文化祭が数日後に迫る中、参加賞のミサンガが味気ないという意見があがり、ビーズで飾りをつけることになった。
「ミサンガ作ってくれたの2人だから、2人が1番いろいろ分かってると思う! だから、よろしく!」
 学級委員長は朔斗と奏太に丸投げしたいようだ。
(いろいろってなんだよ? 勝手によろしくされても……)
 不満に思う朔斗に対して、面倒を押し付けられたにもかかわらず、奏太は真剣に考えている。
「んー、ビーズねー。なんかいいの買いに、どっか探しに行くか? この辺に手芸屋ってあったっけ?」
「そうだなぁ。あ、うちの母親が、もう使ってないビーズ持ってたかも」
「まじ? じゃあそれ使えたら使ってもいい?」
「うん、大丈夫だと思う。……俺ん家にあるけど、見に来る?」
 奏太は少し沈黙したのち、口を開いた。
「……うん」
(告白してきたやつの家なんて、来づらいよな、そりゃ)
「いや、やっぱ俺が学校に持ってくればい──」
「いや、行くよ」
 奏太がいつになくはっきりした声で答えたので、少々面食らった。
「うん、分かった……」

 放課後、奏太と2人で家に向かった。親は仕事で留守にしている。
「あ、どうぞ……」
「あ、お邪魔します……」
 2人きりで話すのは久しぶりな気がして、距離感が掴めない。とりあえず奏太を自分の部屋に通す。
「ちょっと待ってて。ビーズ探してくるわ」
「おう……」
 奏太を残して部屋を出る。母親の手芸道具が詰まっている戸棚を開け、じゃらじゃらと音を立てるケースを引っ張りだした。ビーズが色や大きさごとに分けられている。ビーズケースと、ついでに飲み物を部屋に持って行く。

「うちにあるので使えそうなのはこんな感じかな」
 ローテーブルにビーズケースを置き、飲み物を奏太に渡す。
「はい、ただの麦茶だけど」
「ん、ありがとう……」
 奏太は床にあったクッションを抱きしめている。
(そんなに気にいったのか?)
 怪訝に思いつつ隣に座る。お茶を一口飲んだ奏太が口を開く。
「あのさ、この前、俺と付き合いたいって言ってくれたじゃん……?」
 唐突な話題にむせそうになる。慌ててお茶を飲んでごまかした。耳が熱くなる。
「うん、まぁ、言った……」
 奏太は、また一口お茶を飲んだ。
「付き合うって、どこまでしたいんだよ……?」
 行き場のなさそうな手が、クッションの端をいじっている。
(それ聞いてどうするんだよ……期待しちゃうだろ)
 もじもじ動く指先を見つめながら答える。
「……2人だけで出かける」
「いや、それはもう──」
「手をつなぐ」
「…………」
「……キス……とか」
 奏太の肩がぴくりと動いたが、下を向いたままだ。
「……できれば、それ以上も」
「…………」
(おいおい、奏太が先に聞いたんだからな?)
 そうは思っても、重くなりすぎた空気に耐え切れず、とりあえず言葉を繋ぐ。
「まぁ、うん。でも、もし付き合ったら、の話だからさ、うん」
「…………」
「なんか言えよ」
「…………」
「……ねぇ──」

 瞬間、息が止まった。
 天と地がひっくり返ったような浮遊感を覚える。

 奏太の手が、自分の手に重ねられていた。

 反射的に、手を引っ込めて奏太を見る。
 奏太はうつむいた姿勢のまま、動かなかった。

 勝手に高鳴り始める鼓動に、必死で言い聞かせる。
(だめだ、期待するな。違う意味かもしれない)
「……奏太、ど、どういう意味だよ、今の」
「…………」
 動揺した頭の中で脳みそが斜めに回転し始め、沈黙を埋めようとする言葉が口をついて出てくる。
「ははっ、今の流れだったから、うん、俺に返事してくれるのかと思った、うん。……ははっ、違うよな、ごめん。勘違いしちゃっ──」
「違うんだ」
「はっ?」
「違うんだよ」
 奏太は子犬のように小刻みに首を振った。
「なにがだよ……」
「…………っあの」
 奏太はためらってなかなか口を開かない。何を言われるか分からない不安に、朔斗も黙りこむ。静けさが耳に突き刺さる。

