真澄はいつのまにか外していた指輪を収めたケースを僕に差し出した。
「いいよ」
 箱を受け取りながら僕は笑顔で答えた。
「ありがとう。」
 そう言って僕の右隣に座ると真澄はお願いの追加を申し出た。
「指輪をつけてもらう前に、『南十字の下で』を歌ってくれないかな」
「お安い御用だよ」
 僕は調弦を済ませると真澄の望み通りに歌を歌った。真澄は目を閉じて僕の歌に聞き入っていた。あのプロポーズの夜に思いを馳せているように見えた。
 歌い終わると僕はケースを持って真澄の前に移動して腰を下ろした。
「じゃあ、左手を出して」
 僕がそう言うと真澄は嬉しそうに左手を差し出してきた。僕はケースから指輪を取り出した。あの日とは違い「振り」ではなかったので、ごく自然に指輪は真澄の左手の薬指に収まった。真澄は左手を顔の前に置いて、まず手のひら側から、それから手首を返して手の甲側から指輪を見つめた。その後、両の手のひらを右手を上にして重ねて胸に押し当てると、目を閉じてお祈りのようなことをした。僕はただ黙ってそんな真澄の様子を眺めていた。