末永く幸せに。



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朔夜side




溢れる涙は止まることを知らない勢いで俺の顔をぐちゃぐちゃにしていく。




真琴、明那、昴。




全員が、唯鈴の手紙に涙を流していた。




俺はふと、数日前の記憶を思い出した。




唯鈴はあの時、下手な絵を見られたくなかったんじゃなくて、この手紙を書いていたのだ。




「……こんなこと書いてんじゃねぇよ……っ」




『泣かないで』と手紙の中の唯鈴は言っていた。




でも、そんなの無理に決まっている。




もう唯鈴と話すことは出来ない?




唯鈴は今日死ぬ?




そのことが信じられなくて、その他の手紙の内容はあまり頭に入ってきていない。




手紙の至る所が滲んでいた。




口だと泣いてうまく話せないなんて言っておきながら……




結局、手紙でも泣いてんじゃねぇかよ……っ




昨日、唯鈴の目が赤かった原因はこれだろう。




俺が来る前、唯鈴はこの手紙を書いていたのだ。




これで秘密を明かすという約束は果たされたものの、それが唯鈴が消えてしまうことを意味していたのなら、そんな約束は果たされないほうが良かったと、後悔する。





「っバカだなぁ、唯鈴は。勘違いなんかじゃない。諦めたつもりだったけど、俺の好きな人は、今も変わらず君だけだよ……っ」




「ひっく、い、すず……っなんで、なんでぇ……!」




「っなんで自分のこともっと、大切に出来ねぇんだよ、唯鈴は……っ」




全員、現実を受け入れられずにいる。




だって、昨日、月が綺麗って……




俺の目の前で話してたのに……




この現実はを変えることは出来ないのか?




何か、何か……!




必死に考えても、パニックを起こしている今の頭では尚更思いつくはずがなく。




俺は諦めて、手紙の中で聞かれた問いに、死んだように答え始めた。




今唯鈴にしてやれることが、それしかなかったのだ。




顔色が悪いわけでも、体のどこかが悪い訳でもない。




まだ唯鈴は生きている。




それなのに、もう目を覚ますことはなく、日付が変わる時に死んでしまうなんて、到底信じることが出来ない。




唯鈴が消えてしまわないようにと、無意識に俺たちはベッドを取り囲んだ。




唯鈴の手を握って、ひたすらに願う。




お願いです、神様。




唯鈴を連れていかないでください、と。




食欲のことなんて気にしている場合ではなく、俺たちは唯鈴の周りから1歩も動かなかった。




日付が変わるまで、あと1分。




皆、唯鈴の顔を見つめ、心の中では嫌だ嫌だと現実に反抗した。




「唯鈴………!」




5……4……3……2……1……









寝ている唯鈴が静かに涙を落としたとき。




ついに、その時がやってきてしまった。




なぜか分からないが、俺たちが物音を立ててはいけないと感じ取り、口をきつく結んで唯鈴の明日を望んだとき。




233号室は黄金の霧に包まれた。




ダメだ……行かないでくれ、唯鈴!




でも、不思議なことに、いつまで経っても握っている唯鈴の手はなくならない。




視界が良くなるのを待ち、見えた!と思った時。




唯鈴に目を向けると、そこには驚きの光景が広がっていた。




唯鈴が、目を覚ましたのだ。




「「「「唯鈴っ……!」」」」




「唯鈴」




俺たちとは違い、落ち着いた声で唯鈴の名を呼んだ人物。




その声が聞こえてきた後ろに振り返ると、そこにはあのいつもの看護師が。




なんだ、ただの看護師………って、いや、待て。




看護師が患者のことを呼び捨てにするか?




唯鈴に向けられていた俺たち4人の視線が、一気に看護師へと集まる。




その看護師は言った。




「改めまして、看護師の“遠永のぞみ”と言います」




……は?




い、いや、ちょっと待て。




「遠永って……」




「はい。私は、捧げ人である唯鈴の母です。そして娘同様、私も捧げ人として人間界へやってきました」




もう何がなんだか分からなくて固まる俺たちの代わりに質問をしてくれたのは、まだ目覚めたばかりの唯鈴だった。




「……あなたは、本当に私の母なの?」




疑いの目を向けながら体をゆっくり起こす唯鈴に、その人は優しい笑みを浮かべたまま答える。




「ええ、唯鈴。私はあなたの母親よ」




あれはいつだったか、不思議に思ったことがあった。




親がいないのなら、なぜ唯鈴は「遠永唯鈴」として生まれ、誕生日は5月31日なのか。




それは、実は唯鈴にも親が存在するからなのではないか。




どうやら、その読みは当たっていたらしい。




この看護師は、唯鈴の本物の唯鈴の母親だ。




改めて見ると、顔の雰囲気がどことなく似ている気がする。




「……どうして今まで会えなかったの?」




「それはね唯鈴。あなたも分かると思うけれど、私たち捧げ人は白い部屋に入って出られなくなっているでしょう?だから今まで会えなかったの、ごめんなさいね」




優しい口調で説明を始め、申し訳なさそうに謝る唯鈴の母。




「……私は今、どうして生きられているの?」




「それはね。たった今、私があなたへ命を捧げたからよ」




「……え?」




俺も思わず声が出てしまった。




い、今?




