父が亡くなってからも、仕事は充実していた。
責任のある立場にもなったし…
でも、私は知識が無いことに悩んでいた。
保護者と責任ある立場で話をするのに
もっと知識を獲たいと思った。
ま、会社が不正をしていたから
それがバレたら私は終わってしまう。
それが怖かったというのもあるが…
考えて…
新たな挑戦をすることにした。
それは、福祉系の大学に行くこと。
でも、私は高校中退…
その前に、高校を卒業しなければ大学には行けない。
今更…高校に行く?
定時制?通信制?
それで、行きついたのは
高校卒業程度認定試験だ…
まず、あの人に
「会社を辞めて通信の大学に行こうと思う」
と言ったら驚いて…
「すごい大変だと思うよ。通信って続かない人が多いって聞くよ。
高校卒業程度認定も簡単じゃないでしょ。大丈夫なの?」
と言われたけど…
頑張ると話をすると…
「それだけ考えているなら、応援はする」と言ってくれた。
二男に
「お母さん、大学に行こうと思う。
その前に高校卒業なんだよね」と話すと
「今日、まさに学校で年を取ってから高校に行った人の
映画を見た…母さんも行くの?」と驚いたように言って来た。
「いや…流石にこの歳で今更高校の制服は着れないよ」と笑って言った。
「高校卒業程度認定試験を受けようと思う」と言うと
二男は「母さん、分数分かるの?」
私は「分数…分数ってどうやって計算するんだっけ?」
言われてみれば…
私は、中学ではロクに勉強していない…
数学なんてルートから教科書を開いてなくて
高校受験の時、焦って勉強したぐらいだった…
でも分数は小学生だけど…
覚えていない…
私は気付いた。バカだったことを…
その日、二男に分数を習った。
それから…色々調べて
高校卒業程度認定の学校に行こうと思い
その学校に話を聞きに行った。
すると…大変かもしれないけど
3か月後の試験も受けた方がいいと言われた。
受かる教科があれば次が楽だと…
それと、もし11月の試験に落ちてしまっても
単位を取れば合格になる。
でも2県隣の学校まで行って泊りがけで
単位を取ることになると聞いた。
会社に訳を話して辞めたいと言った。
社長は「困るけど決意が固いなら仕方ない
引継ぎをしっかりしてくれたらいいよ」と言ってくれた。
一緒に働いていた友達は
「大学卒業するのって何歳なの?本当にいいの?」
と怒り気味だったけど…
結局は、応援すると言ってくれた。
私は、会社で給与や経理の仕事もしていたから
すぐ辞めることが出来ないので
引継ぎ期間を長くしていた。
それから、仕事をしながら
夜、勉強をするという生活が始まった。
最初の試験は
現代社会・国語・英語・数学・科学と人間生活
の5教科だった。
今回は、英語は諦めよう。
数学を中心に勉強した。
本当は試験は翌日もあるのだが
仕事は日程的に1日しか休めなかった。
正直、また勉強をすると思ってなかった。
1回目の人生でも、あんなに勉強したのに…
しかも、勉強の事ほとんど覚えていない…
試験当日…
すごい緊張した。
試験会場には、思ったより色々な人がいた。
若い子が多かったけど…
制服を着た子、派手な子、オタクっぽい子…
でも、以外にも年齢層が高い人が沢山いた。
結構なお年寄りも…
私は、英語は全く分からなかったので
適当に答えを書いて…11月にかけようと思った。
帰ってから試験の速報で答えが発表されてから
答え合わせをした。
合格は40点以上なのだが…
なんと適当に答えを書いた、英語が40点で合格してしまった。
そしてなぜか…現代社会を落としてしまった…
不安だった数学も合格…
国語と科学と人間生活も合格だった。
残りの試験科目は、4科目…
今まで、お盆休みは家族で旅行に行っていた。
でも、あの人からのキツイお言葉
「大学を卒業するまで旅行には行きません」
「それくらい我慢して勉強に専念してもらわないと」
と言われてしまった。
あの人は、努力しないことを嫌う。
頑張る人を応援する人だ…
でも、厳しい…
日帰りなら良いというお達しだったので
お盆休みに、不合格だった教科の単位を取る学校に連れて行って貰った。
