の功績を奪い取ったと言われ続けた。
私の髪は灰褐色で老婆を彷彿とさせるから、忌子だとも言われた。いつだって私の周りは否定ばかり。それでも私が耐えられたのは、好きな人の存在と、魔法塔の存在だった。
転生者として魔法のある世界は何もかも新鮮で、知識を得ることが楽しくて夢中になった。
転生者のギフトとして、この世界の文字、語学の全てが日本語で表記されて読めるのだ。古代文字だろうと、神々の書物だろうと関係ない。その特性を生かして、私は保険をかけておいた。
万が一、アシュトンの心が三年経った今でも姉にあるのなら、この国を出ようと。彼──侯爵家との繋がりを保つから末姫でなくてもいいのだ。私である必要性など、この国にはない。
普通の王女ならここで心を病むんだろうけれど、転生者である私には前世での経験や知識があり、王宮以外での生き方に抵抗もない。
職があれば一人でも生きてはいけるし、魔法の研鑽を積んで自分の身を守る程度には強くなった。
だから──。
「魔法塔に行くかどうか、決めるのは一週間後か」
「ウォルト」
私の横を歩いていた黒いローブの男は、愉快そうに話しかけてきた。
隣国の第十三王子ウォルトは我が国に留学していて、王城から魔法学院に通っている。私と同期で、彼もまた魔法塔推薦を得ている逸材だった。
褐色の肌に、緋色の長い髪、長身で美しく整った顔立ちは芸術品のよう。
そんな彼は魔法オタクで、私がどんな文字でも読めると知って魔法研究の協力を求められた。
初めて誰かに期待されたことが嬉しくて、二人で色々研究をしていたら、婚約者がいるのに不倫しているという噂が流れた。
いつものことだと諦めていたけれど、それに対して王家に抗議文を送ったのは、ウォルトだった。庇われたのも、助けようと動いてくれたのも、ウォルトだけ。今は少しだけ王宮での居心地もマシになった。魔法塔からも私の功績が他人から奪ったものでないと調査をしてくださったが、この国では公表されることはなかった。
悪者は悪者のままでいてほしいのだろう。
「魔法塔は完全実力主義で変わり者も多いから、きっとオレーリアも気に入るよ」
「そうね。明日と一週間後には会う約束をしているから、決着を着けてくるわ」
「そこまであの騎士に執着するのは、意地?」
「……初恋だったし、ここ三年は婚約者として隣に立てるぐらいの関係は築けたと思っていたのよ」
「あれでね」
再会に抱き合っている姿を見て、見たことを後悔した。あんな風にアシュトン様が笑うところを見たことがない。楽しそうな顔も。
私といる時はいつも複雑そうな顔をしているだけで、会話も続かない。
思い出しただけで、泣けてきた。
出会った時はもっと違っていたのに、な。一目惚れして、話してもっと好きになって……。
「君の価値の素晴らしさに気付かない馬鹿どもは、そのうち後悔するだろうよ。君がどう決断するかは君が決めるべきだけれど、僕としては君がいてくれると研究が捗るし、一緒にいると楽しいとだけは言っておく」
「ありがとう。……ウォルトは、王位継承問題とかは大丈夫なの?」
「ああ、うちは兄妹が多いからさ、身内で争う前に布石を打ってあるから平気。どちらかというと、王位を継ぐ兄様が可哀想な感じかな。僕たち一族は多趣味かつ研究者気質だからさ。もっとも親世代が骨肉の争いをしてから、肉親同士の争いに関しては細心の注意を払っていた背景があるしね」
国によって、習慣や固定概念が大きく異なる。そう考えると、この国は特権階級の横暴と腐敗が進行している気がした。
表面上は緑と水に囲まれた国だけれど、その内面はあまりにも醜く見える。
「オレーリア様」
「──っ!」
背後から諌めるような低い声が耳に届く。振り返ると、先ほどまで姉と抱き合っていた私の婚約者様が佇んでいた。
怖いぐらい眉を吊り上げて、睨んでいる姿を見るたびに悲しくなる。姉が帰ってきた途端、露骨すぎる変化に泣きそうになった。
「アシュトン様、何か御用でしょうか?」
「クラリッサ様が役目を終えて戻ったというのに、どうして出迎えせずに離宮に向かっているのですか?」
私が今までどんな目に遭っていたのか、話したはずだったのだけれど……。 姉が帰ってきた途端、忘れてしまった? ううん、彼の優先度は全て姉だもの。私の話などどうでもいいのだわ。
「王妃と宰相閣下から、姉の出迎えは不要と書簡が届きましたからですわ」
「だとしても、これでは周囲からの印象が悪くなるばかりです」
確かにここ三年で私の噂が少し下火になってきた。でもだからといって王妃と宰相閣下の忠告を無視したほうが後々面倒になる。そう口にしようとしたけれど、自分の中にあるどす黒い感情を押し殺して微笑んだ。
