1日 「久しぶりね……朔」



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朔夜side




春の暖かい日差しの中、潮の香りが鼻の下をくすぐって通り去っていく。




目の前では、一面青で染まった波が行ったり来たりしている。




そこには、麦わら帽子に白いワンピースを着て、髪をなびかせている少女が。




そして、足を少し濡らしながら、またも波が来るのを待っている。





齢五歳。




幼いながらもその子の美しさに見惚れて、聞かずにはいられなかった。




『ねぇ、だぁれ?』




失礼な言い方だ。




でも、当時はまだ年長目前の男の子。




そんな子どもに、失礼な言葉かどうかなんて分からない。




相手もまだ小さく、失礼だと思わなかったのだろうか。




こちらに振り返って、帽子で隠れて見えにくいけれど、確かにニコッと微笑んで、その子は自分の名を口にした。




『───、───」




可愛らしくも透き通った綺麗な声が、とても印象的だった。




そして翌日。




友達はいるけど、長期休みにまで遊ぶような仲では無いため、いつも1人で、砂浜を駆け回るサワガニを目当てに海へ遊びに行く。




でもその日は、あの子を目的に海へ行った。




それでもやっぱり、虫取り網とバケツは持って行った。




今日も、その子はいた。




海を大きく捉えているその1枚の画に、ずっと前からいたかのように溶け込んでいるその子。




きれいだなぁ、なんて思ったりもして。




女の子は昨日と全く同じ場所に同じ服装で立っていて、こちらに気がつくなりまた微笑んで、手を振ってくれた。




それから、その子とは毎日遊んだ。




きっと太陽のように輝いて眩しいであろうその笑顔は、何故かいつまで経っても帽子という名のフィルターで隠されている。




にも関わらず、2人で手を繋いで、春のまだ冷たい海に足を踏み入れる。




「気をつけてね~!」




母にそう言われ、父は安全のためかこっちへ向かってきている。




そんな時のことだ。




青い波が、牙をむいたのは。



──────



太陽の光で、アラームの設定時刻よりも10分早く目が覚める。




「…………ふぁ」




どのくらい前だろう。




ひどく懐かしい夢を見ていた気がする。



──────



「ねぇ朔ー、ちょっと夕飯の材料買ってきてー」




自分の部屋からリビングへ下りてくるなり言われた母親のその一言に、




めんどくさ………




などと思いながらも、エコバックと財布を手に
取って家を出るのは、俺、杉野朔夜。




今現在、それなりに春休みを満喫している、
どこにでもいるような普通の15歳。




今日は風が強いな……。




いつもは心地よい春風に少しの違和感を覚え、歩くペースを落としてみる。




そして、ふと、自分の左手に広がる大海原に目
をやる。




いつもより少し、海の色が輝いて見えた時。




「………は?え、は?」




目に映りこんだ光景を疑い、目を擦る。




でも、その光景は大して変わることはなく、先程から少しぼやけて見えるだけ。




「いやいやいや………無いだろ、マジで」




自分に言い聞かせるように呟きながら、
足はどんどんそこへ向かっていく。




砂へ沈むサンダルに入り込んできた砂を気持ち悪く思いながらも、動く足を止めることは出来なかった。




まるで、引っ張られるように。




「ま、じかよ………え、死んでねぇよな?」




俺の目の前にある……いや、目の前にいるそ
れまで2メートルといったところで、ようやく足が止まる。




海水に濡れていたらしき黒髪は、眩しい日光を反射して、頬にくっついている。




そして、俺が入学予定の高校の制服を
着ている……




全身ずぶ濡れの、女が倒れている。




でも、苦しそうな表情ではなく、まるで太陽の日の下で、心地よさそうに寝ているようだった。




それでもやっぱり、無事かどうかは確かめる。




その場にしゃがみこんで、声をかける。




「おい、大丈夫か?」




「………」




返事は帰って来ない。




放っておくわけにもいかず、念の為もう一度声をかける。




「おい、おいっ、大丈夫か?」




すると、瞼が隠していた、宝石のような瞳がゆっくりと現れた。




「……ん………」




数年越しに桜吹雪を見たときに感じるような独特な高揚感を思い出させるその声に、胸がドクンと音を立てる。




