夕方、帰宅すると、真澄の姿はまだ消えてはいなかった。しかし、その姿は更に透明度が増していた。真澄の姿が見えるのは今日限りだろうという気がした。だから僕は、いつもとは少し違うことをしてみることにした。少しでも長く真澄の姿を見続けるためにそうしようと思った。

 いつも一緒に歌を歌う頃合いを見て、僕はガラス戸の前に並んでいた座布団の内のひとつを、反対側、つまりキッチンとの境に移動させた。ギターと三線の調弦を済ませてからキッチンにいた真澄に声を掛けた。
「真澄、今日はそっち側に座ってくれないかな?」
僕はキッチンの側の座布団を指さした。
「いいけど、どうして?」
 僕は一呼吸おいて自分の思いを真澄に伝えた。
「今日はね、真澄に一人で歌ってほしいんだ。僕の声なんて混ぜずに、純粋に真澄の声だけを聴いていたいんだ」
 真澄の姿をじっくりと目に焼き付けておきたいという、もう一つの目的は口にしなかった。
「分かったわ。こっちで一人で歌えばいいのね」