84日 「青いエスコート」



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朔夜side




6月23日、水曜日。




今日から3日間、文化祭が行われる。




一般公開は明日からで、今日は生徒と教師だけ。




既に文化祭が始まって1時間が経過しており、
学校はいつも以上に活気に満ちている。




教室も廊下も中庭も、赤、青、黄と様々な色に彩られている。




俺たちが作った看板もそうだ。




ピンクをベースとした、可愛らしい印象の看板。




その看板を越えた先には、ハンガーラックにかかった色とりどりの衣装と、撮影ブースが。




アニメや漫画のキャラのコスプレをするもの。




その枠に囚われない、魔女、警察、医師などのコスプレをするもの。




各自、自分の好きなように楽しんでいる。




「おーい、杉野、暇だし客引き行こうぜー」




欠伸をした後にそう言って寄ってきたのは、高校に入ってから出来た友達、冴木郁也(さえきいくや)。




制服の着方はだらしなく、センター分けの髪も金色に染まっている。




おまけに両耳にピアスも。




そして好きな物は「女の子♪」だそうだ。




……そういや、クラスの自己紹介で笑われてたな。




なぜこんな奴とつるんでいるのか俺自身も分からないが、仕方がない。




自分の着飾り方の好みと、女好きという点以外は、意気投合してしまったのだから。




昴や真琴とはまた違った、いい関係を築けていると思う。




「おー、行くか」




「ノリいいね朔夜ちゃ~ん。オレ、ノリいい子って好き♪」




「そーかよ、良かったな」




自分の名前のちゃん呼びを思い出し、鳥肌が立つ。




「返事冷たっ。俺には別にいいけどさぁ、女の子にソレやったら、モテないよ?」




「余計なお世話だ、さっさと行くぞ」




郁也の手首を強引に引っ張りながら教室を……




出ようとした時、ふと、ハンガーラックの前に立って、写真を撮りに来た生徒を見ている唯鈴が目に止まった。





郁也の手首を掴んだまま、向きを逆にする。




「うおっ」




唐突に引っ張られる自分の体に驚いて、声を出す郁也。




そんなものはお構い無しに、俺は唯鈴の元へ。




「唯鈴、一緒に回るか?」




「朔」




声が聞こえてきた方に振り向いた唯鈴と、必然的に目が合う。




「見た感じ、人手足りてるだろ。唯鈴の好きなソフトクリームもあるらしいが」




大木公園でソフトクリームを食べて以来、ソフトクリームは唯鈴の好物になった。




唯鈴曰く、初めての好きな物だそうだ。




好物で釣るのはどうかと思うが、せっかくの文化祭だ。




唯鈴にも、精一杯楽しんで欲しい。




「行きたいわ」




想像通りの言葉が返って来る。




「んじゃ、行くか」




「ちょっと待って」




その言葉に、1歩踏み出した足を止める。




「どうした?」




そう聞くと、唯鈴はハンガーラックからある衣装を持ってきた。




騎士の衣装?




「私、朔にこれを着てみて欲しいの」




「はあ!?」




これって、これだよな!?




騎士とか、絶対似合わねぇ……




騎士のコスプレをしている自分の姿を想像して、少しの吐き気を覚える。




「いや、無理だって。それにここ自分のクラスなんだけど」




「いいじゃない、自分のクラスの出し物を楽しんだって。それに、朔なら絶対に似合うわ」




どこをどう見たらそう思うんだよ……




「冴木くんもそう思わないかしら?」




あからさまに嫌な顔をする俺を見た唯鈴が、
郁也に話しかける。




「うん、朔ちゃんなら似合う!」




「お前その朔ちゃん呼びやめろ」




「仕方ないなぁ、分かったよ、朔夜」




そのやり取りを見ていた唯鈴が、俺の胸に衣装を押し付ける。




「冴木くんもこう言っているし、真琴も前言っていたわ。かっこいい人が騎士のコスプレして、かっこよくなるのは当たり前よ。ほら、さーくっ」




唯鈴はそう言って、パーテーションを複数並べて作られた更衣室へと、俺の背中を押す。




「朔夜いってらー」




郁也……絶対面白がってるな。




最後に俺の目に映ったのは、満足そうな笑みを浮かべる郁也と、期待の目を向けてくる唯鈴だった。




5分後、慣れない服に手こずりながらも、やっと着替えが終わった。




どんな反応をするか、不安な思いを胸に更衣室から出る。




「……着替えたぞ」




すると、その声に即座に反応し、2人が駆け寄ってくる。




「朔……」




「これはちょっと、マズイね……」




2人の微妙な反応が、俺の心拍数を増加させる。




やっぱり変なんじゃねぇか……最悪。




着なければよかったと後悔をしていると、2人は驚きの言葉を口にした。




「かっこよすぎるわ………」




「女の子たち全員倒れちゃうよ、これは……」




「え?」




どういう意味なのか理解が追いつかず、脳が
ショートを起こす。




「かっこいい?俺が?」




「ええ、冴木くんよりもね」




「ちょっと唯鈴ちゃーん、それは酷くない?」




なんて会話をしている2人を前に、恥ずかしさでいっぱいの俺は、早く教室を出るよう促した。




「もういいか?早くしないと時間無くなるぞ」




「あぁ、そうね。じゃあ……」




「ちょーっとストップ!」




せっかく唯鈴を教室から出るよう誘導できたと思ったのに、郁也のその一声により誘導は失敗に終わる。




「何だよ……」




俺は不満げに呟く。




「朔夜せっかくそのカッコしてるんだからさ、
唯鈴ちゃんのこと、騎士っぽく誘ってあげなよ」




予想外の無茶ぶりに、空いた口が塞がらない。




その俺の表情を見た郁也が、悪い笑みを浮かべる。




「騎士、朔、かっこいい……」




何やら唯鈴はブツブツ呟いている。




少し俯いているが、目は輝いているように見えた。




そんな顔されても……




「俺はしないからな」




そう言った途端、唯鈴はバッと顔を上げて、残念そうに眉を下げた。




「ほら~、朔がしないって言うから、唯鈴ちゃ
ん悲しそうだよ?どうするの、朔」




郁也に肘でつつかれながら言う。




その顔は実に楽しそうだ。




俺はしないって言った。




言ったが………




いつも俺を揺るがすのは、この……




驚く程に深く、暗く、綺麗で明るい、俺を見つめる瞳。




「………すぐ逃げるからな。学校回るんなら、ちゃんと着いてこいよ」




「!分かったわっ」




そう言った時の唯鈴の瞳を見た瞬間、




ああ、これで良かったんだ……




と、心の底から思えた。




嫌だけど。




「はぁ……」




そう深く息を吐いて、膝を曲げる。




腕を唯鈴の方へ緩く伸ばして。




「私と一緒に、学校を回って頂けませんか、お嬢様?」




その言葉を口にした瞬間、なんとも不快な酸っぱさが口内を襲う。




それでも唯鈴にはお気に召したようで、ふ、と小さく笑いを零している。




唯鈴が、笑ってくれた……




そのことが嬉しいのと、あまりにも綺麗だった笑顔に、俺の顔は今赤くなっているだろう。




そして、




「喜んで」




という返事が彼女の口から発せられる。




笑顔の不意打ちを受けた顔を見られたくなくて、すぐ後ろを向き教室を出る。




唯鈴はすかさず追いかけてきて、俺の手を取る。




「朔、顔が赤いようだけど?」




見られてたか。




「………うっせ」




そのあと唯鈴と食べたソフトクリームの味はあまり覚えていない。




でも、唯鈴にとって思い出の出来事になったのなら、よかったと思う。