僕は引き返し、冷蔵庫を開けると、中に納まっていたお弁当のバッグを取り出してそれをリュックに収めた。
「残さずにきちんと食べてね」
 真澄はなんだか嬉しそうに見えたが、それが見せかけであることは容易に想像がついた。
「ありがとう。じゃあ、行ってくるね」
「行ってらっしゃい。気を付けてね」
 前日までは、真澄の声に送られてバイトに向かうことも当たり前のことのように思えていた。しかし、いざ真澄と触れ合うことができなくなってみると、一気に逃れられない現実を突きつけられたような気分になった。あと何回、僕は真澄の声に送られてバイトに向かうことができるのだろうか。僕はそんなことを考えながらアパートの階段を降りた。

 お昼時、弁当箱を開けたら胸が痛んだ。僕の好きなものばかりがこれでもかというほど詰め込まれていた。見た目も色鮮やかで、真澄が最後の弁当にかけた思いが痛いほど伝わってきた。僕は真澄の気持ちを無駄にすることのないように、じっくりと時間をかけて最後の弁当を味わった。

「ただいま」
 帰宅時、僕はなるべく明るい声になるように努めて部屋のドアを開けた。
「お帰りなさい」