平静を装いながらもう一度尋ねる。




「起きたか。大丈夫か?」




そいつは、体をゆっくり起こしたかと思えば、
俺の顔を見た瞬間、目を見開く。




目力のあるその瞳に圧倒され、ずぶ濡れの女を相手に少し仰け反る。




何だよ……俺の顔に何か………




「え?」




思わず、声が出てしまった。




そいつが、息をすることを忘れそうになるくらい綺麗に……




涙を流していたから。




思わず涙を拭おうとした右手を引っ込める。




「お……おい、どこか痛いのか?」




そう聞くと、少し困惑した顔で首を振りながら




「……いえ………」




と答える。




「じゃあなんで泣くんだよ?」




「………いえ」




そして、下を向いているから分かりづらいが、
怖いほどに綺麗な顔でそう言っていた。




「何でもありません……本当に」




いやいや、じゃあなんでそんな顔なんだよ……




とツッコミたかったが、そいつの表情をみると、とても言えなかった。




儚げで、哀しそうで………そして、滲み出るほんの少しの喜び。




綺麗な顔に無駄のない表情が、より一層美しさを引き立てていた。




「………か」




「え、なんて?」




「今は、西暦何年でしょうか」




はあ?急に何だよ……




「2034年だよ」




「何月?」




「4月」




「何日?」




一度に聞けよ、と少し苛立ちながらもその問いかけに答える。




「1日」




そしてその答えにまたも目を見開いたかと思えば、




「ああ……よか、った………」




囁くような小さな声だけど、ハッキリとそう言いながら、また倒れた。




「お、おいっ、しっかりしろ!」




体を揺すっても、返事はない。




「あーもうっ………」




俺はエコバッグを手首に通して、そいつを抱き上げた。




そして、すぐ近くの病院へ全力で走った。







母親には事情を説明して、俺は病院のロビーであいつが出てくるのを待った。




このまま起きないとか……無いよな。




先程まで自分と触れていた人間が死ぬかもしれないと思うと、急に、自分を包み込む空気の温度が下がった気がした。




横長の椅子に座って待っていると、3人の看護師が困った顔を見合わせながら何かを話しているのが見えた。




まぁ、大体予想はつく。




俺は看護師達に声をかけた。




「あの……何かあったんすか」




すると、3人の看護師が一斉にこちらを向く。




「え?ああ……って、君!さっき女の子を抱えて来てくれた子じゃない?」




「まぁ、はい、そうすね………」




すると3人は顔を見合わせ、パッと明るい表情になり、1人が俺の手を取った。




「ちょうどいい所に!あの子、制服のどこにも名前が入っていないし、ずっと名前が分からなくて……だから、保護者の方をどうやって呼ぼうか考えてた所なのよ」




ちょうどいいって……俺も保護者じゃないけど。




でも、何故かあいつの事は無視出来ないような気がした。




そう体が、脳が、言っている。




まぁ、どっちにしろ看護師の勢いに気圧されて断れなかったかもな。




俺は看護師に連れられ、2階の病室まで向かった。




そしてその部屋のベッドの上には、すーすー寝息を立てながら眠っているそいつの姿があった。




ベッドはひとつしかない。




個室なのか……




ベッドの横に立ち、顔を覗き込む。




「綺麗………、あっ」




いやいや、俺何言ってんだよ。




そう自分に言いながら、もう一度そいつを見る。




腰の上まである綺麗な黒髪が今は乾いていて、窓から入ってくるその風に毛先が揺られている。




そして顔。驚くほどに色白で、まつ毛の長い整った顔は、学校の美術で習ったミロのヴィーナスを思い出させた。




「こいつは……どうなんですか」




ふと、本能的に放ったその言葉。




それを聞くなり、看護師は声を揃えてこう言った。




「それがね、分からないの」




「分からない?」




分からないなんて事、滅多にないだろ。




「体とかに何か問題がある訳でもなくて、今だって寝ているだけ。本当、なんで倒れたのか……ストレス、とかなのかしら」




「でも顔色は………」




と、看護師の間で話が膨らんでいく。




ちなみに今………俺こいつの保護者って事になってるんだよな?




歳ほとんど変わらなそうだけど。




ってなると………帰っちゃダメだよな?




