真澄はそれ以上何も口にせず素直に座布団に腰を下ろした。しかし、僕が口にしなかった意図には気づいていたに違いなかった。真澄の歌声に耳を澄ませるだけなら座布団の位置を移動する必要はなかったからだ。
 真澄の姿は帰宅時よりも少し色褪せたように見えた。裏腹に背にしたキッチンの様子がより色濃く見えるようになっていた。

 それから僕は真澄に沢山の歌を歌ってもらった。八重山の歌はもちろん、真澄と僕が知っている歌をとにかく片端からやってもらった。真澄が両親と同世代で、歌の好みも比較的に通っていたことも幸いした。
 真澄が歌っている間、僕はずっと真澄のことを見つめていた。真澄も決して瞳をそらすことなく、まっすぐに僕を見つめ返していた。もうすぐ見つめあうことすらできなくなることを僕たちはしっかりと自覚していた。
 僕は何度も泣きたくなるのを堪えて、ひたすら三線やギターを弾き続けた。それに合わせた真澄の歌声は、悲しいくらい美しく、透き通っていた。

 その夜、明かりを消して、すっかり万年床が定着してしまった布団に横になった。すぐ傍に真澄の横顔があった。部屋の中に漏れてくる微かな街頭の光の中に、真澄の美しい横顔は今にも解けてしまいそうだった。
 真澄の姿を見たのはそれが最後だった。