放課後。
「おーし、それじゃあ助手くん。今日の任務を言い渡す。今日の任務は二人で猫狩りの妨害をすることだよ!」
 なにやらさっそく厄介そうなことを言ってきた。
「なんだそれは?」
「近頃、何もしていない猫を捕まえては保健所に連れて行く畜生が現れるんだよ。それを妨害しにいくのさ」
「まあ確かにそれは…」
「だよね!よし、記念すべき初任務、気合い入れすぎて失敗しないようにね!これより作戦を言い渡す!」
 気合いというより心配しかなかった。今回の動機はともかく果たしてこいつの作戦が上手くいくのか。

「情報によるとここに十六時ちょうどに現れるそうだよ」
 俺たちは星野の情報源をもとに、学校近くの住宅街の一角に来ていた。ここは星野曰く猫の溜まり場になっているようで、星野が前日のうちに猫が寄り付かないように対策を打ってあるとのことだったが…。
どっさりいた。のんびり日向ぼっこしていた。毛伸びしているものに、毛づくろいしているもの、舟を漕いでいる猫もいた。
「おい!話が全然違うじゃねーか!めっちゃくつろいでるぞ!」
「え⁉嘘!?ど、どうして⁉昨日あんなに時間をかけて説得したのに‼わかってくれたんじゃなかったの⁉」
「猫に説得なんてきくかアホ!てか学校さぼって何やってんだお前は!そもそも何を根拠に理解してくれたと思ったんだよ!」
「作戦にそんな非合理的なもん持ち込んでんじゃねーよ!お前の作戦不安しかねーよ!ていうか開始前に頓挫だよ、どうすんだこれ⁉」
作戦では、対象となる猫が一匹もいないため、そこで星野が猫の鳴きまねをし、ターゲットを引き寄せている間に俺が車から捕まっている猫を逃がすというシンプルなものだった。
「私はこの合理主義社会で直感を信じてやっていくっていったでしょ!ていうか言い合いしてる場合じゃないよ!どうしようもう犯人来ちゃうよ!」
「とにかく猫たちには悪いがビビらせてここから避難してもらう。急げ!犯人が来ちまうぞ!」
「わかった!」
くつろいでいた猫たちには申し訳ないが、何とかすべての猫たちを追い払うことに成功した。
「よし何とか間に合ったな。今何時だ?」
「十五時五十九分。隠れて青井くん!来たよ!」
細い路地を一台の軽トラックが走行してきた。トラックは俺たちが隠れているごみ置き小屋から少し離れたところに止まると、中からヒョロッとした男が出てきた。男は頬はこけ、奥二重で意地の悪そうな目つきをしており、ニヤニヤと辺りを物色するように見渡していた。
しかし、猫が一匹もいないことが分かると急に不機嫌になり、車を蹴って八つ当たりし始めた。
作戦に移ろうとして、星野が囮になろうとごみ置き小屋を離れようとしたところで本日二回目のイレギュラーが発生した。車を蹴った衝撃に、車内の猫たちが驚き鳴き声を上げ始めたのだ。
「ミャー」「ミャー」「ミャー」「ミャー」
どうやらすでに何匹も捕獲しているようだ。外道め。
「どうすんだ星野」
声をひそめて問いかける。
「大丈夫。想定外だけどちょっと野太い声で鳴き真似してみる。予定通り作戦決行だよ」
そう言うと星野は野太い声で鳴き真似を始めた。
「゛ミャ――」
その野太い声に男は気づいたようで、しめたという顔をするとこちらに近づいてきた。星野は男から身を隠したままこちらから離れていく。男は遠ざかっていく声を頼りに恐る恐るといった風に車から離れていく。
一秒一秒がとても長く感じられる。汗が頬を伝う。心臓がバクバク言っている。
星野と男がそのままある程度離れていったのを確認すると、こっそりとごみ置き小屋から車の後方へ移動する。車のカギは開いているようだった。
ここまでは想定通りだ。猫を抱えたまま車のカギを開けるのは骨だからな。必ずカギは開けたままにしておくはずだと踏んでいた。
さあここからだ。万が一の時のために星野と連絡先を交代しておき通話中にしてある。これであちら側の状況がこちらでも把握できる。もちろんあちら側はスピーカーをオフにしてある。
「゛ミャ――゛ミャ――」
「おーおー、これは生意気そうなデブ猫の声だな。捕え甲斐があるよ。ひひひひ」