一人で行かなければいけないので
シュミレーションをするために…
学校近くの駅で降りたと想定して
バス停を見たり…
学校の場所も確認した。
それと、泊まるホテルも確認した。
少しだけ観光もしてくれて…
美味しい物も食べた。
8月下旬には、科目合格通知が来た。
自己採点通りだった。
会社も退職した。
オープンから就職して
最初は、1人の子どもを4人で見ていた。
経営も厳しくて…どうなるかと思ったけど
軌道に乗って…
退職の日は泣いてくれる子どももいた…
それからは、あと4科目の合格のために勉強しまくった。
残りの科目は
落としてしまった現代社会・日本史・世界史・生物。
あの人は、私と同じ高校中退で
最終学歴は中卒だ。
あの人は、私が勉強しているのを見て
触発されたのか…
「俺も、試験受けてみようかな」と言い出した。
中卒というコンプレックスもあったのだろう。
11月に一緒に試験を受けることになった。
試験1日目
私は現代社会のみ受験した。
あの人は、受けれる科目は受けて…
2日目も一緒に行って受験した。
結果は…
私はすべての科目を合格した。
あの人は、まったく勉強していなかったのに
数学以外の科目は合格…
「数学なめてたわ」と悔しそうに言った。
単位を取りに行く合宿に行かなくて済んだ。
12月に合格通知が来て
私は49歳にして高卒となった。
それから、大学は東京の通信大学に決めた。
卒業したら社会福祉士の受験資格が得られる。
他には、児童指導員の任用資格や社会福祉主事の資格も貰える。
1年以上の福祉の経験があったら実習も免除になる。
他にも色々な通信大学があったが
スクーリングの期間が纏まってあったり…
毎月あったり…
でも東京の大学は3年で2日間のスクーリングが3回
4年で半日のスクーリングが1回だけなので
費用的にもあまりかからない。
志望動機書を書いて送った。
それで合格が決まる。
2月、合格通知が届いた。
私は、東京も行ったことがないし
飛行機も乗ったことがない…
それで、あの人が
「安いプランとか見つけて行ってみたら?
二男も春休みなら一緒にいけるんじゃない?」
と言ってくれた。
安いプランを見つけて二男と行くことにした。
二男は飛行機が苦手だったが付き合ってくれた。
成田に着いて
大学に行くシュミレーションをするために
東京駅に行ってから大学に行って
駅の周りのホテルの確認をした。
それが済んでからは観光…
その日、マラソンしていて
予定のバスに乗れなくて迷いながら…東京タワーに行った。
ホテルに泊まり…
翌日は、はとバスに乗って観光…
二男と2人で旅行に行くことも
これからは無いかもしれない…
と思っていた1度目の人生…
また、来れて良かった。
そう思いながら楽しんだ。
そして…
4月から大学生活が始まった…
2度目の大学生活…
また、あの日が近づいていく…
大学生活が始まり…
私は毎日、家事が済んだら勉強をするという
生活を送っていた。
社会福祉と英語は小テストを繰り返してそれをクリアしたら
単位試験を受けるという繰り返し…
大変なのは福祉以外の教科だ。
レポートを書かなければいけない。
レポートなんて書くのは初めてで…
最初は、不合格ばかり…
だいぶ鍛えて貰ったけど…
図書館に本を借りに行ったり…結構大変だった。
しかも…誰も共有できる人もいない。
本当に孤独との闘い…
1年生の終わり…
知り合いから電話があって…
元夫が出所したと聞いた。
知り合いは迎えに行ったらしいが…
元夫は、今回は誰もいなくて寂しい刑務所生活だったと嘆いていたと…
それで、また長男の電話番号を教えて欲しいと言っていると…
私は、長男に連絡したが「教えていいよー」と言うから電話番号を教えた。
それから私は、予定通り1年の単位を取り
2年生になった。
二男は、高校で資格を取って大学の資格推薦を受け、合格して大学生になった。
我が家は、大学生が2人になった。
少しして、長男は「お父さんに会ったよ」
と言って来た。
「見た目もずいぶん変わってたよ。
