「ねえねえ、これ絶対に秘密だよ」
「えー、なになにぃ?」
休み時間、俺のすぐ隣に集まってきた女子たちの声が聞こえてきた。
また秘密かよ。
秘密の話しをそんな大きな声でするなよな。絶対に秘密って言ってもどうせ大したことない話しだろ? そもそも絶対に秘密だったら誰にも言わないで墓場まで持っていけよな。
俺は心の中でそう思いながら女子たちと反対の方向に首を傾け頬杖をついた。
「三年生の星崎先輩!」
「うんうん」
「やっぱり彼女いるらしいよ!」
「嘘ぉ!?」
思わず「はぁ!?」と声がもれたのは俺の口からだった。驚いたのは俺だけではなく女子たちもで、女子の冷たい視線は俺に向けられていた。
「は、はあぁぁ」
俺は咄嗟に両手を上にあげ欠伸をしているフリをしてみせた。
ヤバいヤバい。
女子たちは不思議そうな顔をしながら俺から目をそらしてくれた。
「ねえねえ、それで?」
そうだそうだ、俺のことは気にせず早く続きを聞かせてくれ。
「三組の子が見たんだって! 星崎先輩が女の子と歩いてるところを」
「嘘だぁ~ショック!」
「でもさ、星崎先輩ってどんなに可愛い子から告白されても断わってたでしょ? もしかしたら先輩は男が好きなんじゃないかって噂まであったじゃん」
「あったあった!」
「結局、彼女がいたからってこと?」
「そうみたいだね」
「なぁんだ」
「なんかつまんないね」
「本当、つまんない」
その時ちょうどチャイムが鳴り、女子たちは肩を落としながら散って行ってしまった。
徐々に静かになってゆく教室。
きっと俺だけだ。
自分の心臓の音が大きく鳴り響いてうるさいと感じているのは。
「んっ……ん……」
放課後、誰もいなくなった三年生の教室。
俺は星崎先輩に壁に押し付けられるようにしながらキスをされていた。
「んぁ……ちょっ……センパ……イ」
口の中に無理矢理舌を押し込まれ、たまらず俺は先輩を押し返した。
ようやく唇を引き離し赤くほてった顔を背けることができた。
恥ずかしさと驚きが俺の頭を混乱させる。
「なに?」
星崎先輩は自分の唇を手でなぞりながらニヤついた顔で俺を見下ろしていた。
そのしぐさがやけにエロくて、なんだかわからないが無性に腹が立ってきた。
俺のファーストキスを奪っておいて絶対に面白がってるよなこの人は。
「あれ? 慎吾まだご機嫌ななめ?」
「は? 別に」
この人には俺の心の中を全て見透かされているような感じがする。
今日だってそうだ。
『放課後、教室』とメールがきた。
俺はすぐさま『嫌です』と返事を送った。なのに『いいから来い』と半ば脅されてしぶしぶ教室に来てみれば、いきなり壁に押し付けられてこうだ。
「もしかして、キス、初めてだった?」
俺はうつ向いたままで小さくうなずいた。
「は、い」
「フハッ、可愛いなぁ」
先輩はそう言って俺を抱きしめた。
「ちょっと先輩! やめてください」
必死で先輩を振りほどこうとしたが、先輩の大きな体の中にすっぽり収まっている俺は身動きが取れなかった。
諦めて力を抜くと妙な気分がした。
確かにさっきまで俺はモヤモヤしていたのに、先輩にこうやってキスをされ抱きしめられたからなのか、もう全てがどうでもよくなっていた。
「なあ、俺何かした?」
先輩が俺の顔を覗き込もうとしている。
「もう、いいです」
「じゃあ、きげん治った?」
「はい」
俺ってこんなにチョロかったのか。
自分で自分にあきれてはいたが、めちゃくちゃカッコいいこの顔で見つめられたらもうどうすることもできなかった。
自分が人と違うとは思っていたが確証はなかった。
彼女がどうのとか女子がどうのとかエロ本を見て盛り上がっている周りを見て、何が楽しいのかさっぱりわからなかった。
自分は何かおかしいのかもしれないと不安なまま高校に入学した。
高校でも同じで、俺は周りの友だちの話しに全く興味が持てず、よく授業をさぼっては保健室に行くようになっていた。