「ふぎゃ――!」
星野のやつ生意気そうなデブ猫とか言われて怒ってんじゃねーか。星野が時間を稼いでくれている間にこっちの仕事を済まさなければ。
俺はあらかじめ用意しておいた赤いペンキをおもちゃの肉球に塗るとフロントガラス、サイドガラス、リアガラスのすべての窓という窓に赤い血のような猫の足跡をつける。これも作戦の一環だ。ただ猫を逃がすだけでは犯人はまた同じことを繰り返すだろう。だからこちら側は姿を見せず、猫の祟りという形で犯人をビビらせるというものだ。
それにしてもなんで俺がこっちなんだ。本来こういうことは星野の専門だろうが。
バレたらまずいことになるということや、非日常的な犯罪まがいの行動に、焦り、罪悪感、興奮、開放感、いろんな感情がないまぜになって鈍った心をかき乱す。しかし、バンを開けるとそれらの感情が、熱が引いていくように一気に冷めていき冷静になる。
ケージに閉じ込められ不安そうな顔で泣いている猫たち。俺たちが、星野が行動に移さなければ保健所に連れて行かれ、人間の都合で殺されていたかもしれないという現実。その理不尽さが俺の心に火をつけ、冷静にさせてくれた。
先ほどの自分の言葉を恥じる。俺が冷静に人間の不都合を考えている間に、こうやってたくさんの猫が、命が酷い目に遭わされていた。子供のころ、近所で可愛がっていた猫がいなくなってしまっただけで、心配で一晩中寝れなかった。あの頃の俺はどこに行ってしまったのだ。
星野は一人でその事実に向かい続けてきたのかもしれない。あいつはよくわからないやつだが、でも、誰よりも純粋で行動力があるだけなのかもしれない。俺は星野茜という人間の評価を変えざるを得ないと感じた。
おっとそんなこと考えている場合じゃなかった。落ち着きすぎだ。さっさと猫を逃がさないと。
俺はケージの入り口のカギを外すと猫たちを車から降ろしてやる。もう捕まるんじゃねーぞ。なるべく遠くへ逃げろよ。
しかしここでまたしてもイレギュラーが発生した。
「ミャ―オ」
「あ!まずいよ青井くん!子猫がやつに見つかっちゃった。まだ逃げてない子がいたんだ!」
「ひひひひひ。デブ猫は見つからないからお前にするか。さあおいでー。いいところに連れて行ってあげよう」
ちっ。
「一応こっちは全部逃がしたが…。まずいな」
「青井くん、作戦変更だ。私が戻るまで足止めしておいてね!頼んだよ」
「おい待て星野!おい!」
そういうと星野はどこかへ行ってしまったようだ。
「ちくしょう。一方的に言って切りやがって。どうしろってんだ」
とりあえず言葉で説得できるような相手じゃない。となると…。こんなことしたくないが仕方ない。相手は外道だ。手段は選んでられない。
俺はごみ置き小屋に戻り、目当てのものを探す。よしあった。俺はアイスピックを持ち出すと男の車の左側の後輪に横から突き立てた。タイヤは思ったより硬く何度か突き刺してみる。とその時子猫を捕まえた男が帰ってきた。俺は急いで元居たごみ置き小屋の後ろに隠れた。
「なんだこれは⁉気味が悪い!ほかのやつらも全員いなくなってるじゃねーか⁉ふざけやがって…。誰かのいたずらなのか?それとも…。まさかな」
どうやらかなり答えたらしい。これを機にやめるようになればいいが。だが問題は子猫だ。こいつは間違いなく保健所に連れていくだろう。だがここで俺が邪魔をしに行けば、せっかくの作戦が台無しだ。こいつの心も傾きかけているように見えた。
どうする。タイヤをパンクさせたことなんてない。一応アイスピックで刺しておいたが、今思えば浅かったかもしれない。時間もあまりなかった。不確定要素が多すぎる。確実に止めるには直接出ていくのが一番だ。
けれど今出ていけば俺がやったと疑われるかもしれない。一度車が出てしまえばもう追いつけない。ここでこの子猫一匹を見捨てれば、他の猫の被害はなくなるかもしれない。もしかしたらこの子猫も殺処分じゃなく、里親をさがしてもらえるかもしれないんじゃないか?ここはおとなしく星野を信じて待つのが正解なんじゃないのか?