呂律回ってないから何を言ってるか分からなかった。障がい者認定されたらしい」
「二男に会いたいって言ったから
じゃ仕事してしっかりしないとねと言ったよ」
「携帯電話が作れないらしく…
作って貰えないかと言われたから考えさせてと言った」
と言うから私は
「やめといた方がいいよ。払ってもらえなくなるかもよ」と言った。
「母さん元気かと聞かれたから、元気よ。再婚したよ」と言ったら
「知ってる、家も引っ越したんだろ」と言っていたそうだ。
「それと…二男の写真が欲しいらしい」
「写真だけでもあげたら?」
と言うから…写真だけならいいかと
二男の写真を撮って長男に送った。
それを元夫に送ったと聞いた。
長男が二男を父さんに会わせるか考えてみてと言うから、あの人にも相談した。
あの人は
「後で後悔しないように会えるうちに会った方がいいかも…」
あの人も、自分のお父さんのことがあるから…
そう、言ってくれたのかもしれない…
二男も
「兄ちゃんが一緒に会ってくれるならいいよ」と言うから
長男に、それを伝えていつか会おうという話になっていた。
1度目の人生では、この数日後…
知り合いから電話が入って、元夫が亡くなったと聞いた。
私は、それを聞いて…
二男を会わせるように段取りをしている事を
知り合いにすぐ連絡して、伝えて貰えば良かったと思った。
もしかしたら…死ぬのを止めれたかもしれない…
それは無理だったとしても、
せめて二男に会って欲しかったと後悔した。
私は、今回の人生は何とかならないかと考えた…
でも、出来事を変えたら1日死ぬのが早まるかもしれないし…
他に影響があるかもしれない…
すごく悩んだ…
でも、やっぱり会おうとしている事を伝えたいと思った。
私は、知り合いに電話をした。
悩みながらもコールを鳴らす…
何回かコールが鳴った後で留守番電話に切り替わった。
まぁ、すぐ連絡してくれるだろうと思っていた。
翌日、知り合いから折り返しの電話があったから伝えて欲しいと頼んでみた。
でも、元夫に何度か電話したけど
電話に出なかったと言われた…
また、電話してみると知り合いは言ってくれた。
数日後…
知り合いから連絡があった…
知り合いから…電話が鳴った。
元夫と連絡が着いたのかも?と思いながら…
電話に出た。
「もしもし」
「ゆうこさん、元夫が亡くなった…」
「え?」
「面倒見てくれていた女の人がいたんだけど…
その人も連絡が付かなかったらしくて大家さんに鍵を開けて貰って…
入ったら亡くなってたらしい。今、警察とか来てるらしい…」
「この後で、警察に移動されると思う」
「なんか、もう誰もいないし…どうでもいいって言ってたらしいよ」
「分かりました。とりあえず、長男に連絡してみます」
そう言って電話を切った。
すぐ長男に電話をした。
「お父さんが亡くなったらしい」
長男もびっくりして…
「マジで…」
「夜には警察署に遺体が行くかも?」
と言うと…
「電話してみる、何署?」
と言われて、私は動揺していたのか…
違う警察署を教えていた…
その後、長男から電話があって
「母さん、違った…どこかな?」
「そうか…じゃここじゃない?」と違う警察署を教えた。
「分かった電話してみる」
その後…長男から
「ここで合ってた、明日行くと言ったから…
母さんも一緒に行ってくれる?」
「分かった、行くよ」と返事をした。
間に合わなかった…
やっぱり、出来事を変えようとしてはいけないのかな…
あの人にも伝えると
「そうか…二男を会わせようとしてたのにね…
残念だったね…」と驚いていた。
翌日、長男と警察署に行った。
受付で事情を話すと2階に案内された。
そこに入った瞬間…
沢山の刑事さんが一斉にこっちを向いて
じろっと睨んで見て来る…
独特の雰囲気だ…
対応してくれた刑事さんが
「すみません。ここしか空いてないんで…」
と取調室に案内した。
そこで、詳細を聞いた。
元夫は…
お風呂の中で扉に目張りをして
練炭自殺をしていた…
「亡くなったのは推定ですが24日ごろです」
と言われ…驚いた。
やっぱり、1日早くなっている…
私が知り合いに電話したから?
