慌ただしく、あまり会話する時間のないまま静江さんを見送った日の夜。
私は静江さんからスマートフォンにボイスメッセージが届いているのを見つけた。
「フェロッソ、静江さんからメッセージが届いてるよ。一緒に聞こう?」
一人で聞くには別れが悲しくなって辛くなりそうだと察した私はフェロッソを背中から抱きしめてスマートフォンの再生ボタンを押した。
”郁恵さん、卒業式に会いに来てくれてありがとうございます。
本当は色々話したかったのだけど、ゆっくりできなくて……。
ちゃんと、挨拶できなくてごめんなさい。改めてお礼の言葉を贈らせてください”
それは、仕方のないこと。友人を待たせるわけにも行かないだろうから……もちろん私も恵美ちゃんも納得していた。
”あの後、カラオケに行ったりして家に帰って来て、やっと部屋で一人になれて落ち着いたところだから、きちんと自分の気持ちを言葉にできると思います。
きっと、あの場で話をしようとしてもすぐに泣いてしまって言葉にならなかったと思うから”
静江さんの身体に泣きついて言葉にならないのはむしろ私の方だっただろう……。
それは言うまでもなく、別れの言葉を直接告げられるのは耐えられないだろうから。
”私はね、実は初めて会った日から郁恵さんのことを尊敬していたの。
凄く緊張してて、白杖を掴む手もギュッと力が入っていて、話しかけた時、この子…大丈夫かなって思った、
でもね、試験が始まると凄い集中力で点字解答をしていて、私は心臓を打ち抜かれたみたいに驚かされたわ”
そんな…出会いの頃のことまで覚えていてくれたんだ。
嬉しくて…切なくて…自然と涙が滲み零れて来る。
私は静江さんの言葉を聞きながら、ギュッとフェロッソの大きく逞しい身体を抱き締めた。
”入学した郁恵さんは一生懸命で、夢に向かって真っすぐに前を向いてた。
私は先輩ぶっていたけど、全然郁恵さんの方が頑張ってた。嫉妬することもあったし、自分もしっかりしないとって気持ちにもなった。
サポートスタッフをずっと続けて来れたのも、郁恵さんを支援することにやり甲斐を感じていたからよ。
色んな人を支援してきたけど、郁恵さんは誰よりも前向きに目の前のことに取り組んでいて、支援する人に感謝をして、眩しいくらいに素敵な笑顔を私に見せてくれた。
私の憧れだった。だって、本当に目が見えないのかなって思うくらい、色んな事が見えてた。人の気持ちも、自分のやりたいことも……。
それはきっと、目が見えることとは関係のない、郁恵さん自身の力なんだって、眩しく見えていたわ”
積み重なった想いを語る静江さんの肉声が寮室に響く。
その隠された本音と共に私の涙はもっとたくさん瞳から零れた。
支援を受けるたびにその期待に応えたいと努力を続けてきた。
応援してくれる優しい静江さんの想いに応えたいと思った。
そうした想いが自然と込み上げて来ていた。
”それを一番実感させられたのは、クリスマスの演奏会の日のこと。
華鈴さんと披露する素敵な演奏の数々はこれからも伝えていきたい私の一生の思い出です。
大切な人が出来た郁恵さんはこれからも真っすぐに夢に向かって駆け上がって行くと思います。
それは虹を架けるように綺麗な曲線を描いて未来に繋がっていく事でしょう。
私は姉を置いて、地元の宮崎で頑張っていくけれど、郁恵さんのことを遠くから応援していきます”
遠く離れてしまう静江さん。
もっと沢山一緒に過ごしたかった。
色んなことを教えて欲しかった。
でも、もう会えなくなってしまうんだ……。
嫌というほどそれが分かり、私の胸を苦しくさせる。
段々と感情が高ぶっていき、感極まっていく静江さんの言葉が続く。
”ダメね……涙が止まらなくて……これ以上は言葉になりそうにないわ。
郁恵さん……サポートスタッフを務めさせてくれてありがとう。
勉強熱心なあなただから、やりがいを感じていたのは本当。
可愛い盲導犬とも遊ばせてくれてありがとう、名残惜しくて堪らないわ。
……絶対に慶誠大学を卒業して保育士になる夢を叶えてください。
郁恵さんが担当する生徒さんたちは、きっと幸せ者ですから……。
短い数年間でも、一生、忘れられない思い出になるはずですから。
素敵な演奏を、これからもたくさんの人に届けて優しく包み込むような時間を分けて上げてください。きっと、郁恵さんの想いは届くから。
それが出来る人だと私は信じています。
何か困ったことがあれば、近くに住む姉のことを頼ってください。
姉はこの街で生きていくことを腹に決めているようですので。
それではお休みなさい、河内静江より、親愛なる前田郁恵さんへ”
静江さんの想いがいっぱい詰まったボイスメッセージは終わり、床にスマートフォンを置いたまま私の涙声だけが寮室に流れ続ける。
引っ越し準備のために費やした時間も遠く感じてしまうほどに鮮烈なメッセージを聞き、私は心震わせた。
悲しい気持ちでいっぱいになった私を慰めようと、フェロッソが舌を出して頬を舐める。