ってことは、さっきの黄金の霧が、命を捧げた証なのか……?




訳の分からない状況がどんどんややこしくなっていき、頭がパンクしそうになる。




そんな中、なんとか状況を把握できているのは唯鈴だけ。




「で、でも、捧げ人から捧げ人に命を捧げることは出来ないと……あっ、私……!」




「気づいた?そう、あなたはもう捧げ人じゃない。人間なのよ」




そういうえば手紙にも書いてあった。




余命一年の人間になったと。




唯鈴の母は、愛しい我が子を見つめながら語り始めた。




「私は、幼いながらもすでに捧げる相手を見つけて人間界へ会いに行った唯鈴のことを、あっちの世界の画面からずっと見守っていたの。そして、愛する人の幸せのために自らの命を捧げた娘に幸せになってほしいと思って。何より、娘の恋を近くで見ていたかったから、あなたが初めて病院へ入院した日から、私も人間界へ来ていたの」




つまり唯鈴の母は、残りの命が少ない娘のために、自分の命を捧げに人間界へやってきて、先程、命を捧げることができたということだろう。




俺は今、奇跡を見ているのだろう。




「やっとあなたに私が母親だと言えたのに、お母さんはもう消えなければならないの。でも、無事命は捧げられたみたいね。良かったわ」




「お母さん……」




存在しないと思っていた母親に会えたのに、もう別れなければならないのだ。




唯鈴は今とても悲しいはずだ。




唯鈴の母の体が段々と透けていく。




「杉野朔夜くん、だったかしら」




俺は突然名前を呼ばれ焦ってしまう。




「っ…はい」




「娘をよろしくね。もう数年前に命を捧げて、空から見ている唯鈴のお父さんも、きっとそう思っているわ。お友達も、お願いね」




あ………




これは、唯鈴のご両親に認めて貰えたってことだよな?




「はい、絶対に唯鈴さんのことを幸せにします」




そう言うと、唯鈴の母は柔らかく笑って言った。




「ふふふ、頼もしいわ」




そして今にも消えてしまいそうな実の母を、唯鈴は呼び止める。




「っ……待ってお母さん!」




「?」




「私、お母さんのおかげで、今すごく幸せよ。本当に、ありがとうっ」




「……!あなたが幸せで、お母さんも嬉しいわ………これでしばらくは会えなくなってしまうけれど、空の上であの人と待ってるから」




「ええ、いつか必ず会いにいくわ……っ」




唯鈴は、涙を流していた。




それに俺が気づき、再び視線を唯鈴の母の方へ戻したとき。




そこに彼女の姿はなかった。




そして俺たちは4人は、嬉し涙を流す。




「唯鈴……!」




唯鈴は死なないということに安心して、俺は思わず唯鈴の体を強く抱きしめる。




「唯鈴、唯鈴っ………ほんと、バカすぎ……なんなんだよあの手紙。あんなの書くなよ……」




「ごめんなさい、朔。でももう、私は大丈夫」




「う、うわあああん!唯鈴~、もう心配させないでよ~!」




「明那も、昴も真琴も。本当、心配かけてごめんなさい」




「ほんとだよ唯鈴……ああ、良かったっ……」




「ほんとにな。あーもう!マジでビビった!……でも、唯鈴はこれでもう大丈夫なんだろ?ならよし!」




「うんっ!」




「そうだね」




願い続ければ叶うのだと、身を持って実感することができた。




とりあえず一安心……




ともいかない。




真琴はさっき唯鈴のことが好きだと口にした。




その声は、唯鈴に届いてたんだよな?




早く、唯鈴を俺のものにしたい。




他のやつにとられる前に。




「唯鈴」




俺は誓った。




自分の命を犠牲にしてまで俺を助けてくれた唯鈴のことを、今度は俺が守ると。




1番近くで唯鈴のことを守るために、俺がすべきことは。




「何かしら?」




自分がどれだけ愛されているのか、自覚してもらわないとな。




俺は、唯鈴にキスをした。




みるみる顔が赤くなっていく唯鈴。




ここまで恥ずかしかっている唯鈴は初めて見たから、もう少しいじってみたくなる。




「何自分は愛されてないみたいなこと書いてたんだよ。俺だってずっと前から唯鈴のことが好きだし、愛してるよ」




自分から伝えるときは全然なくせに、言われたら真っ赤になるのな。




「可愛い」




唯鈴は口をパクパクさせている。




面白い。




そう思ったときには真琴は昴たちに連行されていて、病室にいるのは俺たち2人だけになっていた。




「朔、からかわないで……っ」




「じゃあやめるけど、いいの?」




「~~こんなに意地悪な朔、知らないわ……っ」




そう言って目を逸らす唯鈴が、これまで以上に愛おしくて。




「唯鈴。結婚を前提に、俺の彼女になってくれるか?」




少女漫画に出てくるヒーローのようなかっこいい告白は出来ない。




でもそんな告白に、唯鈴は今までで一番眩しくて綺麗な笑みを浮かべて言ってくれた。




「もちろんよっ」




唯鈴に二度と来ないはずだった、4月1日の0時12分。




願いを叶えたその直後、俺たちは、世界で一番幸せなキスを交わした。




そして俺は思う。




唯鈴のためなら、命だって惜しくないと。










 Fin.