9日 「初めてのソフトクリーム」



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朔夜side




月はあんなにも綺麗だったのに、今はもう太陽の引き立て役になっている、翌日、朝6時半。




唯鈴の様子を見にノックをして部屋に入ると、
うなされている唯鈴の姿があった。




俺は慌てて唯鈴に駆け寄る。




どうしても唯鈴は、放っておけない。




「唯鈴、唯鈴、起きろ」




「……う、いや……待って、さく……」




「大丈夫だ」




「置いて……ないで……」




涙を流す唯鈴。




「置いていかない。1人にしないから、大丈夫だ。唯鈴、目を覚ませ」




涙を拭いながら話しかける。




「唯鈴。俺はここにいる……だから安心しろ」




右手の人差し指の先についた綺麗な涙が、血管を伝って第2関節まで流れる。




「う……」




すると、唯鈴がゆっくりと目を開けた。




「……朔……」




「ああ、おはよう。大丈……」




「朔っ」




相当不安だったのか、唯鈴は俺に抱きついてきた。




「朔、朔っ………」




「ああ」




「朔……っ」




「大丈夫だ、俺はいなくならない」




頭を撫でながら、子供をあやすように言う。




ほんと、手のかかるやつだ……




でも、そんな唯鈴にずっと居て欲しい。




……と、出会って2週間で思うのは、おかしなことだろうか。




思えば、今、唯鈴に抱きつかれていることに対して何も意識していないことも、おかしいのかもしれない。




それなのに、そんな違和感は少しもなく、むしろ安心感すらあった。




唯鈴と触れていることで、唯鈴がここにいるという事実が証明されて、安心しているのだ。




唯鈴には、もう二度といなくなってほしくない。




………




え?二度と?




今までの2週間、唯鈴がいなくなったことなんて1度もない。




なら、さっきの俺は………




誰だ?