「安藤くん、今日もさぼりかい?」
保健師の松田先生は若くて格好良くて優しくて、さぼってる俺を追い返すこともなくただ笑顔で受け入れてくれた。
「体育はかったるくて」
「ああ、わかるよ。俺もそうだったからなあ」
「マジで!? 先生もさぼってたの?」
「まあな。俺はいじめられてたから、体育なんてやってられなかった」
「はぁ!? 先生がいじめられてた!?」
衝撃だった。こんなに明るくて優しくて格好いい先生がまさかいじめられていたなんて。
「安藤くんはいじめられたりはしてないんだろ?」
「はい、俺はそんなんじゃなくて、ただ」
言葉を濁した俺を心配そうな顔で見ている先生。
「何か悩みがあるなら俺でよければ聞くよ? 実は俺、自分みたいにいじめられたりしている子を助けたくて学校の保健師になったんだ」
「先生は、どうしていじめられてたんですか?」
「うん、まあ、簡単に言うと、俺の恋愛対象は男だったんだ」
「えっ? 男?」
「そう。中学生の頃、気づいた時には親友を好きになってた」
「親友を好きに?」
またもや自分の中に衝撃が走るのを感じた。
今どき珍しくないことだろうが、こうやって自分の近しいところで聞くのは初めてだったし、それを何の躊躇もなく話す松田先生にも驚いていた。
「びっくりするよな。ごめんごめん。でも安藤くんなら話しても大丈夫かなって思ったんだ」
「なんで、俺?」
「間違ってたらごめん。もしかして、安藤くんもそうじゃないのかなって思ってさ」
「俺も?」
いや、そんなことはない、とすぐに否定できない自分がいた。
高校生になってすぐだった。
その日も授業をさぼろうと保健室に入った。
だが保健室に松田先生はおらず、話し相手もなく暇だった俺は仕方なく横になっていようと思いベッドのある奥のカーテンを開けた。
「あ」
そこに寝ていたのが三年生の星崎先輩だった。
俺ですら名前を知っているくらい有名な先輩だった。
サラサラの茶髪に整った顔。モデルのようなスタイルでそれはそれは女子に大人気の人だ。
間近で顔を見るのは初めてだったがその寝顔すらイケメンだった。
あまりのカッコ良さに俺は見てはいけないものを見てしまったのではないかと思った。
と同時に心臓がドクドクと音を立てたのがわかった。
寝ている時でよかった。もしも起きていてこんな近くで目でも合ったなら男の俺でも惚れてしまうのではないか。
「いやいやいや」
自分が何を考えているのかわからなかった。
ただ、それ以来学校で星崎先輩がやたらと目につくようになった。
いつも女子に囲まれている。
先輩にとってはそれが当たり前のようで、嬉しそうでも楽しそうでもない表情がなんだか意外だった。
決してモテることを鼻にかけていないし、なんなら男友だちといる方が楽しそうだし、体育でグラウンドにいる時はいつになく笑顔だった。
いつの間にか、俺は常に学校で星崎先輩のことを無意識のうちに探すようになっていたし、それくらい星崎先輩のことが気になっていた。
用もないのに三年生がよくいる食堂を覗いたり、やたらと校舎をうろうろして星崎先輩の姿を探している自分がいた。
遠くから星崎先輩が歩いてくるのが見えるとわざとすれ違うようにした。
目が合った日なんかはなんだか嬉しくて胸が熱くなる気がした。
もしかして、これが好きということなのかもしれない。
ちょうどそう思っていた時に、松田先生に俺は男が好きなんじゃないかと言われてしまったのだった。
それから何日も経たないうちに、クラスの女子たちの噂ばなしが耳に入ってきた。
「ねえ、三年の星崎先輩。もしかしたら男が好きなんじゃないかって噂あるの知ってた?」
「ああ、知ってる知ってるぅ」
は?
何だって!?
先輩も、男が好き?
もしも、もしもそうなら俺にもチャンスがあるってこと?
いや、チャンスって何の?
俺はもしかして星崎先輩とそうなりたいとか思っていたのか?
話したこともないのに?