こうして私は……この寮室で過ごす最後の夜に、一番の涙を流した。
私は静江さんからスマートフォンにボイスメッセージが届いているのを見つけた。
「フェロッソ、静江さんからメッセージが届いてるよ。一緒に聞こう?」
一人で聞くには別れが悲しくなって辛くなりそうだと察した私はフェロッソを背中から抱きしめてスマートフォンの再生ボタンを押した。
”郁恵さん、卒業式に会いに来てくれてありがとうございます。
本当は色々話したかったのだけど、ゆっくりできなくて……。
ちゃんと、挨拶できなくてごめんなさい。改めてお礼の言葉を贈らせてください”
それは、仕方のないこと。友人を待たせるわけにも行かないだろうから……もちろん私も恵美ちゃんも納得していた。
”あの後、カラオケに行ったりして家に帰って来て、やっと部屋で一人になれて落ち着いたところだから、きちんと自分の気持ちを言葉にできると思います。
きっと、あの場で話をしようとしてもすぐに泣いてしまって言葉にならなかったと思うから”
静江さんの身体に泣きついて言葉にならないのはむしろ私の方だっただろう……。
それは言うまでもなく、別れの言葉を直接告げられるのは耐えられないだろうから。
”私はね、実は初めて会った日から郁恵さんのことを尊敬していたの。
凄く緊張してて、白杖を掴む手もギュッと力が入っていて、話しかけた時、この子…大丈夫かなって思った、
でもね、試験が始まると凄い集中力で点字解答をしていて、私は心臓を打ち抜かれたみたいに驚かされたわ”
そんな…出会いの頃のことまで覚えていてくれたんだ。
嬉しくて…切なくて…自然と涙が滲み零れて来る。
私は静江さんの言葉を聞きながら、ギュッとフェロッソの大きく逞しい身体を抱き締めた。
”入学した郁恵さんは一生懸命で、夢に向かって真っすぐに前を向いてた。
私は先輩ぶっていたけど、全然郁恵さんの方が頑張ってた。嫉妬することもあったし、自分もしっかりしないとって気持ちにもなった。
サポートスタッフをずっと続けて来れたのも、郁恵さんを支援することにやり甲斐を感じていたからよ。
色んな人を支援してきたけど、郁恵さんは誰よりも前向きに目の前のことに取り組んでいて、支援する人に感謝をして、眩しいくらいに素敵な笑顔を私に見せてくれた。
私の憧れだった。だって、本当に目が見えないのかなって思うくらい、色んな事が見えてた。人の気持ちも、自分のやりたいことも……。
それはきっと、目が見えることとは関係のない、郁恵さん自身の力なんだって、眩しく見えていたわ”
積み重なった想いを語る静江さんの肉声が寮室に響く。
その隠された本音と共に私の涙はもっとたくさん瞳から零れた。
支援を受けるたびにその期待に応えたいと努力を続けてきた。
応援してくれる優しい静江さんの想いに応えたいと思った。
そうした想いが自然と込み上げて来ていた。
”それを一番実感させられたのは、クリスマスの演奏会の日のこと。
華鈴さんと披露する素敵な演奏の数々はこれからも伝えていきたい私の一生の思い出です。
大切な人が出来た郁恵さんはこれからも真っすぐに夢に向かって駆け上がって行くと思います。
それは虹を架けるように綺麗な曲線を描いて未来に繋がっていく事でしょう。
私は姉を置いて、地元の宮崎で頑張っていくけれど、郁恵さんのことを遠くから応援していきます”
遠く離れてしまう静江さん。
もっと沢山一緒に過ごしたかった。
色んなことを教えて欲しかった。
でも、もう会えなくなってしまうんだ……。
嫌というほどそれが分かり、私の胸を苦しくさせる。
段々と感情が高ぶっていき、感極まっていく静江さんの言葉が続く。
”ダメね……涙が止まらなくて……これ以上は言葉になりそうにないわ。
郁恵さん……サポートスタッフを務めさせてくれてありがとう。
勉強熱心なあなただから、やりがいを感じていたのは本当。
可愛い盲導犬とも遊ばせてくれてありがとう、名残惜しくて堪らないわ。
……絶対に慶誠大学を卒業して保育士になる夢を叶えてください。
郁恵さんが担当する生徒さんたちは、きっと幸せ者ですから……。
短い数年間でも、一生、忘れられない思い出になるはずですから。
素敵な演奏を、これからもたくさんの人に届けて優しく包み込むような時間を分けて上げてください。きっと、郁恵さんの想いは届くから。
それが出来る人だと私は信じています。
何か困ったことがあれば、近くに住む姉のことを頼ってください。
姉はこの街で生きていくことを腹に決めているようですので。
それではお休みなさい、河内静江より、親愛なる前田郁恵さんへ”
静江さんの想いがいっぱい詰まったボイスメッセージは終わり、床にスマートフォンを置いたまま私の涙声だけが寮室に流れ続ける。
引っ越し準備のために費やした時間も遠く感じてしまうほどに鮮烈なメッセージを聞き、私は心震わせた。
悲しい気持ちでいっぱいになった私を慰めようと、フェロッソが舌を出して頬を舐める。
こうして私は……この寮室で過ごす最後の夜に、一番の涙を流した。