自分自身に不信感を抱き、今すぐにでも不快なそれを取り除きたいが、唯鈴が取り乱している手前、そんなことをしている場合では無い。




「……落ち着いたか?」




「ええ、ごめんなさい……」




「謝る必要なんてないと思うけど」




「………」




俺がそう言っても、何か言おうとして口を開けたり閉ざしたり、腑に落ちない様子の唯鈴。




「今日、学校休むか?」




「それはダメ。絶対に行くわ」




先程とは違い、唯鈴ははっきりとそう言った。




なんで………




「体調悪いなら無理して行かなくていいんだぞ?」




「学校のことも、この家のことも……お世話になっているのに、学校を休むなんて出来ないわ」




“この家”、か……




唯鈴は、この家の子じゃない。




そのことを、気にしているのだろうか。




………してるんだろうな。




表情を変えない唯鈴は、普段どんな思いで過ごしているのか、気になる気持ちが強まる。




それでも、唯鈴に俺から聞くことは無い。




唯鈴が自分から話してくれるまで待つんだ、絶対に。




「そーかよ。じゃ、早く準備して来いよ」




「ええ」




ドアが閉まりきる寸前。




唯鈴のひどく悲しそうな顔が、俺の眼に焼き付いて離れなかった。




そして、初めてはっきり見た唯鈴の表情が悲しみだと思うと、ひどく胸が痛んだ。




唯鈴には、呆れるほど、遂には釣られてこっちまで笑顔になるほど、笑っていて欲しいから──。




時は過ぎ放課後。




俺と唯鈴が帰ろうとしていると、明那が声をかけてきた。




「ねぇ2人とも、これから一緒に遊ばない?」




「遊ぶって、どこに行くんだ?」




「うーん………あ!大木(おおき)公園とか!」




「大木公園?何も無いだろ」




「それがさ、今日の金曜日と土日に、イベントやってるらしいの!キッチンカーとか、屋台で色んな物食べれるんだよ?私の好きなクレープもあるし、これは行くしかないっ!」




「それお前が行きたいだけだろ………」




「そうだけど、いいでしょ!唯鈴歓迎会も含めて!」




「!」




横目で唯鈴を見る。




「……明那が、唯鈴……」




自分の名前を呼ばれて嬉しかったのか、そう呟いている。




昴には呼ばれていたけど、明那に呼ばれたことはまだ無かったな。




相変わらず真顔だけど、心配は要らなかったらしい。




でも。




「唯鈴は今体調が……」




「朔」




唯鈴に遮られる。




「私なら大丈夫よ。なにより、行きたいの。友達と遊ぶの、初めてなの。それにクレープ?っていうものも食べてみたいわ」




初めて、友達と………




そんなの言わたら、断れるわけないだろ。




「………分かったよ」




「やったー!昴達にも言ってくる!」




うるせ……




「朔」




唯鈴に名前を呼ばれる。




「ん?」




「ありがとう、嬉しいわ」




嬉しい………か。




「ちゃんと言ってくれるんだな」




唯鈴の表情を見ていると不安になるから。




本当に嬉しいと思ってくれているのか。




唯鈴の言葉を疑って………最低だな、俺。




「じゃ、目一杯楽しめ、唯鈴」




「ええ、そうさせてもらうわ」




そうして俺たちは大木公園に向かった。




「わっ、結構人いるね」




明那が辺りを見渡して言う。




「あ!俺、牛串食いてぇー!」




昴は大好物の牛串を早速見つけて騒いでいる……




と思った瞬間、もう明那と昴の2人は屋台の列に並んでいた。




目を離したらすぐこうだ。




「唯鈴、真琴。俺達も………唯鈴?」




唯鈴はある一点を見つめて、ピクリとも動かない。




「おい、唯鈴?」




もしや、体調が優れないのかと心配もしたが、目線の先にあるものを見て、そんな心配は不要だと分かった。




「あれは……ソフトクリーム?」




目線の先にある屋台は、ソフトクリームを売っているようだった。




「唯鈴、ソフトクリームが欲しいのか?」




そう聞くと、コクッと頷く唯鈴。




心做しか、唯鈴の目は輝いているように見えた。




「じゃあ行こう。真琴も来るか?」




と聞くと、




「あの2人には付いていけそうにないから」




と苦笑していた。




まだ春だからか、ソフトクリームの屋台にはあまり長い列は出来ていなかったため、俺たちの出番はすぐに来た。




「唯鈴、どれ食べたい?今日くらいは奢ってやるよ」




「えっ、じゃあ俺も」




「お前はダメ」




「え~、朔夜のケチ」




「うっせ。唯鈴、どうする?いちご、ブドウ、抹茶……色々あるな」




「朔はどれを食べるの?」




「俺は……普通にバニラかな」




「なら私もそれと同じのがいいわ」




真琴は抹茶を買い、近くのベンチに座って食べることにした。




「これがソフトクリーム………不思議ね」




「ちょっ、唯鈴、そんな傾けたら落ちるだろ。気をつけろ」




唯鈴、ソフトクリーム初めて見たみたいだな……




