「じゃあ、乾杯」
「乾杯」
 僕たちはグラスを合わせると、あの日と同じように一気に飲み干した。前回の乾杯の時、僕はえらく浮かれていた。しかし、今は楽しいのと同時に、寂しさもまた深くなっていた。こんな風に一緒にビールが飲める日がいったい後どれだけ続くのか、それを考えずにはいられなかった。でも、僕はそれを顔に出さないように努めた。たぶんそれは真澄も同じだったに違いなかった
 僕たちはひたすら全国の花火大会の映像を見ながら、真澄が用意してくれていた焼きそばやお好み焼きといった夜店メニューを楽しみ、ビールを飲み続けた。
 その間、僕は何度も真澄の顔を横目に見ていた。明かりの消えた部屋で様々な色に照らされる真澄の顔が悲しいくらいに美しく見えた。
 真澄がいなくなるなんて嘘であってほしい。真澄の勘違いであってほしい。僕はまだそんなことを願っていた。しかし、僕のそんな淡い期待はすぐに打ち砕かれることになった。
 
 ヴァーチャル花火大会が終わり真澄が片付けをしている間に、僕はテレビの前でビールの最後の一缶と向き合っていた。飲み終わるのを待っていたかのように真澄が僕の隣に腰を下ろした。そして、無理やり絞り出したような声で妙な花火大会の趣旨を告げた。
「あのね、純さん。今日は私のためにヴァーチャル花火大会までしれくれてありがとう」
 真澄は僕の言葉を待たずに次の言葉を続けた。
「私が今夜、浴衣を着たのは実はちょっと理由があったの。単刀直入に言うわね。私たちが触れ合えるのはたぶん今夜が最後になると思うの。だから、今夜は少しお洒落して見たかったの。それで、浴衣を着たの」
 胸がつぶれそうな気がした。
「だからお願い。今夜は朝まで・・・」
 僕は真澄を抱き寄せると言いかけた言葉を唇で塞いだ。切なかった。ただただ切なかった。明日の朝には消えてしまうだろう真澄の温もりがどうしようもないほど愛おしかった。