8日 前編 「学校」



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唯鈴side




少年少女たちが、共に学び、泣き、それに負けないくらい眩しく笑って過ごす学校。




受験?の時も来たけれど、随分と大きいのね。




唯鈴は、目の前に堂々とたたずんでいる角張った建造物を見上げる。




楽しそうな場所だと思ったことはあるけれど。




……楽しみだわ。




「何突っ立ってんだ。行くぞ」




そう言ってどんどん先へと進んでいく朔。




「ええ」




そして、彼の後を着いていく。




歩いてすぐの事。




30代半ばくらいかしら。




それくらいの年に見える男性に、声をかけられた。




「名前は?」




「杉野朔夜です」




聞かれるなりすぐに名乗る朔を見て、自分も真似をする。




「遠永唯鈴よ、よろしくね」




「バッカお前何言って……」




難しそうな顔をして小声でそう言う朔。




……私、今何か間違ったかしら?




「…………」




その男性は黙っているけど、手が少々震えている。




………ふぅ。




どうやら間違ったみたいね。




朔を見ると、早く謝れ!と言うような目で見てきていたから、直ぐに謝った。




「ごめんなさい」




そう言うと、口を開いた男性。




「えーと、遠永さん?これからは家族以外の大人の人と話す機会も増える。謝る時はごめんなさいではなく、すみませんにした方がいい。もちろん敬語も」




家族とか敬語とか、よく分からないけれど……そうなのね。




「すみません……」




あ、お礼も言わないと。




「教えてくれてありがとう……」




そこで言葉を切ろうとしたら、朔が「ございました」とまた小声で言ってくるから、「ございますました」とすぐに付け足す。




すると、その男性は頷いて、淡々と喋り始めた。




「杉野くんと遠永さん……2人とも1年2組だ。場所はそこの校内地図を見たら分かる」




「はい、ありがとうございます」




私も朔に続く。




「ありがとうございます」




そして、また朔の背中を追う。




先程の男性とだいぶ離れた時。




朔は大きなため息をついてこう言った。




「お前なぁ、目上の人には敬語を使え!病院の時も敬語じゃなかっただろ。入学早々、イメージ最悪だぞ?怒られはしなかったからまだ良かったものの……」




せんせい……先生……




「………すみません?」




「いや、俺にはごめんで良いよ」




「ごめんなさい」




朔は少し困った様な顔をしたけれど、同時に笑って手を差し伸べてくれた。




「んじゃ、行くぞ。俺ら2組だってよ。同じで良かったな」




そう言って私に微笑みかける。




さすが朔………カッコイイ。




それと……




「さっきから周りの目線が痛いのだけど」




「あ~……そうだな」




みんな、朔を見ているのね。




でもダメ、朔は私のものだもの。




「まぁ唯鈴見るとそうなるよなぁ。はぁ、逃げてぇ……」




朔は何かブツブツ言っている。




お互い自分が鈍感なことに気づかないまま、廊下を進む。




そして、ある部屋の前に着いた。




朔はその部屋の扉を横にスライドさせる。




その途端、中から「朔夜ーー!」と呼ぶ大きな声が聞こえてきた。




「朔夜も2組なのか!?じゃあ俺達全員一緒じゃ
ねぇか!」




朔の名前を呼んだのは、朔よりも少し背の高い男性で、その後ろから更に男性と女性が1人ずつ出てきた。




「やっほー朔、良かったね同じクラス!」




「やぁ朔夜、久しぶり。それで……」




朔以外の3人の声が重なる。




「「「その子誰?」」」




その子と言っている3人は、全員こちらを向いている。




……え、私?




「あぁ、こいつは俺らと同じ新1年の2組で、話せば長くなるというか、変でしかないんだが……」




そして、朔は私との今までの経緯を話しているようだった。




聞き終えた3人は、目を見開く。




そして、またも声を揃えて




「「「えーーー!?」」」




と驚いた。




どうして驚くの?




もしや、朔が何か変なことを……?




「まぁ、詳しい事はあまり聞かないでやってくれ」




「うん、それはそうだけど、それより……」




女性がわなわなし出したかと思えば。




「めっちゃ美人じゃん、この子!髪ツヤツヤだし、足だって黒タイツ似合う美脚!うらやま~!………ん?待てよ、さてはこの子朔の彼女……」




「違う」




私が期待した質問を、朔はすぐ否定をする。




「私は大歓迎なのだけれど」




私は朔にこそっと耳打ちをする。




「おまっ………はぁ、前から思ってたけど、何でお前そんな俺に好意持ってるんだよ?会って一週間だぞ」




何でって……約束もしたじゃない。




朔は、私が“選んだ”人なのよ?