今まで唯鈴がどんな人生歩んできたのか、想像がつかない。




「朔、もう食べていいかしら?」




「え?別にいつでも……」




俺の返事を聞くなりいただきますと言って、すぐソフトクリームにかぶりつく唯鈴。




いただきますも、だいぶ慣れてきたな。




「んっ……冷たいわ」




「そりゃそうだろ、ソフトクリームなんだから。美味しいか?」




「ええ……美味しいわ、とっても」




そう言った時。




唯鈴が………




「っ………」




笑った。




少しだけど、笑ってくれた。




それが、何故か自分のこと以上に嬉しくて、視界が少しぼやける。




「………朔、泣いているの?」




そう言って、頬に手を添えてくる唯鈴。




「っ……いや、泣いてない。美味いなら良かった。唯鈴の笑った顔も見れて、奢った甲斐があった」




そう言うと唯鈴はキョトンとして。




「私……今、笑っていたの?」




「?ああ」




「そう、なのね」




そう言って、唯鈴は何やら含みのある笑顔を浮かべた。




すると唯鈴は立ち上がり、俺を挟んで向こうにいる真琴の所へ。




「ねぇ、真琴」




「っ……どうかした?」




突然名前を呼ばれて驚いたのか、少しむせている。




「そのソフトクリーム、どういう名前だったかしら?」




「名前?……あ、味のこと?抹茶だよ」




「私のバニラもあげるから、抹茶少しくれないかしら?」




「ぶっ………い、唯鈴!?」




真琴が吹き出す。




これには、俺も吹き出しそうになった。




こいつ……意味わかってんのか?




それにソフトクリームって……難易度高くないか?




真琴が唯鈴に問いかける。




「それって……意味分かって言ってる?」




「意味?早く食べたいということ?」




「違うよ!……はぁ、俺はいいけど……」




そう言ってチラッとこちらを見てくる真琴。




こいつ……ムカつくな。ってかそこは拒否しろよ。




「朔夜、いいの?俺、これ食べたらもう我慢しないけど」




「っ……それ、お前……」




もしかしなくても。




真琴は俺から視線をそらし、唯鈴の方を見た。




「唯鈴、じゃあ俺も貰うね。はい、これ抹茶」




「ありがとう」




そう言って抹茶のソフトクリームを手に取る唯鈴。




嫌だ。




………ん?




俺、今嫌って……何でだよ。




別に、この2人が間接キスしようと俺には関係ない。




そう、関係ない………




2人とも、お互いのソフトクリームに口を近づけていく。




「…………」




ああ、もう、クソっ。




これを、黙って見てろって?




俺は、真琴の手から唯鈴のソフトクリームを取り上げ、唯鈴の手にある真琴のソフトクリームにはかぶりついてやった。




「あっ、ちょっと朔!」




「あっ、朔夜!」




2人して俺の方を向く。




「どうして食べるの、私食べたかったのに……」




こいつの反応からして、ソフトクリームは初めてかも知れないんだったな。




イタズラでかぶりついたりはしたくない。




でもなんか………嫌、だったんだよ。




「悪かったって。唯鈴には新しいの買ってやるから、真琴にそのソフトクリーム返せ」




唯鈴にそう言うと、渋々どころかすぐにソフトクリームを返していた。




「朔夜、やっぱり嫌だったんだ。俺と間接キスするほど?」




「最悪の気分だよ」




「抹茶どう?」




「………美味かった」




「ははっ、朔夜ってこういう時でも正直だよね」




「お前なぁっ……」




またソフトクリームにかぶりついてやりたい気持ちを抑える。




「はぁ……じゃ、唯鈴。新しいの買ってくるけど……お前、体大丈夫なのか?」




ソフトクリーム2個は、流石に今の体じゃ心配する。




「大丈夫だと思うけれど……どうして?」




「ソフトクリームみたいに冷たいものたくさん食べると腹下す……痛くなることがあるんだよ」




それに、今の唯鈴なら熱を出す可能性だってある。




「そうなのね……それって、朔は私の心配をしてくれたの?」




「当たり前だろ」




そう言うと顔を明るくしたかと思うと、少し困った顔をした。




どうしたんだ……?




「………距離が近くなりすぎるのも………」




唯鈴が何かを呟く。




「何か言ったか?」




「なんでもないわ、じゃあ新しいやつ、よろしくね朔っ」




こいつ……遠慮って言葉を忘れたな?




まぁ、元はと言えば自分のせいか。




「はいはい、買ってきますよ。でもクレープはお預けな」




さすがにソフトクリーム2個とクレープはな……




「えー、朔のケチ」




「お前のためを思って言ってんだから我慢しろ」




そう言って、俺が2人に背を向けた時。




「ねぇ、唯鈴。この公園に来るのは初めて?」




そう話しかける真琴の声が聞こえてきた。




もしかしなくても。




真琴は、唯鈴のことが好きだ。