間に合わなかったのに…それもダメなのか…
「写真で元夫だと確認して欲しいのですが…死後数日経っているので…
お母さんは見ないほうがいいかもしれない。長男さんが確認されますか?」
長男はすぐ「僕が見ます」と言った。
その時期は、例年より暑い日が多かったから…
傷みがひどかったのかも…
長男は戻ってきて
「父さんだった…」と言った。
刑事さんも戻って来て
「確認が取れたので取り合えず手続きをします。
遺体の引き取りは、どうされますか?」
私は
「私と離婚した後に結婚した人がいると思うのですが
その方が引き取りをする可能性は無いのですか?」
と聞いたが…
「その方とも離婚されてますし…その方と連絡が取れないんですよ」
と言った。
「じゃ、こちらでも元夫の兄に連絡をしてみます」
と返事をして帰った…
その日に、元夫の兄に電話をしてみた…
「お久しぶりです。ゆうこです」
兄も驚いて
「どうしたの?」
「実は、弟さんが亡くなって・・・」
と事情を話した。
「ごめんけど…うちは何もしてあげられない」
と言われたので…
「じゃ、長男と相談してみます」と電話を切った。
長男にそう言われたことを話して
「あんたは、どうしたい?」と聞いてみた。
すると長男は
「このまま、放っておいたら無縁仏になるんでしょ?
それは可哀想だから…自分が送ってあげたい」
と言った。
「分かった…なら、母さんがお金を出すよ」
私は、1度目の人生でもそうしたのだけど…
今回も、その気持ちは変わらなかった。
元夫が、あまりに可哀想で…
でも、葬式をしても誰も来ないかもしれない…
あの人の、お父さんと同じように直葬にしよう。
そう決めて…直葬をしてくれる葬儀屋さんに向かった…
二男には、お父さんが亡くなったと告げたが
亡くなった理由は、睡眠薬を飲み過ぎて亡くなったと伝えた。
本当のことは言えなかった…
長男と直葬プランをしている葬儀屋に行った。
そこは、すごく小さな事務所だった…
そこで事情を話したら…
向こうも慣れているようで…親切に対応してくれた。
葬儀屋さんが警察署と連絡を取って
後の書類も全部してくれるそう。
当日も、葬儀屋さんが警察署に行って
そのまま火葬場に連れて行ってくれるという。
葬儀屋さんが
「生活保護を貰っていたなら葬儀費用が出ると思いますよ」
と教えてくれた。
とりあえず、色んな手続きが済んだら
連絡しますと言われ…葬儀屋さんをあとにした。
その後で、葬儀費用が少しでも出れば…と思い
長男が、生活保護の担当に電話をしてみた。
父が亡くなったと告げ、葬儀費用の事を聞いてみたが…
「そうですか…それでなくても
もう今月分の生活保護費を支払っているので
葬儀費用は出せませんね」
と冷たく言われた。
「母さんが出すからいいよ」
「ごめん…」
火葬する日が決まり…
二男を学校に休ませるのに
何て説明しようかと悩んでいると…
あの人が…
「俺が学校に電話をするよ。
忌引き扱いになるのかも聞いてみる」と言ってくれた。
あの人が自分は義理の父で、実父が亡くなったから休ませること
出席日数に影響は無いのかを聞いてくれた。
忌引きになるから大丈夫と言われたと…
二男は推薦で大学進学を目指していた。
だから…あの人が聞いてくれたのだ…
私は、お棺に手紙を入れようと手紙を書いた。
1度目の人生と同じ手紙を書いたかは分からない…
でも今の気持ちを正直に書いた。
二男にも手紙を書くように言った。
二男は「父さんのこと、ほとんど覚えていないし…」
と困っていたけど、何とか書いたようで…
当日手紙を手にしていた。
直葬当日、親友も来てくれた。
それと…元夫の面倒をみてくれていたという
女の人も火葬場に来たいと連絡があった。
火葬する前に、元夫の顔は見ることは出来なかった…
お酒やおつまみを買って入れようとしたが