でも俺の中の想像では星崎先輩と仲良く手を繋いで歩いていたりして。
そう考えるとやっぱり自分は星崎先輩のことが好きなんだと確信するしかないようだった。
確信したとたん急に不安が襲ってきた。
好きなのに、この気持ちをどうしていいのかわからなかった。
男が好きだと知られれば松田先生みたいにいじめられるかもしれない。
いじめられなかったとしても、気持ち悪がられたり陰口はたたかれるだろう。
松田先生は今までどうやって過ごしてきたのだろうか。
俺はすぐさま保健室に駆け込んでいた。
「失礼します」
保健室に松田先生はいなかった。
はやる気持ちを落ち着かせ、椅子に座ると先生はすぐにやって来た。
「おう、安藤くん、ごめんね、職員会議が長引いちゃって」
松田先生は腰を下ろし、俺と向き合ってくれた。
「先生、俺、先生の言う通りでした。俺も男の人を好きになってしまったみたいで、どうすればいいかわからなくて」
「そうか」
俺は深呼吸してから松田先生に好きな人ができたことを話した。
それが星崎先輩だということも。
「わかるよ、初めて人を好きになったら混乱するよね。しかもそれが同性の男の人だったらなおさらだし……」
先生がそう話し始めた時、保健室のドアが勢いよく開いた。
「先生! 体育館で倒れた子がいて! 来てもらえますか?」
「おう、わかった、すぐ行く!」
先生はすぐに救急箱を持ち聴診器を首にかけると「悪い、安藤、また後でな」と言って走って行ってしまった。
静かになった保健室。
とりあえず先生に自分の気持ちを吐き出せただけでも俺の気持ちは少しすっきりしていた。
――シャーッ
その時、カーテンが開く音がした。
「えっ」
カーテンが開き、ベッドから出てきたのはまぎれもなく星崎先輩だった。
「嘘、だ」
血の気が引いたかと思うと恥ずかしさのあまりに今度は頭に血がのぼってきたのを感じた。
俺は生きた心地がしなかった。
「ん? ったく、人が寝てんのにうるさいよなぁここは」
「す、すみませんでした!」
俺は椅子から立ち上がり、早く逃げようとドアの方へ体を向けた。
「おい! ちょっと待てよ!」
「は、はい」
先輩はずかずかと俺の方に向かって来ると俺の目の前に立った。
俺を見下ろす先輩の顔面破壊力はすごかった。
カッコいい。
このままずっと見つめていたい。
「なあ、そんなに俺のこと好きなの?」
「へっ!?」
やっぱりさっきの話、聞かれてたよな。
「お前、最近俺の周りをうろちょろしてたよな? 毎日毎日、やたらと視界に入ってくると思えば、そういうことだったのか。ふーん」
「あ、あ、あの、その」
「いいよ、スマホ貸して」
「へっ!? スマホ!?」
俺は言われた通りにポケットからスマホを取り出して先輩に渡した。
「安藤慎吾っていうのか。これが俺のアドレスな。いいよ、付き合ってやるよ。お前そこら辺の女子より可愛いし」
「なっ、えっ、かわ、えっ?」
俺は何が起こっているのかわからなかった。
「ははっ、変な顔。何だよ、イヤなのか?」
「いやいや、あ、いえ、その」
突然いろいろなことが起こり過ぎて頭がパニックになっていた。
「しかし松田がそっちだったとはね。お前も松田も、男が好きってバラされたくなかったら黙って俺の言うこと聞いておいた方がいいと思うけど?」
「え」
「んじゃ、今日からよろしくな慎吾」
「ちょっと、先輩!」
星崎先輩はニヤニヤと笑いながら保健室を出ていってしまった。
「はあぁ!?」
俺は椅子に座りなおすと頭を抱えた。
もしかして俺、脅された?
顔はあんなにいいのに性格はクズだったのか?
ていうか、俺は先輩と付き合うことになったのか?
