「何もしなくていいわ。ただ一緒にいてくれるだけでいいの。純さんには、もう十分に幸せにしてもらったわ。もうこれ以上、望むことは無いわ。でも、純さんが辛くても、この部屋から出てゆくことだけはしないで。私が旅立つまで私を一人にしないで。私の傍にいて。それが最後のお願いかな」
 僕が何も言えず俯いたままでいると真澄が席を立つ音がした。その後、背中から僕を抱きしめる真澄の温もりを感じた。目に涙が滲んだ。
「ごめんね、純さん。私、普通の女じゃなくて」
 その声を聞いて続く僕の言葉は涙交じりになった。
「真澄に出会って、せっかく奈々さんのことも思い出にできたのに、これじゃあ、降り出しに逆戻りじゃないか」
「そうかもしれないわね。でも、そういうことを繰り返して人は大人になってゆくんじゃないかしら。大人になる前に死んでしまった私が言うことじゃないかもしれないけど」
 真澄はそこで一度言葉を切るとハンカチを出して僕の涙を拭った。
「純さん、どうか笑顔で見送ってくれないかな?ああ、ごめんね。最後のお願いがたくさんできちゃったね。お化けのくせに私って欲張りな女だね」
「自分のことをお化けだなんて言うなって言っただろう」
「ごめん。そうだったね」
 僕を抱きしめる真澄の力が強くなった。僕は頭の中が真っ白になって何も考えることができなくなった。