俺が出て行くべきか否かで葛藤している間に、男は子猫を後ろのケージに入れるとエンジンをかけた。
頼む。動かないでくれ。俺の願いが通じたのか車は動かなかったようで、作戦は成功に思われた。
「チッ!なんだこれパンクしてるじゃねーか!これも猫の仕業か?なんだ今日は気味が悪いな。それにしてもむかつくなおい!」
しかし、こともあろうか男は車から降りると後ろの荷台からケージを引きずり下ろした。そして
「このクソ猫どもが!ふざけやがって!」
そういうとケージから子猫を出すと蹴りつけようとした。
次の瞬間、気づくと俺は走り出していた。
「おい!」
「クソ野郎!お前みたいな命を蔑ろにするやつは反吐が出る!」
もう我慢の限界だった。たとえ作戦が台無しになろうとこれは見過ごせなかった。
「な、何だ⁉俺は迷惑ばかりかける野良猫を成敗してやろうと思っただけだ。そ、そそ、そういうお前こそ、今隠れていたように見えたぞ!お前が俺の車に悪戯してタイヤまでパンクさせたな!」
「この外道が!お前のしていることは、自分のエゴから命を蔑ろにし、八つ当たりしているただの自己満足だ!」
「だ、だまれ!ガキのくせに知ったような口ききやがって!」
男は逆上すると殴りかかってきた。小学生以来喧嘩などしたことのない俺は、殴られるのを覚悟して歯を食いしばるしかなかった。しかし、数秒経っても拳が飛んでこないので目を開けてみると、白い猫の着ぐるみが男の拳をガードしていた。
「よく頑張ったね青井くん。信じてた」
「お、お前まさかほし――」
「んんっ!誰だいそれは。私は猫の妖精ミャーゴ君だよ。猫の平和を守るためにやってきたのだ!さあ、ここに猫をいじめる極悪人がいると聞いたが、どうやらそれはあなたのようだね」
「な、なんだお前は⁉ふざけてるのか。どけっ。俺はそこのガキに用があるんだ」
「よくないよおじさん。正論言われたからって暴力に訴えるのは。これ以上猫をいじめると猫の祟りに遭うぞ。今日のようにね」
「何が祟りだ、ふざけやがった。それにお前の声、聞き覚えがあるぞ。前に俺に注意してきたガキだな。お前ら二人して俺をおちょくりやがって!このクソガキどもが!」
男は再度逆上すると今度は星野に殴りかかってきた。
「危ない星野!」
しかし星野は男の拳を片手で払うともう一方の手で拳を作ると男の腹を殴りつけた。
「肉球中段突き」
「ぐえっ」
男は膝から崩れ落ちるとそのまま気絶してしまった。
「お、お前マジで喧嘩強いんだな」
「ヒーローを目指す者はこれくらいできないとね」
「それにしてもこの人ほんとにろくでもない人だったね。猫たちは助けられたから良かったものの」
「だがこいつはまたやるだろうな。今日話してみて分かった。こいつはそういうタイプの人間だ。悪かったな。せっかくあと少しでやめさせられたかもしれないのに。我慢できなかった」
 柄にもなく興奮してしまった。
「何言ってるの。私は君がこの人に立ち向かってくれるって、怒ってくれるって初めから知ってたよ。私だって我慢できなかったしね。初めから君が堪えきれなくなるかもしれないってことは想定してたんだ。だから、作戦を失敗で終わらせたくなかったから、子猫は君に任せて駅まで走ってこの着ぐるみを借りてきたんだよ。それにごめんは私の方なんだ。実はこの人が、車が動かなくなって怒り出すところから見てたんだ」
 星野の言葉に驚く。
「え?ならどうして――」
「別に君を試したつもりはなかったの。ただ君を信じてたから。あの子を見殺しにできちゃうようなら私は君を誘わなかったよ。でも君はやっぱりそうしなかった。だから君は自分を責める必要はないんだよ。だって君は正しいことをしたんだから。ごちゃごちゃ考えないで頭じゃなくて心に従うんだよ」
 疑うことなく、真っ直ぐに俺を見つめてくる。