マジか。
素直に喜んでいいのかどうか、何もかもわからないまま俺と星崎先輩は恋人同士になったのだ。
最初は不安しかなかった。
この事を松田先生に話すこともできず、一人でどうしたものかと悩んでいた。
ところがその不安はすぐになくなった。
先輩はそれから毎日放課後に俺を誰もいない教室に呼び出した。
そして二人で机を挟んで座り、ただ他愛もない話しをするようになった。
あの保健室での印象とは違って先輩はやっぱり明るくて優しい人だった。
「もうすぐ夏休みか」
「そうですね」
先輩とのお付き合いが始まって約一ヶ月。
毎日こうやって話していると日に日にこの優しい先輩のことが好きという気持ちが増していた。
そうなると今度は新たな不安を感じるようになっていた。
先輩は俺のことをどう思っているのだろうか。
特に好きとか言われたこともないし、こうやって毎日放課後に会って話すだけだ。
俺は恋人同士がどんなことをするのかいろいろと調べてみたりもした。
BL漫画を読みあさったりネットで調べて勉強もした。
俺は先輩とそういうことをしたいと思っているけれど、先輩が何を考えているのかさっぱりわからなかった。
「来週末、花火大会だな」
「花火かぁ、子どもの頃に見たきりです」
「一緒に見に行くか?」
「えっ」
「デートだよ、デート」
「デ、デート!?」
俺は身を乗り出して先輩を見た。
「ははっ、いちいち可愛いなお前」
「デート、嬉しいです俺」
「それはよかった」
初めて先輩から恋人っぽい誘いを受けて舞い上がっていたというのもある。
だからあの時、教室で聞いた女子たちの会話がショックでならなかった。
先輩が女の子と歩いていただなんて。
本当に先輩が何を考えているのか、もしかするとただの暇つぶしに一年の男子をからかって楽しんでいるのか。
考えれば考えるほど俺はだんだん腹が立ってきて、呼び出された教室に行って先輩を睨み付けていた。
そんな俺を見て、先輩は俺を壁に押し付けキスをしてきたのだった。
「ねえ、何で怒ってたの慎吾。俺何もした覚えないんだけど」
キスの後、先輩は甘えるような顔で俺を覗き込んでいた。
「クラスの女子が、先輩が女の子と歩いてたって……」
「あぁ、それで、何? 慎吾はやきもち焼いちゃったの?」
「やきもち!?」
「違った?」
「ちが、わない、です」
そうだ。俺はやきもちを焼いてたんだ。それは認めるよ。だって、俺だって先輩と一緒に外を歩きたいじゃん。
「安心しろよ。あれは妹」
「妹!?」
「たぶん、買い物に付き合わされた時じゃないかな。まあ、おかげで俺に近寄ってくる女子が減ったからよかったけど、慎吾を不安にさせたんじゃどうしようもないよな。悪かった」
「先輩」
素直に謝って頭を下げる先輩が意外だった。
なんだか肩の力が抜けた俺は、思いきって聞いてみることにした。
「先輩、あの、どうして、俺なんですか? 先輩はモテるしましてや男の俺とって、ずっと不安で」
「はあ? そんなの慎吾が好きだからに決まってんだろ。他に理由があんのか?」
「へっ!? 先輩、俺のこと好きなんですか?」
「当たり前だろ。じゃなきゃ付き合わねえし」
「そんなぁ! い、いつから、ですか?」
「うーん。慎吾が俺の周りをうろちょろしだして、すっげえガン見されるから気になってきて。それからかな」
「そ、そんなに俺、先輩のこと見てました?」
「すっげえ見てた」
「恥ずっ」
「それに俺の恋愛対象はもともと男だし」
「ええーっ!!」
「ハハ、今さらそんな驚くか?」
「だって、まさかそうだとは。だいたい先輩、何も言ってくれないし」
「あのなあ、俺だって付き合ったりすんの初めてでどうしたらいいかわかんねえんだよ!」
「は、はあぁぁ!?」
先輩はそう言うと顔を真っ赤にさせて恥ずかしそうにしていた。
「先輩……」
何なんだ、この見た目とのギャップとこの可愛らしさは。
「だからさっきは焦って我慢できずにキスした。本当は花火見に行った時にキスしようって思ってたのに」
「ふふっ。あははっ」
「何だよ! 悪いかよ。俺だってもっとロマンチックにキスしたかったんだよ!」
「あはっ」
俺は完全に気が抜けていた。
そして先輩のことが愛しくて愛しくてたまらなくなっていた。
「綺麗だな」
「綺麗ですね」