お酒の瓶は入れられなかった。
手紙は入れた…
火葬のボタンは、長男が押した。
親友が
「今度は、あんたがゆうこと息子たちを守ってやってね」
と叫んだ。
待っている間に、面倒をみてくれていた人が
「私がもっと早く家に行っていれば…すみません」
と言われたので…長男と2人で
「いえいえ、見つけて頂いてありがとうございます
見つけてくれなかったら、もっと酷い状態になったかもしれないので…」
その人は
「元夫は、二男と奥さんが映った写真を大事そうにしていましたよ」
「二男さんにも会いたいと言っていました」と…話した。
元夫が、住んでいた部屋の片づけは、その人がしてくれると…
どんな関係だったのかは分からないけど…
良い人だ…感謝しかない。
遺骨は、長男が持って帰った。
警察署から持って帰った荷物の中にノートと障害者手帳があった。
障害者手帳の写真は、まるで別人だった…
どこかで会ったとしても誰か分からないほどに
元夫の顔つきは変わってしまっていた。
ノートには…
二男とも、もう一人の子供とも会えない…
もう生きていても仕方ない…等と書かれていた。
そのノートは、すごい匂いがした。
匂ったことがないような匂いだった…
友達に元夫が亡くなったことを話したら
「元夫の人生は何だったのかね…悲しい人生だね」
と言った。
私は、本当に元夫のことを愛していた。
でも、どうしようも無かった…
覚せい剤は、本当に怖い…
精神まで蝕んで行く…
元夫が覚せい剤に出会わなければ
幸せな人生が送れたのかな…
可哀想な人生だったけど…
ちゃんと送ってあげられて良かった…
元夫を送った翌日…
まだ休みだった長男は…
彼女を職場に送ってから「行っていい?」と電話をして来た。
そんなことは滅多にないのだが…
お父さんの死は、堪えたのだろう…
「一人で家にいるのは辛かった…」と言った。
長男は「お父さんに彼女と結婚すると話していたのにね」
と言ったから、私は
「それなのに…死ぬなんてね…」と言うと
長男は「自分で死ぬ人は、後のことも考えられなくなるんだろうから仕方ないね」
「そうか…そうだよね」と返事をした。
私も、誰かと話を共有したくて…
捜査員の人に連絡をした。
久しぶりに声を聞いた…
元夫が亡くなったことを話すと…
「そうか…それは残念だったね」
「彼は、あなたと別れて変わってしまったね」と言った。
私は、再婚したこと、今大学生活を送っていることを話した。
「幸せそうで安心した。わざわざ連絡をくれてありがとう」
と言ってくれた。
それから8月になり…
長男は、彼女と結婚した。
親族だけの小さな結婚式だったが…いい結婚式だった。
それと…
あの人は、高校卒業程度認定試験の数学を受験した。
数日勉強しただけなのに…みごと合格。
あの人も私と同じ高卒となった。
私は、午後から近所の放課後等デイサービスにパートに出ることにした。
午前中勉強して、午後にパートという生活…
私には、ずっと疑問があった。
親友は、タイムリープして来たが急に戻ってしまった。
いったい…いつの時代に戻ったのか…
でも、急に親友にそれを聞いても驚くだけだろうと思って黙っていた。
ある日…
親友に「タイムリープって信じる?」と聞いてみた。
親友は「私は信じる」と言った後で…
「信じないかもしれないけど…私タイムリープしてる」と話し出した…
「え!?本当に?私もだよ…あれからずっと頑張ってる」
「えっ…ゆうこのタイムリープまだ続いてたの?」
と、親友は驚いた。
「なんだー。それなら早く言えば良かった。戻った時に
ゆうこにそれとなく言ってみたけど、何バカなこと言ってるの?」と言われたんだよ。
私は、そんな会話をした覚えは無い…
どういうことか…サッパリ分からなかった…
同じ空間が沢山あるってこと?