「あの、今日こいつは入院ですか?」




そう問いかけると、ハッとした顔をして、説明を始めた看護師。




「えっとね、今日の7時くらい……って言ってもあと1時間くらいね。7時までに目を覚まさなかったら1日入院ね。でも目が覚めて何も問題が無いようだったら、今日中に帰れるわ」




「そうですか、分かりました」




「じゃあ………ちょっと見ていてくれる?私達
ちょっとまだ仕事があってね……」




申し訳なさそうに言う。




こんなの断れねぇだろ……




「ああ、全然大丈夫っす。見ときます」




「本当に?ありがとう!じゃあ私達は行くわね」




「はい、ありがとうございました」




そうして、看護師達は病室を出ていく。




その出ていく背中を見ている時、




「………さく」




と、名前が呼ばれたがして、バッと後ろを振り向く。




でも、そいつは先程と変わらず静かに寝ていた。




まぁ、そんなはず無いよな………名前言って
ねぇし。




そして、俺はベッドの横の椅子に腰掛ける。




外は大分暗くなってきていて、月が辺りを照らし始めた時。




「…………」




そいつは、目を覚ました。




その時、何故かすごく安心した自分がいた。




自分の目の前で人が死ななかったからだろうか。




……もし、そうでないなら……?




「大丈夫か?ここ、病院だぞ」




あまり状況が把握出来ていないのか、何も答えないそいつ。




そして少し経ったら、口が開かれていき、何を口にするのかと不思議に思っていると、そいつは衝撃の言葉を口にした。




「おはよう、久しぶりね……朔」




真顔で、体を起こしながら放ったその言葉。




でも瞳は、心做しか微笑んで……いや、てか待て。




こいつ今、俺の名前言ったよな?




それに、久しぶりって……




それが不思議で仕方がなく、敬語じゃなくなっていることに違和感を持たないまま、起きたばかりのそいつに勢い良く身を乗り出して言ってしまった。




鼻が触れるまで、ほんの10センチ。




「なぁお前、なんで俺の名前知ってるんだ?」




その問いの意味をあまり分かっていなさそうで、そいつは布団の一点を見つめている。




そして少し経つと、ハッとした表情を見せ、少し慌てる。




何だよ………




「あ、いや……何も聞かなかった事にして……」




そう言うと、顔を手で覆うそいつ。




…………




どういう反応?




そんな時、俺はある事を思い出した。




「なぁ、お前名前は?」




名前が知りたかったのだ。




突然砂浜に現れた、綺麗で不思議の多い君の名前を。




そう聞くと、少し目を泳がせてその名を口にする。




「唯鈴………遠永唯鈴」




唯鈴………




「名前まで綺麗だな」




すると、唯鈴は勢いよく俺の顔を見て、見つめてくる。




?………って、まさかっ




「口に出して………?」




恐る恐る唯鈴を見る。




「ええ、バッチリ出てたわ」




バッチリ撮れたみたいに言うな……っ




「あ~~……」




最っ悪……っ




右手で口元や鼻を隠す。




多分、俺の耳は今、リンゴのように赤いだろう。




その様子を見て、唯鈴は首を傾げる。




「どうしてそんな顔をするの?私、とても嬉しかったわ。名前が綺麗だと言われたのは、“初めて”だから」




「~~、そーかよ」




真顔だったからよく分かんなかったけどな。




こうして、俺と唯鈴は少し……いや、結構変な出会いを果たしたのだ。




「では帰りましょう」




そう言ってベッドから身軽に飛び跳ねながら下りた唯鈴。




「ちょっ……と待て。まだ安静にしてろよ、倒れたんだから」




そう言って、唯鈴をベッドに座らせる。




俺は唯鈴をジトーっと見る。




「あら……見惚れてるの?」




「バッカ違うわ!」




流石に出会って間もない女相手にバカはまずかったか、と心の中で反省する。




「……で、唯鈴、家は?どこ?」




ギクッ




本当に音がしそうなくらい分かりやすく動揺する唯鈴。




「えーと………そう、海に流されたのよ」




サラッととんでもない事を言う唯鈴。




「ボケるならそんな分かりやすく考えるな」




すると、唯鈴は何か一人でブツブツ言い始める。




「だって家の場所なんて書かれていなかったわ。名前とか年齢とか……あと何かあったかしら?」




本当、よく分かんないなこいつ………




今までに見た事の無いタイプの人間に、少しの戸惑いを覚える。




「で、家は?ふざけるのナシだぞ」




「………火事」「ふざけるなって言ったよな?」




またふざけようとするから、俺が咄嗟に阻止する。




こいつ真顔のクセして結構面白いな?