………あ




「本当に、もう……」




その事実に、私は結構なショックを覚える。




でも、いいのよ。




朔はこうして生きているし、私が決めた事なのだから。




「おい、何か言ったか?」




「いいえ、何も。それと、さっきの質問の答えは秘密よ。朔の忘れんぼ」




そう言ってそっぽを向いた。




「忘れんぼ?俺、何か忘れてるのか……?」




首を傾げながら考える朔。




でもやっぱり分からないみたいで。




「分かんねぇ……」




「……ばか」




小さくそう言ったつもりが、すぐ隣にいる朔には聞こえていたよう。




「悪かったって……なぁ、俺何忘れてるんだ?」




本当に分かっていなさそう。




でも、仕方の無いことなのかもしれないわね。




「教えてあげない」




「俺、唯鈴の事傷つけたのか?もうそんな事したくねぇから。教えてくれ、な?」




忘れているくせに、そんな優しくされたら期待するじゃない……




「じゃあヒントね。さっき、朔は会って一週間と言ったでしょ?あれは間違いよ」




「はぁ?余計訳わかんねぇ……前に会ったことあんのか?」




今はまだ、教えてあげない。




思い出す、“その日”まで。




朔とのやり取りを見ていた女性が、手をパンっと鳴らした。




「はいはい、イチャつかないのー。初めましてなんだし、自己紹介くらいしようよ」




そして、その女性は右の掌を自分の胸に当てながら言った。




「私は朔の幼なじみの入江明那(いりえあきな)!朔とは3歳の時からず~っと一緒。よろしくねっ」




まぁ、




「可愛らしい……」




「ほんと?ありがとー!オシャレするの好きなんだっ」




どうして私の思うことが分かって……?




顔に出ていたのか、朔が教えてくれた。




「声に出てたぞ」




「あ……」




無意識に出てしまっていたようね。




気をつけないと。




オシャレが好き……これがオシャレなのか私には分からないけれど、腰に服を巻つけているし、耳に飾りもしているわ。




髪は肩の少し上で、外に跳ねている。




流行り?のポニーテールというのは知っているのだけど……




私はただ髪を下ろしているだけ。




これにも名前はあるのかしら。




そんな事を思っていると、次の自己紹介が始まった。




この人は……朔のことを最初に元気よく呼んだ人ね。




「俺は齋藤昴(さいとうすばる)!俺も明那と同じで朔夜とは幼稚園からの幼なじみ。家も近所なんだ。よろしくな、唯鈴!」




唯鈴………




朔や朔の家族以外の人に名前で呼ばれたのは初めてだった。




なんだかむず痒くて………胸が温かい。




これは、どういう気持ちなのかしら。




「ええ、よろしくね」




そして最後の一人。




「初めまして。俺は出雲真琴(いずもまこと)。高校生にもなってこんな自己紹介、ちょっと照れくさいね。高校に入って初めてできた友達だし、俺らのことは気軽に名前で呼んでよ。よろしくね」




「とも、だち……」




「?うん」




私の曖昧な反応を見て、昴は勘違いをしてしまったようだった。




「おい真琴~、友達なんて急に言うから、嫌がられたんじゃねぇのお?」




くすくす笑いながら言う。




「ちょっ、ほんと?ごめん唯鈴、嫌だった?」




昴はなんというか……イジワルね。




「こいつ、本気で……」




罪悪感はあるようだし、本当に悪い子では無さそうだけど。




「嫌なわけじゃなくて、嬉しかったの」




……あら?待って。私今、嬉しいって言ったかしら?




これが、嬉しい……




胸が暖かいのは、嬉しいっていうことなのね。




「っ……そ、そう、なら良かった」




「あれ、あれれ~?真琴くん、どうしたのかな~?」




「な~?」




ふざけている様子の昴にのる明那。




二人ともニヤニヤしていて。




一方の真琴は何も無いよ、などと言いながらそっぽを向いている。




朔は……




顔を見ようとすると、久しぶりに口を開いた。




なんだか、少し不機嫌なような……?




「真琴も昴も明那も、もういいだろ、やめろ」




「「はーい」」




「え~、俺悪い?」




全く反省していなさそうな二人と、納得のいっていない真琴。




「悪い悪い、はい席座るぞ」




と、3人を座るよう促す朔。




「朔夜、絶対適当でしょ~。酷くない?」




と言いながらも各々の席に座る。




朔は、“今は”リーダー的な存在なのかしら。




意外ね。




朔は………




なんて考えていると、先程の先生が入ってきて、何やら、おめでとう、これから~……などと説明をしている。




高校生の自覚を持ってなど、私には少し難しいことを話しているようだった。




そして、入学式が始まった。