「ご用件は……それだけなのでしょうか?」
「いえ、私は……っ」
大股で私のすぐ傍まで歩み寄り、片膝を突いて手を差し出した。
「今から話をする時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
ずるい。そうやって困った顔をするばかりで、アシュトン様が微笑むことなんてなかった。眉を下げて困った顔で口元を微かに緩める程度だ。
ああ、姉と比較する自分が嫌だわ。
それでも婚約者として扱ってくれることが嬉しくもあって、ちょっと優しくされただけで簡単に決意が揺らいでしまう。本当に単純だわ。
「オレーリア様」
「……わかりました」
「それじゃあ、オレーリア。また学院で」
「ええ。ウォルト」
空気を読んでウォルトは、そのまま離宮にある書庫に向かった。あそこにはまだまだ解読し切れていない魔導書がたくさんあるのだ。
ウォルトはその書物を読み解くことしか頭にない。それでも私がアシュトン様に付いていくかどうか決断するまで待っていてくれたのだ。
隣国の王子なのに配慮がすごい。そんな人と友人になれて、それに関しては運がよかった。
「お帰りなさいませ。……クラリッサ様」
三年ぶりの奇跡の再会。
この光景を言葉だけ聞いていたら感動的な……まさに恋愛小説において、一番の見せ場になるわね。
嫌になるぐらいお似合いだわ。
白銀の長い髪は黒の軍服によく映える。彫刻のような美しい顔立ちに、蕩けるような笑顔。長身でスタイルも良く、魔法と剣に秀でた騎士団長アシュトン・クィルター。
その隣には蜂蜜のような美しい髪に、エメラルドグリーンの瞳、豊満な胸と白い肌、おっとりした美女──。
いつだって私に絶望と敗北を叩きつけるのは、異母姉妹の姉だ。隣国に嫁いで三年。白い結婚の後に死別した未亡人である姉を、あの人が嬉しそうに出迎える。
彼を好きになって八年。
婚約者になったのは五年前で、当時は浮かれていたけれど、それもすぐに婚約の本当の理由を知る。婚約の理由は姉を待つためだと噂を聞いた時は、後頭部を殴られたような感覚だった。
姉が嫁ぐことが決まると瞬く間に、ある噂が駆け巡った。「両思いの二人を切り裂いた隣国の王子と出来損ないの末姫」と。当時、騎士と姫の報われないラブロマンスが流行りも後押しして、私は悪役を押し付けられた。
姉が嫁いだ三年間、婚約者として自信がついた頃に、その自信ごと姉はぶち壊したのだ。
隣国に嫁いだものの白い結婚を貫き通し、元々病弱だった第二王子の死去。隣国との国交や結びを強めるため、第四王女を我が国の公爵家が娶るなど政治的な駆け引きもあったが、両国の関係悪化は防がれ、白き結婚を貫いたことで、姉は神聖化されていた。
そんな姉を出迎え、付き添うのは私の婚約者だ。王国騎士団長の彼は、銀髪を靡かせて恭しく姉の手を取ってエスコートをして、先ほどの抱擁。
全てを奪いに姉は帰ってきた。ううん、元から王宮に私の居場所はなかったわ。
私はそれを遠目で見るだけで、出迎えすら大臣や現王妃から禁じられたのだ。
末姫は役に立たないお荷物。魔法学校に首席で入学しても王家の圧力を使ったと言われ、実績を積み上げて認めてもらおうと躍起になった時期もあったわ。さまざまな魔法技術の促進及び国に貢献しても、他人の功績を奪い取ったと言われ続けた。
私の髪は灰褐色で老婆を彷彿とさせるから、忌子だとも言われた。いつだって私の周りは否定ばかり。それでも私が耐えられたのは、好きな人の存在と、魔法塔の存在だった。
転生者として魔法のある世界は何もかも新鮮で、知識を得ることが楽しくて夢中になった。
転生者のギフトとして、この世界の文字、語学の全てが日本語で表記されて読めるのだ。古代文字だろうと、神々の書物だろうと関係ない。その特性を生かして、私は保険をかけておいた。
万が一、アシュトンの心が三年経った今でも姉にあるのなら、この国を出ようと。彼──侯爵家との繋がりを保つから末姫でなくてもいいのだ。私である必要性など、この国にはない。
普通の王女ならここで心を病むんだろうけれど、転生者である私には前世での経験や知識があり、王宮以外での生き方に抵抗もない。
職があれば一人でも生きてはいけるし、魔法の研鑽を積んで自分の身を守る程度には強くなった。
だから──。
「魔法塔に行くかどうか、決めるのは一週間後か」
「ウォルト」
私の横を歩いていた黒いローブの男は、愉快そうに話しかけてきた。
隣国の第十三王子ウォルトは我が国に留学していて、王城から魔法学院に通っている。私と同期で、彼もまた魔法塔推薦を得ている逸材だった。