「……俺も、好きなんだよ」

(今なんて言った? 聞き間違えたか?)
 都合のいい方向にしか考えない心臓は喜びの舞を踊る寸前だが、わずかに働く理性が、朔斗を慎重にさせていた。
「……すっ、好きって、な……にがだよ」

 奏太は大きく息を吸って、朔斗が今一番ほしかった言葉を発した。
「……朔斗が。俺も、朔斗のことが好き」

 こちらを見つめる視線から、目をそらすことができなかった。いつもと変わらないそのまっすぐな目に、言葉に嘘がないことを確信した。
 心臓は本格的に舞を踊っている。心底嬉しいはずなのに、顔は引きつり、冷や汗が出てくる。上手く息ができない。見なくても分かるくらい顔が熱く赤くなり、朔斗は文字通り頭を抱えた。
「え? え? ごめん、嘘じゃないよね? あの、なんか俺ちょっと、もう……え、あの、ほんとに?」
「おい、ちょっとテンパりすぎ」
 奏太はかえって落ち着いた様子で微笑んでいる。かすかに震える朔斗の手を、今度は確かに握り、話し始める。
「ほんとに。俺、朔斗は俺の一番の親友だから、他の人と楽しそうにしてるのがつまんないんだと思ってたんだ。……でも、朔斗に好きって言われて、考えてみたら、俺も同じだなって気づいたんだ」
 揺れる語尾に、奏太も緊張していることを感じ取る。
「俺も、朔斗の一番がいいんだ。だから、俺と付き合ってよ」
(息がうまくできない。即答したいのに)
 一度深呼吸をして、しっかりと答える。
「……うん、もちろん」
 ようやく気分が落ち着き始め、微笑む余裕ができた。奏太の手を握り返す。
「ありがとう。俺、まじで、嬉しい」
「うん、俺も。好きだって気づけて、嬉しい」
「ふふっ。なんか、変な感じだな」
「そうだな。まだ実感わかないかも」
 2人の視線が絡まる。いくらでも奏太を見つめていいこの状況に、感じたことのない幸せを感じた。

 おもむろに姿勢を変え、奏太に少し近づく。やや驚きはしているものの、嫌がる様子はない。
 もう少し顔を近づけてみる。奏太の笑顔にかすかな緊張が走る。
(こんなに近づいたこと、今までなかったな)
 目をそらさずに、聞いてみる。
「……キスして、いい……?」
 奏太はまん丸くしていた目を伏せ、こくんと小さくうなずいた。

 さらにもう少し、近づく。お互いの距離15 cm。心臓がバクバクする音しか聞こえず、この世に2人しか存在していないようだった。
 10 cm。奏太がきゅっと目をつぶる。
 5 cm。

 コツン

 朔斗は、奏太とおでこ同士をくっつけた。鼻が少し当たって擦れる。
 奏太がぱっと顔を離し、後ずさる。ほっとしたような、期待外れのような顔をしている。
「なんだよっ……びっくりしたじゃん……」
「ふふっ」
 今自分たちのしたことが急に恥ずかしくなり、2人揃って耳の後ろを掻く。
「それは、また、今度な」
「ふふっ、うん……」
 静かになってしまうと、くすぐったい居心地の悪さを感じる。
「……ビーズ、一応どんなのか確認しとこうか?」
 奏太がそっと切り出す。
(こんな時でも、真面目なやつだな)
 もう一度奏太の手を握る。
「なんか、そんなこともうどうでもよくなってきた」
 赤くなる奏太につられて、朔斗の顔も火照る。
 奏太の隣に座り直し、肩に寄りかかる。
「もう少し、このままでいてもいい?」
 呼吸のリズムに合わせ、肩はゆっくり動く。
「……うん、いいよ」
 朔斗は目を閉じた。
 奏太の頭が、こちらに寄りかかるのを感じる。
 お互いの体温が触れ合い、少し暑い。
 だが、その熱さえも離したくないほど、奏太を近くに感じていたかった。
「なんか、すごく幸せで、ばちが当たりそう」
「あっ、俺も、そう思ってた」
 笑い合う2人の間には、清々しく穏やかな空気が流れていた。