12日 「色づく瞳」



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朔夜side




それは、唯鈴たち4人と大木公園に行ってから2日が経った、月曜日。




今週も学校が始まる。




今は、朝のホームルーム。




生憎、空は曇っているが、そんな天気とは裏腹に、クラスは活気に満ちていた。




なぜなら、2ヶ月後にある文化祭のクラスの出し物について話し合っているからだ。




高校生活で初めての文化祭。




どんなことをしたいか、各自仲のいい同士で話し、和気あいあいとしている。




まずは近くの人と話し合うのだが……




俺は、真琴と唯鈴のことが気になってそれどころでなかった。




真琴は唯鈴に告白するのか?




唯鈴は、真琴に告白されたとしたら、受け入れるのか?




俺は、何故こんなことを考えているのだろう?




そんなことばかりが、頭の中を巡っている。




「……く、さく、朔!」




「うおっ」




だから、唯鈴の声が聞こえていなくて、驚いてしまった。




ちなみに唯鈴は俺の後ろの席。




「ああ、悪い。どうした?」




「朔、大丈夫?さっきから、ずっと上の空よ」




「ああ……いや、出し物どうしようか悩んでただけだよ」




「そう……朔は何がしたいの?」




うーん……俺はこれといったものはないんだが。




「喫茶店……は人気らしいし、選んでも抽選当たると思えないんだよな」




俺たちが通っている高校では、文化祭のクラスの出し物が被ったら、抽選で決めることにしている。




そして、毎年人気があるのが喫茶店……
カフェ?らしい。




どっちでもいいけど。




「そう。私はどんなものがあるのか、想像すらつかないわ」




「喫茶店と……あとお化け屋敷も人気って聞いたな」




「お化け屋敷?というのは何かしら?」




唯鈴は首をコテンと傾けて、頭の上にはてなマークを浮かべている。




お化け屋敷を知らない、か………




やはり、こういうことは考えない方がいい。




唯鈴を見ていると、そんなこと大した問題ではないように思える。




決して明るい色はしていないが、透き通った瞳が疑問を浮かべているその様は、今日の灰色の空より何千倍も綺麗だから。




「お化け屋敷っていうのは……」




と、説明をし終わったところで、学級代表の声によって話し合いは終了した。




「では、何か意見がある人は挙手してください」




学級委員が淡々とした声で進行する。




「はい!私メイド喫茶がいいでーす!」




「俺、焼きそば食べたいから屋台がいい!」




「お前食べる前提かよ」




などと、真面目な学級代表とは裏腹に、自由気ままに意見を出していくクラスメイトたち。




ちょっと待て、メイド喫茶って唯鈴もやるのか?




ほとんど真顔だが……大丈夫なのか?




何か他の案に決めないと……




そう思い、何かいい案は無いかと考えていると、真琴が手を挙げた。




「えっと……俺たちがコスプレして、来てくれた人と写真を撮るみたいな、うまく説明出来ないんだけど……」




「あー、なんか分かる!言いたいことは分かる!」




と、昴が反応する。




にしても、真琴がこういう場で発言するのは珍しいな………何か考えがあってなのか?




それにコスプレって。




俺が知っている真琴とはかけ離れた単語だ。




唯鈴絡み……とか、無いよな。




俺が何故か焦っている中、説明が難しかった真琴の案については、学級代表によって、コスプレ写真撮影と名づけられた。




他にも、やっぱりお化け屋敷をしたいやつもいたりして、全部で5つの意見が出された。




俺はこの中だと……一番素朴な焼きそばとかか?




「唯鈴はどれがいい?」




と、後ろに振り返り尋ねる。




すると、先程より少し色づいた瞳でこう言った。




「お化け屋敷というのも面白そうだけれど……私はコスプレ写真撮影がいいわ!」




「っ………」




なんで、真琴の意見なんだよ。




やっぱり、2人に何かあったのか?




俺が新しいアイスを買いに行っていた、あの間に………




そして、頭の中に色々なシチュエーションが思い浮かぶ。




「……なんでそれなんだ?」




「だって私………」




ゴクリと喉を鳴らす。




「私、朔がコスプレしたところを見てみたいわ!」




………




はい?




「何でだよ……というかコスプレ分かんのかよ」




親知らないでコスプレ知っている奴なんか、他に居ないだろ。




「クラスの子が話しているのが聞こえてきたから。アニメ?とか漫画?のキャラクター?の格好を真似するんでしょう?」




知らないことが多いな……




お陰ではてなマークが凄いことになっている。




「そうだ。でもなんで俺のコスプレなんか見たいんだ?」




そう聞くと、真顔だけど身を乗り出して言った。




「朔はかっこいいでしょう?」




「ああ……って、ん?」




もう既におかしいんだが?