親友は、お姉さんを亡くした。
気付いたら、その少し前に戻ったらしい。
癌になったお姉さんを助けようと色々手を尽くしたけど…
ダメだったと…
死を左右することは変えられないのかな…
私も父の死、元夫の死の時に過去を変えてしまった事を親友に話した。
何か大変な出来事が起こった所にタイムリープするのかな…
親友はその後、離婚した。
けど…それからは自由で…それなりに幸せそう…
私は、3年生になった。
最初のスクーリングは親友と行った。
一緒に行って貰った…が正しいかもしれない。
親友は、お姉さんが亡くなってから甥っ子と姪っ子を引き取った。
その、姪っ子が東京で就職して結婚していた。
だから姪っ子に会いに行く目的…
私は、スクーリングだ。
大学まで親友が一緒に行ってくれた。
姪っ子夫婦には、大学に迎えに来て貰って…
そこで別行動…
私は大学に向かった…
初めての大学の校舎…緊張する…
指定された教室に向かった。
教室に着くと色んな人がいる。
若い人もいるが…やっぱり年齢層が高い…
先生も私よりは若いけど…中年の優しそうな先生。
先生が何処から来ているかを聞いていく。
同郷の人が私以外に2人いたから驚いた。
それも、たまたま隣に座った人が同郷の人だった。
グループワークで一緒になった人も色々な人がいた。
主婦の人、資格を取りたい若者、施設で働いている人…
役所に勤めている人…様々だ。
無事に1日目終了。
駅に向かい…親友と姪っ子と合流して
一緒にご飯を食べた。
親友と泊まるのなんて…何年ぶりだろう。
めちゃくちゃ色々なことを話した…
翌日も、グループワーク中心の授業…
緊張したけど、だいぶ慣れて…
行って良かったと思った。
親友とも同じ時間を沢山過ごせたし…
一緒に行って良かった…
そして…まだまだ続く大学生活…
3年生の夏…
私は、2回目のスクーリングに行くことになっていた。
スクーリングの前日…
雨がすごい降っていた。
私が住んでいる県でも、あっちこっちが豪雨の影響で
災害が起こっていた。
スクーリングの当日…
電車も運休…
始発の新幹線で行くため、あの人に駅まで送って貰った。
待っていたけど…新幹線も運休と発表された。
再会も15時以降…
諦めるしかなかった。
大学への連絡は帰ってパソコンでしか出来ない…
とりあえず、予約していたホテルに電話をした。
「災害で新幹線が止まっていて行けないので、申し訳ないのですが
キャンセルさせて下さい」
私はキャンセル料を100%取られても仕方ないと思っていたけれど…
「承知しました。そういう事ならキャンセル料もいりません。
また、宜しくお願い致します」
と言ってくれた…
神だ…
私は「ありがとうございます」とお礼を言った。
それから、家に帰ろうとしたけれど…
電車もバスも動いていなかった…
仕方なくタクシーの列に並んだ。
他の人の話を聞いていると…
「空港に行ってみるしかない」と話していたけれど
いざ、タクシーが来て乗ろうとすると、運転手さんは
「空港に行く道も、通行止めの所が多くて
すごい渋滞だと連絡が入っています。何時間かかるか…分からないです」
と言われ…諦めてタクシーの列から外れた人もいた。
私はタクシーで家に着いた。
あの人にも、メールで状況を伝えた。
あの人も
―――現場に行く途中で中止だと連絡が入った。
―――今から家に帰ろうと思うけど渋滞で何時になるか分からない…
と返事をして来た。
私は、大学にメールで事情を書いて送っておいた。
あの人が帰って来たのは…お昼だった。
私の家の辺りは、大丈夫だったけど
各地で大きな災害が起きて…沢山の人が亡くなった…
後日、大学から返事が来ていて
振替のスクーリングに参加しても良いと…
私は、急遽パートを休みにして貰って行くことにした。
他の先生だし…知らない人ばかりで不安もあったけど
災害から2週間後…スクーリングに行った。
すると…
前のスクーリングで隣に座った同郷の人が
スクーリングに来ていた。
不安が少し紛れた…
先生が違うから要領も違っていたけど…
なんとか2回目のスクーリングも終了した。