褐色の肌に、緋色の長い髪、長身で美しく整った顔立ちは芸術品のよう。
そんな彼は魔法オタクで、私がどんな文字でも読めると知って魔法研究の協力を求められた。
初めて誰かに期待されたことが嬉しくて、二人で色々研究をしていたら、婚約者がいるのに不倫しているという噂が流れた。
いつものことだと諦めていたけれど、それに対して王家に抗議文を送ったのは、ウォルトだった。庇われたのも、助けようと動いてくれたのも、ウォルトだけ。今は少しだけ王宮での居心地もマシになった。魔法塔からも私の功績が他人から奪ったものでないと調査をしてくださったが、この国では公表されることはなかった。
悪者は悪者のままでいてほしいのだろう。
「魔法塔は完全実力主義で変わり者も多いから、きっとオレーリアも気に入るよ」
「そうね。明日と一週間後には会う約束をしているから、決着を着けてくるわ」
「そこまであの騎士に執着するのは、意地?」
「……初恋だったし、ここ三年は婚約者として隣に立てるぐらいの関係は築けたと思っていたのよ」
「あれでね」
再会に抱き合っている姿を見て、見たことを後悔した。あんな風にアシュトン様が笑うところを見たことがない。楽しそうな顔も。
私といる時はいつも複雑そうな顔をしているだけで、会話も続かない。
思い出しただけで、泣けてきた。
出会った時はもっと違っていたのに、な。一目惚れして、話してもっと好きになって……。
「君の価値の素晴らしさに気付かない馬鹿どもは、そのうち後悔するだろうよ。君がどう決断するかは君が決めるべきだけれど、僕としては君がいてくれると研究が捗るし、一緒にいると楽しいとだけは言っておく」
「ありがとう。……ウォルトは、王位継承問題とかは大丈夫なの?」
「ああ、うちは兄妹が多いからさ、身内で争う前に布石を打ってあるから平気。どちらかというと、王位を継ぐ兄様が可哀想な感じかな。僕たち一族は多趣味かつ研究者気質だからさ。もっとも親世代が骨肉の争いをしてから、肉親同士の争いに関しては細心の注意を払っていた背景があるしね」
国によって、習慣や固定概念が大きく異なる。そう考えると、この国は特権階級の横暴と腐敗が進行している気がした。
表面上は緑と水に囲まれた国だけれど、その内面はあまりにも醜く見える。
「オレーリア様」
「──っ!」
背後から諌めるような低い声が耳に届く。振り返ると、先ほどまで姉と抱き合っていた私の婚約者様が佇んでいた。
怖いぐらい眉を吊り上げて、睨んでいる姿を見るたびに悲しくなる。姉が帰ってきた途端、露骨すぎる変化に泣きそうになった。
「アシュトン様、何か御用でしょうか?」
「クラリッサ様が役目を終えて戻ったというのに、どうして出迎えせずに離宮に向かっているのですか?」
私が今までどんな目に遭っていたのか、話したはずだったのだけれど……。 姉が帰ってきた途端、忘れてしまった? ううん、彼の優先度は全て姉だもの。私の話などどうでもいいのだわ。
「王妃と宰相閣下から、姉の出迎えは不要と書簡が届きましたからですわ」
「だとしても、これでは周囲からの印象が悪くなるばかりです」
確かにここ三年で私の噂が少し下火になってきた。でもだからといって王妃と宰相閣下の忠告を無視したほうが後々面倒になる。そう口にしようとしたけれど、自分の中にあるどす黒い感情を押し殺して微笑んだ。
「ご用件は……それだけなのでしょうか?」
「いえ、私は……っ」
大股で私のすぐ傍まで歩み寄り、片膝を突いて手を差し出した。
「今から話をする時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
ずるい。そうやって困った顔をするばかりで、アシュトン様が微笑むことなんてなかった。眉を下げて困った顔で口元を微かに緩める程度だ。
ああ、姉と比較する自分が嫌だわ。
それでも婚約者として扱ってくれることが嬉しくもあって、ちょっと優しくされただけで簡単に決意が揺らいでしまう。本当に単純だわ。
「オレーリア様」
「……わかりました」
「それじゃあ、オレーリア。また学院で」
「ええ。ウォルト」
空気を読んでウォルトは、そのまま離宮にある書庫に向かった。あそこにはまだまだ解読し切れていない魔導書がたくさんあるのだ。
ウォルトはその書物を読み解くことしか頭にない。それでも私がアシュトン様に付いていくかどうか決断するまで待っていてくれたのだ。
隣国の王子なのに配慮がすごい。そんな人と友人になれて、それに関しては運がよかった。