花火大会の日、俺たちは人目につかないよう、少し離れた場所から花火を見ようということになった。
「って、どうして先輩の家なんですか!」
「あ? 仕方ないだろ。あんな人混みじゃ、どこで誰に見られるかわかんねえんだから」
「そうですけど」
先輩の家の先輩の部屋のベランダ。
初めて先輩と一緒に外を歩けると期待していたけれど、まあ、これはこれで嬉しかった。
階下に先輩のご両親がいるから変なことはできないけれど。
「何? 慎吾は俺と二人きりで見るのはイヤだった?」
先輩はそう言うと俺の腰に手を回した。
「先輩ずるいです。イヤなわけないじゃないですか」
俺は先輩の顔を見上げた。
「悪いな。外でデートするのは俺が卒業するまで待っててくれないか?」
「はい」
そうだよな。俺だって星崎先輩と歩いているところを見られたら学校でクラスの女子たちに何を言われるか。
「あ、そうだ。慎吾あれから松田のところに行ってないんだってな」
「松田? ああ、保健室。はい、あれから松田先生に何を話したらいいのかわからなくなってしまって」
「松田が心配してたから、慎吾とはうまくやってるって言っておいたぞ」
「は? 先輩が? どういうことですか?」
「松田は俺の親戚」
「はぁ!?」
「だから、アイツの恋愛対象が男だってことも今までいろいろあったことも全部知ってるし」
「親戚って、えっ? でも、あの時先輩……」
「とにかくあの時は慎吾を繋ぎ止めたくてあんな脅すみたいなこと言ったけど、最初っから誰にも言う気はなかったし、なんなら俺も松田にいろいろ相談してたし」
またもや聞かされる衝撃の真実。
じゃあなんだ、俺も先輩もお互いに松田先生に相談してたってことか。
松田先生もそれはそれで大変だっただろうな。
「もう、先輩、これ以上俺に隠し事しないでください。俺の心臓が持ちません」
「ごめん。もう全部話した。だから慎吾もこれからは俺に全部話してほしい。一人で不安になったりしないで、俺に何でも言うんだぞ」
「はい。わかりました」
俺たちは抱き合うように寄り添いながら、遠くに見える綺麗な花火を眺めていた。
「ねえねえ、これ絶対に秘密だよ!」
「なになにぃ~」
二学期が始まり、少しずつ涼しくなりつつある日の休み時間。相変わらず女子たちは集まって噂ばなしを楽しんでいるようだった。
夏休みの間、俺は毎日のように先輩の家にお邪魔していた。
受験勉強に取り組みだした先輩の邪魔をしないように俺も一緒になって勉強したり、息抜きに映画を観たりゲームをしたり、キスをしたり。
「それでさ、数学の横田ってさぁ……」
だからそんなのは秘密でも何でもないっつうの。
女子の声をよそに俺は首を傾け窓の外に目をやった。
二階の教室からはグラウンドがよく見える。
「あ」
次の時間は体育なのか、ちょうど星崎先輩がクラスの皆とグラウンドに飛び出してきた。
相変わらず女子に囲まれている先輩。それを見ると、たまに大声で叫びたくなる。
先輩は俺の恋人だぞ、って。
「ええーっ! マジで!?」
「そうそう、それでね……」
でもこれは俺たち二人の絶対の秘密だ。
先輩が卒業するまでは絶対にばれないようにしないといけないのだ。オープンになってきた世の中だけど、まだまだ偏見を持つ人はたくさんいる。俺たちは生きづらいかもしれないけれど、人を好きになれることは素晴らしいことだ。好きな人と一緒にいられることがどんなに幸せなことか。それを忘れなければ、秘密だろうが何だろうがずっと二人で支え合っていける。
俺も星崎先輩とそうやって支え合って、いろいろなことを乗り越えていきたい。
グラウンドにいる先輩を眺めていると、先輩がふと顔を上げた。
目が合うと、先輩は周りにばれないように女子たちと話しながら俺に向かってにっこりと笑った。
チャイムが鳴り、先輩たちはグラウンドの奥へと走っていった。
集まっていた女子たちも自分の席へと散って行く。
徐々に静かになってゆく教室。
顔が熱くなるのがわかった。
大好きな先輩の大好きな笑顔のおかげで自分の心臓の音が身体中に大きく鳴り響いていた。
その音がとても心地好くて幸せだと感じているのは俺だけの秘密だ。
秘密の音色は授業が始まってもしばらくの間、優しくてあたたかいリズムを奏でていた。
完