「はい、で、本当は?もうボケには飽きたぞ」




そう言うと、ぷくーっと頬を膨らませる唯鈴。




「そんな顔してもダメだ」




その言葉に、もう通用しないと思ったのか、唯鈴は口を開く。




「………無いっぽい的な、分からないみたいな……やつよ!?」




「勢いで押し切ろうとすんな!」




本人もよく分かってねぇな?




その証拠にはてなマークまであるぞ?




「でも大丈夫よ。私こう見えて結構体丈夫だし、生きていけるわ」




お前倒れてたんじゃねぇのかよ……




「生きてけりゃいいってもんじゃねぇだろ。親は?」




「親?」




「ああ」




なんでそんな頭の上に「?」浮かんでんだよ。




唯鈴は、気まずそうに口を開いた。




「ええと………親、とは何かしら?」




「は?」




「だから、親とは何かと聞いたのだけど………」




親を知らない……?どういうことだ?




すると、急に「?」を消して、いつも通りに戻る唯鈴。




そして




「あ、ごめん、なさい……」




と、謝ってくる。




なんで謝るんだよ………多分、今のは俺が悪かったよな。




「いや、悪い……考え無しに言って」




「いえ、大丈夫よ。それに、謝罪はこちらのセリフなのだから」




真顔だからか、本当に全然大丈夫そうに見えてしまう。




唯鈴は、自分の気持ちを表情に出すことが苦手なのか?




もしかしてと思い考えてみたが、まだこれで断定は出来ない。




それよりも。




家がない、か………




家出でもしたのか、と思いながら他の案を思い浮かべる。




これ、いいのか……?




「唯鈴、ちょっと待ってろ」




「?ええ、分かったわ」




そして俺は母親に電話をかけ、事情を説明する。




母親も、最初こそ躊躇ってはいたものの、最終的には了承してくれた。




「唯鈴、俺の家に来い」




「え……?」




「なんでそんなに驚くんだよ。ほら、行くぞ。あ、そういえば体調悪いとか無いか?」




「ええ、無いわ」




「なら行くぞ。そういやお前荷物何も無いな。でも、さっきの服は……」




唯鈴は今病衣を着ていて、制服は部屋の中には見当たらなかった。




病院で預かってくれているのか……?




とりあえず、唯鈴が起きた事を先程の看護師に伝えに行くことにした。




「唯鈴、歩けるか?」




「もう、バカにしないで。歩くくらいどうってこと……」




そう言いながらベッドから立ち上がる唯鈴。




でも、足に力が入らないのか、バランスを崩した。




「あっ……」




俺は、病室の出入口から直ぐに駆けていった。




「……ほら、言っただろ」




「むう」




まぁ、荷物も無いし……




「ほら、乗れ」




俺はしゃがみ、唯鈴に背中に乗るよう言った。




「乗る?どこに?」




「背中にだよ、見てわかるだろ!」




「………ああ、ごめんなさい」




本当に悪かったと思ってるのか……?と言うより……唯鈴、本当に分かってなさそうだったような。




でも、そこからはちゃんと背中に乗った。




唯鈴を乗せて立った時。




思わず、声が出そうになった。




あまりにも、唯鈴が軽すぎたから。




こいつ、ちゃんと飯食ってんのか?……それとも、家無いって、まさか……




考えてはいけない事が頭に浮かぶ。




俺はそれを頭から消すように、少し足早に一階へ向かった。




看護師達は、唯鈴の様子を見るなり安堵の声をあげて、入院しないことがわかると、まだ半乾きの制服を申し訳なさそうに袋に入れて渡してきた。




「ありがとうございます」




「ありがとう……」




俺と唯鈴が声を揃えて礼をする。




敬語で言えよ。




病衣のまま帰る訳にはいかないので、唯鈴にはまだ乾いていない制服を着させ、その上に俺が一応持ってきていた上着を着せる。




そして、俺と唯鈴は病院を後にした。




出てすぐの時。




唯鈴は、こんな事を聞いてきた。




「ねぇ、どうして朔がお礼をするの?倒れたのは私なのに」




背中にいて顔は見えないが、キョトンとした顔で言っているのが目に浮かぶ。




なんでって………




「そりゃ、俺が唯鈴の関係者だからだろ。知り合いが世話になったら自分も礼するのは当たり前だろ?」




関係者って、少し冷たいか……?