「…なんでお前は俺をそんなに信じてくれるんだ」
「言ったでしょ。私には人を見る目があるの。知ってる?青い炎はね、赤い炎よりも高温なんだよ。君は冷静でクールだけど誰よりも優しくて、誰かのために誰よりも怒ってくれる。いざというときには一番頼りになる人なんだって、私は信じてる」
「…買いかぶりすぎだ」
「そんなことないよ。あ、あとそれとねコンロの火が青いのもそれが理由なんだよ」
本当に買いかぶりすぎだ。俺はそんなかっこいいやつじゃない。ただの成りそこないだ。
だって俺は、大切な人を守れなかったのだから。それどころか…。
いや、今日はこんなことを考えるのはよしておこう。久しぶりにあんなに大きな声で叫んで、怒った気がする。それにこんなに達成感を感じたのも初めての感覚だった。とりあえず、悪い大人から猫を助けられた。もしかしたら、今日こんなに酷い目に遭ったのだから、これを機にやめるようになるかもしれない。
命を、救えた。守りたかったものを守れた。ずっと止まっていたあの日から、一歩だけ進めた気がした。
 
 そうだ。一つ星野に言いたいことがあった。
「それと、コンロの火が青いのはただの炎色反応だ。別に特別赤い炎より高温なわけじゃないぞ」
「むぅー。せっかくほめたのに!君は本当に素直じゃないやつだ!」
「うるせ。それにしてもお前の作戦の代案は頭悪すぎてびっくりしたぞ。予想以上だ」
「えー、これ結構いい考えだと思ったんだけどな。そういえば、着ぐるみで思い出したんだけど、私中学三年まで着ぐるみの中の存在なんて知らなかったんだ。初めて知った時はこの欺瞞に満ちた世界を滅ぼそうかと思ったくらいだよ」
「中三まで知らなかったことに驚きだ。ヒーロー志望のやつが悪役みたいなこと言ってんじゃねえよ」
 最初聞き間違えかと思った。
「ほんとにね。あのとき生まれて初めて悪の組織の気持ちを理解してしまったよ。まあでも結局はヒーローだよね。ちゃんと戻ってきたよ」
「お前、もしかしてだけどサンタクロースもまだ…?」
 まさかと思い質問してみる。
「ん?サンタさんはいるに決まってるじゃん。何言ってるの青井くん。それじゃあ私たち子供に毎年プレゼントを渡してくれるのは一体どこの誰なのさ」
 などと当然でしょと言わんばかりに返してくる。
「そ、そうだな。なあ星野。いつかまたこの欺瞞に満ちた世界を滅ぼしたくなったら相談に乗ってやるからな。それかお前がサンタになるっていう手もあるぞ」
「もうそんなことはないよ。だってヒーローになりたいって言いながら世界を滅ぼしたいなんて矛盾、二回も許されるわけないじゃん。それに青井くん流石だね。実はサンタさんって現役の頃はヒーローだったんじゃないかって私も思うんだよね。だって全身赤い洋服だよ?そして冬空の中、夜子供たちが寝静まった頃に街中を駆け回ってプレゼントを配って回るんだよ?もうそんなのヒーローに決まってるじゃん!だからわたしもヒーローを引退しておばあちゃんになったらサンタさんになって、子供たちにプレゼントという名の夢を配りまくるんだあ。早くトナカイ乗りたいなあ」
「なんかお前人生楽しそうだな。強く生きろよ。というかお前の場合、本当に全部夢叶えちゃいそうだな」
「何言ってんの当たり前じゃん。全部叶えるよ。私は絶対にヒーローになるんだから」
まったくこいつは、何と言うか、ぶれないやつだった。
騒ぐ俺たちから少し離れたところから、先ほど助けた子猫と、その母親と思しき猫が遠巻きにこちらを見ていた。それはまるで助けてくれたお礼を言っているような、そんな意味を感じる視線だった。
「じゃあな。俺こっちだから」
「うん、また明日ね。明日も一緒に頑張ろーね」
「明日もあんのかよ…」
 星野の言葉にげんなりする。