あの人と会うまでの、2回目の人生と違って
色々と過去を変えてしまったけれど…
あの人との関係に変化はなかった。
私は、いつ57歳の私に戻れるのかな…
現在…2018年
あと6年で元の時代に戻れる。
それとも、親友みたいに何処かの時代に戻ってしまうのかな…
今も十分幸せなんだけど…
出来れば…落ち着いていた、57歳の私に戻りたい。
あの人とは、それまでも何度も喧嘩をして
別れ話をしてしまっていた。
でも、51歳のあの人は…
どうしたのか…本当に落ち着いていた。
あの頃に戻れたら良いのだけれど…
今は、目の前のことに一生懸命になるしかないか…
それから、3回目のスクーリングも無事終えて
私は、4年生になった…
社会福祉の資格よりも、児童指導員を取るのが目的だったけど
せっかく大学に行って、社会福祉士の受験資格が取れるのだから
受験しようと決心した。
それから、大学の勉強とは別に受験勉強も始めた。
それから…
夏になってから、就職活動を始めた。
私は、ずっと児童養護施設で働いてみたかった。
でも、学歴もないし…諦めていた。
それが実現できるかもしれない。
ただ…年齢が…
就職できるか分からないがチャレンジしてみようと決めた…
私は、まず比較的家に近い児童養護施設を受けることにした。
応募書類を送って…
面接当日…行ってみると、若い人ばかり…
そりゃ、新卒の人ばかりだよね…
周りの視線が気まずい…
と思いながら、決まった席に着いた。
まずは、作文だ…
緊張した…
でも、書くテーマは1度目の人生でやったので…
一応、練習はして来た。
確か…裏のページがあったのに気が付かなくて
焦って書いたよな…と思い出しながら書いた。
その後は、面接…
流れるように面接室に入る。
面接室に入ると、面接官が5人…
お決まりの志望動機等と聞かれた後…
「これだけ転職しているのは、人間関係が原因ですか?」
と言われた。
やっぱり…また聞かれたか…
私は「離婚などで、転職しなければいけないこともあったので
転職が多くなっていますが…人間関係で辞めたことはありません」
と言った。
嫌な感じの面接だったから…
ダメだろうと思ったけれど
結果は…契約社員なら良いということだった。
契約社員の話を聞きに行ってみたけれど…
賞与もない。
正社員になるには、またあの試験を受けなければいけない。
とりあえず、考えて返事をすると言って帰った。
その前に、次に近い児童養護施設の応募をしてみようと思い
電話で聞いてみた。
「募集について聞きたいんですが…」
応募の仕方を聞いた後…
「年齢が53歳なんですが…良いでしょうか?」
と恐る恐る聞いてみた。
「大丈夫ですよ。新卒じゃなければ随時募集しています」
と言われたので、応募書類を送った。
面接の日程が送られてきた。
試験は面接のみ…
当日…面接に来ていたのは3人のみ…
若い女の子と30代前半の男の人…
順番に呼ばれ、面接室に入ると
園長も、副園長もラフな格好…
面接も、ラフな感じで行われた。
放課後等デイサービスで子供を相手にしているし…
子育て経験者だから…即戦力だと言ってくれ…
「一回、見学に来て良かったら来てよ」
と言われた。
面接の後、子ども達と昼ごはんを食べた。
小学生の女の子達が、沢山話しかけてくれた。
その後、見学にも行ってみた。
職員の人に案内して貰い…
実際に男の子のホームで過ごした。
園長の奥さんにも会って…
私は良い印象で帰った。
ただ…そこは勤務が泊まりがほとんどで
朝、入って帰るのは翌日の昼
月のうち、ほとんどが泊まり…
でも、給与も賞与も結構良い…
契約社員のほうは、
早朝に入って、9時頃で一旦勤務が終わるが
また、夕方16時頃から21時半までの勤務
間は家に帰っても良い。
私は、あの人と一緒に考えて…
間に帰るのは、ガソリン代もかかるし
2往復するのもしんどそうだし…
結局、拘束時間が長すぎるのでは…と考えた。
泊まりが多いほうは、1回の勤務で2日にカウントされる。
そっちの方が良いのではないかと…