すると、唯鈴は囁くように、少し小さな声で言った。




「そう………ねぇ、私と朔は関係者?」




何だよ急に……




「まぁ、関係者………知り合い?今日出会ったばかりだし」




「今日、出会った……」




そう言うと、次は俺の背中から少し体を伸ばして、俺の顔を横からじーっと見る唯鈴。




顔が近い。




「危な………」




「知り合いって、それだけ?」




俺の言葉を遮って聞く。




「それだけって………それだけだろ」




まぁ、出会いも今も、普通じゃ無いけどな。




「ふぅん、そう」




そう言った瞬間、背中から何か禍々しいオーラを感じた。




え、唯鈴怒ってる?何でだ?




「私、頑張るわ」




急に頑張る宣言をする唯鈴に、疑問が絶えない俺。




「何を頑張るんだよ……」




「それはもちろん、朔を私の虜にすることよ!」




「ブフッ……おっ、ちょ、危な……」




予想外の答えに吹き出す俺。




そして唯鈴は気合を入れたのかガッツポーズを
して体を揺らすし、俺は吹き出して前かがみになったから、バランスが崩れた。




「わっ、ちょちょ、朔っ」




「……っ、よ……っと」




間一髪、体勢を戻すことが出来た。




「唯鈴お前なぁ……危ないだろ!」




「吹き出したのはそっちじゃない」




「バッ……それはお前が変な事言うから!」




「へぇ……変な事って?私なにか言ったかしら?」




コイツ、わざと言わせようと……!




初めて会ってから一時間半とは思えない俺と唯鈴の会話。




っていうか、俺いつ名前言ったかな……そもそも言ったか?覚えてねぇ……




俺は、呑気に“そんな事”を考えていたのだ。




唯鈴に、ある秘密があるとも知らずに。




家に着いたが、父親はまだ帰っておらず、母親は唯鈴を見るなり




「まあ!とっても綺麗な子じゃない!私のことは椿って呼んでくれたら嬉しいわっ」




と言って気に入った様子だった。




母親は、先程までこれから唯鈴の部屋となる空き部屋を掃除していたらしく、唯鈴を可愛がった後には、すぐ2階のその部屋へと戻って行った。




「悪いな、うちの母親うるさくて……」




「どうして謝るの、いい人じゃない」




「唯鈴がいいなら気にしないが……」




そうして、唯鈴は俺の家に住むことになった。




学校にも説明をし、でも受験はしなければならない為、受けることにした。




勉強する期間を設けることも出来たが、唯鈴は必要ないと言い、翌日には受験をし、まさかの満点を取った。




そのことが驚きで、なぜ受験してもいない学校の制服を唯鈴が着ていたのか、疑問に持つことを忘れていた。




「お前頭良かったんだな……」




「ええ、自分でもびっくりしているわ」




本当、よく分かんねぇ奴だな……




翌日には、衣類や家具やらを買いに行くことにしたのだが、唯鈴はお金がかかるからいいと言った。




でもそんな訳にはいかないし、母親も遠慮しなくていいのよ~などと言っていたので、唯鈴を連れて買い物に行った。




服屋に入り、目の前のスカートを見ながら言う。




「本当に良かったのかしら……?」




こいつ、まだ気にしてんのか……




「いい加減折れろよ。気にすんなって言ってんだから。それでも唯鈴が気になるなら、将来金稼いで返せばいい」




「将来………」




唯鈴の顔が、一瞬曇ったのは気のせいだろうか。




「ええ、そうするわ」




そして、選んだ服を大事そうに持った。




気のせいか………




そして、俺たちの高校生活が始まる。