唯鈴の考えていることは本当に分からない。




そして………




唯鈴が、俺たちに隠していることまで。




唯鈴が、今までの人生のことを俺に話してくれる時は来るのだろうか。




こうして唯鈴と他愛のない会話をしている時でさえも、こんなことを考えてしまう。




出会っていたのが唯鈴でなくても、俺はこんなことを考えていただろうか。




その逆も然り。




唯鈴は、出会い、こうして話している相手が俺でなくても、初めてのソフトクリームを口にしたら微笑み、悪夢にうなされた時はソイツに縋っていただろうか。




「朔ってば、聞いてるの?」




「え?ああ、ごめん………俺がかっこよくて何だって?」




また自分の世界に入り込んで、唯鈴の話を聞けていなかった。




ちゃんと話は聞くべきだろ、俺。




真琴と唯鈴のこと、唯鈴のこれまでのことはもう考えるな。




唯鈴は今、俺の目の前にいて、一緒に言葉を交わしているのだから。




でも、唯鈴はさっきから俺の事を見つめてくるばかりで、何も話さない。




「唯鈴……?」




「…………」




お互い目を見て離さない2人の間に、気まずいような、むず痒いような、そんな空気が漂う。




「何か俺の顔についてるのか?」




「…………朔」




「お、おう」




唯鈴がやっと喋った。




ずっと見られてたら気まずいな……




「ちょっと着いてきて」




「いや、ダメだろ。ホームルームだぞ」




「この“教室”は出ないわ」




ホームルームでは、教室内の移動は自由になっている。




仲のいいメンバーで、椅子だけ集めて座っているクラスメイトもいる。




そして、唯鈴は俺の手を取って、席と席の間をすり抜けていく。




こいつの手、ちっちゃいな。




小さいけど、指は細くて、色白で、傷一つ無い綺麗な手。




そんな手と触れている俺の手は、ひどく大きく見えた。




唯鈴が向かった先は、真琴の机だった。




なんで真琴の席に?




「ねぇ、真琴」




「え?あ、唯鈴!?どうかした?」




明らかに、いや、幼なじみの俺だから分かる。




少しだけ、顔が赤くなった。




………分かりやす。




そんな顔をしていたら、明那と昴に気持ちを気付かれるのも時間の問題だろう。




俺や昴、明那、そして本人にも隠すつもりはないのか?




それとも、自覚していないのか。




真琴なら後者だろう。




そして一方唯鈴は、真琴の顔が赤いことに気がつく気配も無いまま、真琴にグッと顔を近づけて。




更に真琴の顔が赤くなる。




こいつ、結構モテるのに今まで彼女作ったことないんだよな。




そんな真琴が初めて恋した相手は、やはり唯鈴で間違いなさそうだ。




唯鈴も、彼氏がいた事はあるのだろうか。




でも、あの日海に倒れていた唯鈴に、知らないことが多い唯鈴に、彼氏が今いたり、いた事があったとは思えない。




………たぶん、好きな人も。




そう自分で思って、俺の心には、同情で少しの痛みと、原因不明の少しの安堵が見えた。




何故?




「朔は………」




唯鈴が口を開く。




でもやっぱりこいつ、顔近くね?




もうちょっと離れてもいいんじゃねぇか?




無意識に父親のようなことを思ってしまう。




「朔が?」




真琴は俺の名前を言ったところで止まっている唯鈴を疑問に思ったのか、いつもの違う呼び方で、俺の名前を繰り返す。




「朔は………かっこいいわよね!?」




「かっこ………え?」




「は?」




周りが一瞬、静まり返る。




これには俺も声が出てしまった。




やっと言ったと思ったら、俺がかっこいい?





さっきも言ってたけど………何考えてるんだ?




それに、唯鈴のことが好きな真琴からしたら、今のは少しまずいのでは。




それなのに、少しだけ嬉しんでいる自分がいる。




「え、と………うん。俺も、朔夜はかっこいいと思うよ」




その言葉を聞くなり、唯鈴はこちらを勢いよく見て……なんか、少しドヤった?




「おい、何だよ」




「ほら、あなたの幼なじみの真琴もこう言ってるのよ?朔にはかっこいいという自覚が足りていないわ」




かっこいいという自覚?




「いや、さっきからどうしたんだよお前?」




すると、唯鈴は小さくため息を吐く。




今こいつため息したか?




すると、次は俺に顔をグッと近づけて言う。




「まだ分からないの?朔はかっこいいの。だから、誰かに朔のことを取られてしまいそうで、私はいつも不安なの。それくらい朔はかっこいいわ。だから、自分に自信を持って、コスプレしましょう!?他にも、朔のコスプレ姿みたい人たくさんいるわ!」




最後の方だけ勢いがあった。




まさかこいつ………俺が自信なくてコスプレをしてくれないと思ったのか?




そんなにコスプレ写真撮影がいいのか……




「そんなこと思ってないが……」




かと言って自分の容姿に自信があるわけでもないけど。




「あら、そうなの?朔の様子がおかしいから、コスプレの事で悩んでいるのかと……」




「勇気づけようとしてくれたのは嬉しいんだが違うな」




そこでハッとした。




今の唯鈴の発言は、真琴にはもっとダメージがあったのではないか、と。




真琴の方を見ると、目が合い、すぐに俺から目を逸らす。




今は、顔は俺と真反対の方を向いてしまっている。




だけど、俺には見えた。




複雑そうな表情を浮かべる、真琴の顔が。




俺は、ふと唯鈴を残して席に戻ってしまった。




真琴に嫌われたか?




唯鈴と真琴の関係のことはもう頭に無く、それだけをずっと……




最終的には多数決をとって、何故か最初メイド喫茶をやりたいと言っていた女子も、コスプレ写真撮影に手を挙げていた。





そして、結果はクラスの半分がコスプレ写真撮影に手を挙げ、俺たちのクラスの出し物が決まった。




みんなが手を挙げている中、俺は、どの意見にも手を挙げられないでいた。




それは、真琴も同じようだった……