私は1回目の人生の通り、泊まりが多いほうに就職することに決めた。
11月、登山のイベントに参加した。
何年ぶりかも分からない登山はキツく…
次の日にすごい筋肉痛になった。
でも、面接で一緒になった人達とも再会し…
他に3人、若い女の子が来ていた。
その日は、未就学の子の担当になって楽しく過ごした。
それから…
私は、社会福祉士の模試を受けた。
結果は…C判定。
このままではヤバい…
もっと勉強をしなければ…と焦った。
私は、あの人とも相談して…
パートを辞めて
勉強に専念することにした…
それから…
私はパートを辞めて、家事が済んだら夕方まで勉強するという生活を送った。
国家試験まで、あと1か月…
ひたすら過去問をやった。
社会福祉士の試験は19科目あるので覚えるのも大変だったけど
大学の小テストが、結構役に立った。
今まで、こんなに勉強したことない…というくらい勉強をした。
あの人も、驚くほどに…
そして…試験当日…
日曜日だったから、あの人に試験会場に送って貰った。
試験会場に着くと…
すごい人…
でも若い人が多い…
午前中の試験で、もう心が折れそうだった。
正直、分からない問題も多かった…
昼休憩に、近くの公園に行って昼ごはんを食べて
寛ごうとしたけど…それどころでなない…
公園では、受験していると思われる若い人が楽しそうにしている。
私のことは、どう見えてるのかな…
そう考えながら、早々に試験会場に戻った。
午後からも試験…
試験問題は持って帰って良いので
自分の解答を写して帰った。
なんとか最後まで、解答は書いた。
迎えに来てくれたあの人が
「お疲れ様…疲れたね」
と言ってくれたのだけど…
「疲れた~」
「多分、ダメだと思う…難しかった…」
と言った。
夜になり…
各学校で解答速報がある…
私は、自分の書いて帰った解答と解答速報をチェックした。
試験の満点は150点
その60%程度取れていたら合格基準となる。
その年の問題によって誤差はあるが…
各学校によって解答が割れる問題もある…
その問題は別として…
ん?95点以上ある…
もしかしたら受かってる?
といっても、年によっては合格基準が95点になったこともある。
解答を間違えて書いていたら…
微妙だな…と思いながら…
発表を待つしかない…
発表は、1か月以上先だけど…
その間に、就職先のイベントがあったり…
2月からは、就職前実習が始まったりした…
2月は日勤の実習のみ。
お金もちゃんと出る。
私は、面接で一緒だった子と4回ほど行った。
日勤だと、子ども達と触れ合う時間は、ほとんどない。
朝行くと、もう学校に行ってるし…
夕方、子ども達が帰って来てから子どもと遊べる。
それまでは、掃除や制作物、洗濯物を取り込んで畳む程度だ。
そして…17時には帰る。
そして…3月に入ってからは、泊まりの実習となる。
私は、どうせ4月になったら嫌でも泊りの勤務をするのだから…
と思い、2回しか入れなかった。
男子ホームに1回と女子ホームに1回…
なかなか時間が経たなかった…
泊まり勤務はシンドイ…
実習の人は「お姉さん」と呼ばれる…
でも、お姉さんではないんだけど…と思いながら働いていた。
小学生は、男子も女子も懐いてくれる。
中学生以上は、難しいな…と感じていた。
先輩になる人も年下ばかり…
先輩の話では、どこのホームの担当になるかは
4月1日に発表されるらしい…
そして…
合格発表の日がやってきた。
ネットで合格を見れる…
結果は…合格だった。
97点…合格基準は88点だった。
1回目の人生でも合格だったんだけど…
試験ばかりは、正直…問題を覚えてないし…
その時の実力だから…
落ちたらどうしようかと思ったよ…
良かったー!
過去を変えることにならなくて…
本当に良かった…
そして、大学も最後のレポートの合格を貰い、無事に卒業となった。
卒業式は出れなかったけど…
立派な卒業証書が送られて来た。
これから…
私は、就職する。
1回目の人生は…
希望に満ちていた…
もし…「大変なこと」が済まないと戻れないとしたら…
私は、まだ戻れない…