「あったりまえじゃん!私たちの戦いはまだはじまったばかりだよ!」
「さっさと打ち切られてくんねーかな」
「にっしっしー。それじゃ。楽しみにしてるね」

 星野と別れると、俺は家に向かって歩き始めた。住宅街を歩いていると、仕事終わりか多くの車とすれ違った。いつもこんな時間に帰宅することはなく、学校が終わり次第すぐ帰るせいか、いつもの帰り道とは違った景色が見られた。
そのせいだろうか。見飽きたはずの家路が、どこかいつもと違う気がした。
ふとすぐそばを小さな男の子がかけていった。
「待ってよお兄ちゃーん!」
「早くしろよ!今日夕飯ハンバーグだぞ!お母さん待ってるぞ」
兄弟だろうか。妹の方が兄に追いつこうと後ろからかけてくる。と、その時。俺の横を通ると同時につまずいて前方にこけそうになる。俺はとっさに手を伸ばすと少女の体を支えた。
「おっと。大丈夫か?」
「うん。大丈夫!ありがとうお兄ちゃん!」
「おう。気をつけてな」
「うん!」
少女はそう言うと再び兄のもとに走っていった。それを見届けると、再び歩き出す。
少し歩いて気づく。ああそうか。これは懐かしいって感覚なんだ。
空を見上げると赤い空が青い空を侵食し始め、赤が青に入り交じり始めていた。
 
 家に帰ると夕食を済ませ、すぐにベッドに向かうと倒れるように寝てしまった。いつもの夢は見なかった。
 そして、後日、例の猫狩りの男の家が原因不明の火事になったと聞いた。話によると、燃えていく家の中、終始たくさんの猫の鳴き声が聞こえていたそうだ。男はその後、病院に搬送され、以降猫狩りをすることはなくなったらしい。

 小さい頃、俺には妹がいた。名前は澪といって、俺と三つ離れていて、いつも俺の後ろを付いてくるような子で、俺たち兄弟は仲が良かった。
俺が五歳の時、二人でテレビを見ていると戦隊ヒーローの番組をやっていた。俺たちは子供らしく、すぐにその番組にはまり、ヒーローに憧れだすのにそう時間はかからなかった。特に俺は隊員のブルーが好きだった。熱くてリーダーシップがあって、みんなが大好きな人気ナンバーワンのレッドよりも、レッドの人気のせいでかすんで見えるが、レッドを補佐し、相棒として支え、いつも知的でクールなブルーに子供ながらに感じるものがあった。また自分の名字が青井だったということもあり自分はブルーとして悪いやつらをやっつける正義の味方だと強く信じていた。実際にその思いは強く、周囲の友達がヒーローから卒業していっても、変わらず九歳までオリジナルの決めポーズとともに、「正義のヒーローブルーペガサス参上!」と言っては近所の悪ガキを懲らしめていた。澪はそんな俺に憧れ、俺の後を付いて回ってはよくこう言ってくれた。
「お兄ちゃんは私のヒーローだよ!」
喧嘩することもあったが、俺を慕ってくれる澪が可愛くて、俺は澪をとてもかわいがった。澪は本当に素直で可愛くて、家族は澪を中心にいつも回っていた。子供ながらにそのことに気づいていた俺は多少の嫉妬心はあったが、それ以上に優しくて純粋な澪が可愛くて、そしてそれ以上に母さんと父さんと澪との家族四人で過ごす時間が大好きで、毎日が幸せだった。
「翼は本当にヒーロー好きねー。今度澪と三人でヒーローショー行こっか?」
「行くー!」
「ふふふ。楽しみにしててね。そーだおやつにクッキー食べる?」
「食べる!母さんの作るクッキー大好き!」
「そっか。ありがとう。母さん作り甲斐があるな!」
日曜日の昼過ぎに、母さんの手作りのおやつを食べながら、ヒーロー番組を見る時間が好きだった。
「澪と母さんは俺が守るから!」
「ありがとうお兄ちゃん!」
「あら頼りになるわね翼。ありがとう」
これが俺の口癖だった。本気でヒーローになりたかった。本気で家族を守りたかった。守れるって信じてた。あの日まで。
