「神崎さん、華鈴さん……ここまで一緒に連れてきてくれてありがとうございます。折り入ってお二人にお願いがあります。どうか、聞いてください」

 線香花火が底を尽き、四人での花火大会が終わろうとした頃、郁恵はそう話を切り出した。
 日が暮れた穏やかな波音が聞こえる砂浜、郁恵の真剣な口調に師匠と華鈴さんは輪になって郁恵のことを見つめた。

「私には残念ながら往人さんの絵を見てあげることは出来ません。
 だから、絵本を完成させるため、お二人には往人さんの絵を見てあげて欲しいのです」

 絵本製作の話しはここまでの道中で大雑把ではあったが話していた。
 俺たちの話しを夢語りではないと感じ取っていた二人はその時も応援すると快く言葉にしてくれていた。
 その前提があったからこその、郁恵の切なる願いが今の言葉に宿っているのだろう。

「きっとお二人のことですので、満足できるものに出来上がるまで試行錯誤を繰り返して、お互いに苦労をされると思います。
 それでも、私は往人さんと共に歩む伴侶として、価値あるものを作り上げたいと思っています。
 それが往人さんのためにも、私自身のためにもなると思っているから。
 こんな私の我が儘に応えてくれますか?」

 涙が零れるのを堪えるように郁恵は天を仰ぐ。
 すっかり日が暮れて夜を迎えた空。
 星翔ける銀河の下、郁恵の言葉が宙に流れた。

 そして、それを聞いた二人が優しい微笑みを浮かべるのを俺は見た。

「郁恵さんの願いは聞き入れたわ。私は深愛さんの大ファンだから。
 それに見劣りしないくらいの作品になるよう、往人君を見守っていくわ」

「俺もまぁ、こいつのことを長く見てきた。
 尻を叩いてでも、立派なものに仕上げてやろうじゃねえか」

 二人の力強い言葉がまた大きな意味を持って空に昇っていく。
 
 俺は根気よく作業に取り組み、絵本を作り上げるために、この語らいを忘れないように胸に刻み込んだ。

「ありがとうございます……。
 往人さん、頑張ろうね。私達が生きた証を残せるように」

「分かっているよ。
 自分達の努力の結晶を形として残すことにはそれだけの意味がある。
 俺もそう思うから、出来る限りのことをやってみよう」

 この切なる願いを天に昇った母さんは聞き入れてくれるだろうか。
 
 そんなことを考えていると、夜空にほんの一瞬、流れ星が通り過ぎるのが見えた。
 
 鮮やかに消える一瞬の刹那……天高く光る星の瞬き。
 それを目の当たりにした俺は母さんも俺たちのことを見守ってくれている。
 都合のいい解釈かもしれないが、そんな風に俺は感じた。

「よかった……往人さんも皆さんもよろしくお願いします。
 私には真美が、往人さんにはお母様が付いてくれてる。
 だからきっと、やり遂げられるよ。

 ()()()()()()()()……”()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 波の音を遮るように、郁恵の儚くも熱のこもった言葉が砂浜に流れた。

 きっと、郁恵はこの話しを持ち掛けるために、二人を大切なこの場所へ呼ぶことに決めたのだろう。

 二人のことだから最初から断りはしなかっただろうが、郁恵の言葉に胸を打たれ、俺たちは一つの目標に向かって歩み始めた。