 その日、俺は約束通り澪と母さんと三人で家から近くのヒーローショーを見に来ていた。忘れもしない。九歳の夏の日だった。夏休みのせいかたくさんの子供たちが親子で来ていた。空は雲一つない快晴で、待ちわびたその日に、ショーが始まってから終わるまでの間、終始興奮が止まらなかった。俺と同じくらい澪もヒーローが大好きで、二人してずっとそわそわしていた。
ショーが終わりに差し掛かった頃、母さんに電話がかかってきた。どうやら急な仕事が入ったようで、家から近いこともあって帰りは二人で帰って来てほしいとのことだった。
「ちゃんと澪の手繋いであげてね」
「わかった」
ショーが終わりすぐ横のグッズ売り場に行くと、俺の大好きな戦隊モノのブルーが売っていて、それはどこのお店に行っても売っていない超レアなものだった。母さんにあずかっていたお金ですぐさま購入すると、ラスト一つだったようで、その日は俺にとって最高の一日だった。そうなるはずだった。その時までは。
帰り道。俺たちは手を繋いで家に向かって歩いていた。
「良かったねお兄ちゃん!」
「ああ!今日は最高の日だ!帰ったら母さんに自慢してやろう!」
「澪にも見せて!」
「ああいいよ」
澪は宝物でも見るように目を輝かせてフィギュアを見ていた。
その時だった。澪は手を滑らせてフィギュアを落としてしまった。急いで拾おうとするのもつかの間、通行人が誤って踏んでしまったフィギュアはバキッと音を立てるとあっさり壊れてしまった。買ったばかりの、それも限定品のおもちゃを壊されてしまった俺は茫然としていた。
「ご、ごめ――」
「何してくれるんだよ澪!澪が落とすから壊れちゃったじゃないか!もうどこにも売ってないんだぞ!」
澪は謝ろうとしたが、大好きなフィギュアを壊された俺はすぐには許すことができなかった。
「ごめんなさい!でも澪わざとじゃ――」
俺は澪の手を離した。
「もう手繋いでやんない。澪なんて嫌いだ。一人で帰れよ」
「ううっ。お兄ちゃんのバカ!」
そう叫ぶと澪は駆け出して行った。
すべてが一瞬の出来事だった。澪が飛び出した先は運悪く赤信号の横断歩道だった。クラクションの音が鳴り響く。鈍い音がして何かが吹き飛ばされた。周囲から悲鳴が上がる。
跳ね散る血。俺は何が起きたのか理解できなかった。ぼーっと突っ立ていると周囲の声がようやく俺の頭に現実を叩きつけた。
「女の子がはねられたぞ!」
「救急車を呼べ!」
「だめだ血が出すぎてる!」
ミンミンと脳裏に響く蝉の鳴き声と、焦げ付くような夏の暑さが、これが現実だと教えてくれていた。
ほどなくして救急車が来て、搬送先の病院で澪は亡くなった。
澪が死んでから一週間後、母さんが自殺した。自宅の居間で首を吊って死んでいた。母さんは澪が死んでから一切俺と口をきいてくれなかった。
急に突き付けられた現実も、それが自分のせいだという絶望も、俺を変えるのに十分だった。この時、俺の世界が音を立てて壊れた。世界はこんなにも非常に、ただそこにあるだけだったのだと思い知った。
幸せだった家族を、これからも続いていくはずだった幸せを、俺がぶち壊してしまった。二人は俺を恨んでいるだろう。父さんも心の中では同じはずだ。誰も俺を許してくれないだろう。それ以上に俺が俺を許せなかった。何が二人を守るだ。何がヒーローだ。二人は俺が殺したも同然じゃないか。人殺しにヒーローになる資格なんてあるか。
その日から俺は、うまく呼吸ができないほどの罪悪感に心を覆われている。そして中学二年の時決めたのだ。できるだけ苦しんでから、罰を受けてから死のうって。そうして二人に会いに行こうって。
そうしたら、澪も母さんも俺を許してくれるだろうか。
俺はあの日からずっと過去に縛られ生きている。