四年間過ごしたオーストラリアを離れ、再び日本にやって来たのは春分を少し過ぎた後のことだった。
志望校だった慶誠大学への入学が決まり、父の許可も出て学生寮に入ることになった。
私のような人でも通いやすいと、ハイスクール時代にも行きたいと思ってきた学び舎だった。
私が入寮する寮室は七畳のワンルームにキッチンが付いていてクローゼットもある。初めての寮暮らしにこれ以上を求めるのは贅沢というものだろう。
家具のセッティングやレイアウトは父と日常の困りごとの相談を受けてくれる訪問看護が手伝ってくれたおかげで順調な滑り出しを迎えた。
包み込むような柔らかさで、寝転ぶことも出来る大きめのソファーと木製のダイニングテーブル、それにベッドとテレビ台を置くと大体のスペースは埋まり、コンパクトな暮らしとなりそうだった。
ほっと一安心してから迎えた入学式当日。
まだオーストラリアから送ってもらった洋服や雑貨が入った段ボール箱がいくつも部屋の隅に置かれている。
それでも私は慣れないスーツ姿に着替え、ようやく迎えた入学式を前に晴れやかな気分だった。
訓練のおかげで多少は出来るようになったファンデーションや目元の化粧を済ませ、肩掛けカバンを背負うと今か今かと待ちわびていたフェロッソが近づいてきた。
膝や足元に顔をスリスリさせてくるフェロッソに私はしゃがんで優しく撫でる。
「待ちきれないかぁ……。私も一緒だよ、フェロッソ」
盲導犬のフェロッソは大型犬のラブラドール・レトリバーで、この寮に引っ越すことになり彼が一番窮屈に感じているかもしれない。
当面はベランダか玄関で寝てもらうしかないが、どちらにしても狭苦しく感じることだろう。
五歳のフェロッソとは三年前からの付き合いで、体毛はクリーム色に近い色合いをしている。
警察犬や盲導犬としてお馴染みのラブラドール・レトリバーは賢いだけでなく、丈夫で病気になりにくく、外的刺激にも耐え、咆えることの少ない温厚な性格だ。
ハーネス(白い胴輪)を付けている彼は、頼りになる立派な私のパートナー、今ではもう欠かすことの出来ない家族の一員だ。
「それじゃ、行こっか。
寮暮らしが始まればお父さんもいないから、これからは二人っきりだね。
頑張って行こう、フェロッソ。頼りにしてるからね」
スキンシップをして愛くるしい相棒を満喫した私は学生寮を出て、大学のキャンパスへと向かった。
手綱を握り、前を歩くフェロッソに誘導されながら、桜が満開になっている桜並木を歩く。
フェロッソは外に出掛け仕事をする時には必ず身に付けるハーネスと抜け毛防止のための盲導犬コートを着ている。
心地いい春風が凪ぐ校門まで続く坂道。
めでたい日に晴天の陽気となり、心地よく歩いて行くことが出来て何よりである。
安全であることを教えてくれる隣を歩くフェロッソもご機嫌な様子。元気いっぱいに目の見えない私に寄り添ってくれている。
私もそうだがフェロッソもワクワクしてくれている、これから始まるキャンパスライフを。それが私にも伝わってきて、嬉しい気持ちが湧き上がってきていた。
多くの生徒が慌ただしく行き交う中、校門をくぐり芝生広場を通り過ぎようとした瞬間、不意に大きく風が吹いた。地面を向いて肌寒い風が止むのを待つ間、後ろで結んだ長い髪が揺れる。
頬を掠める桜の木から舞った花びらの感触と一緒に私は何かを感じ取り、風が止むと桜の木の下まで歩いていく。
木陰に入り、周りの雑踏を無視して静かに耳を澄ますと、一瞬、時が止まったように音が消えた。
志望校だった慶誠大学への入学が決まり、父の許可も出て学生寮に入ることになった。
私のような人でも通いやすいと、ハイスクール時代にも行きたいと思ってきた学び舎だった。
私が入寮する寮室は七畳のワンルームにキッチンが付いていてクローゼットもある。初めての寮暮らしにこれ以上を求めるのは贅沢というものだろう。
家具のセッティングやレイアウトは父と日常の困りごとの相談を受けてくれる訪問看護が手伝ってくれたおかげで順調な滑り出しを迎えた。
包み込むような柔らかさで、寝転ぶことも出来る大きめのソファーと木製のダイニングテーブル、それにベッドとテレビ台を置くと大体のスペースは埋まり、コンパクトな暮らしとなりそうだった。
ほっと一安心してから迎えた入学式当日。
まだオーストラリアから送ってもらった洋服や雑貨が入った段ボール箱がいくつも部屋の隅に置かれている。
それでも私は慣れないスーツ姿に着替え、ようやく迎えた入学式を前に晴れやかな気分だった。
訓練のおかげで多少は出来るようになったファンデーションや目元の化粧を済ませ、肩掛けカバンを背負うと今か今かと待ちわびていたフェロッソが近づいてきた。
膝や足元に顔をスリスリさせてくるフェロッソに私はしゃがんで優しく撫でる。
「待ちきれないかぁ……。私も一緒だよ、フェロッソ」
盲導犬のフェロッソは大型犬のラブラドール・レトリバーで、この寮に引っ越すことになり彼が一番窮屈に感じているかもしれない。
当面はベランダか玄関で寝てもらうしかないが、どちらにしても狭苦しく感じることだろう。
五歳のフェロッソとは三年前からの付き合いで、体毛はクリーム色に近い色合いをしている。
警察犬や盲導犬としてお馴染みのラブラドール・レトリバーは賢いだけでなく、丈夫で病気になりにくく、外的刺激にも耐え、咆えることの少ない温厚な性格だ。
ハーネス(白い胴輪)を付けている彼は、頼りになる立派な私のパートナー、今ではもう欠かすことの出来ない家族の一員だ。
「それじゃ、行こっか。
寮暮らしが始まればお父さんもいないから、これからは二人っきりだね。
頑張って行こう、フェロッソ。頼りにしてるからね」
スキンシップをして愛くるしい相棒を満喫した私は学生寮を出て、大学のキャンパスへと向かった。
手綱を握り、前を歩くフェロッソに誘導されながら、桜が満開になっている桜並木を歩く。
フェロッソは外に出掛け仕事をする時には必ず身に付けるハーネスと抜け毛防止のための盲導犬コートを着ている。
心地いい春風が凪ぐ校門まで続く坂道。
めでたい日に晴天の陽気となり、心地よく歩いて行くことが出来て何よりである。
安全であることを教えてくれる隣を歩くフェロッソもご機嫌な様子。元気いっぱいに目の見えない私に寄り添ってくれている。
私もそうだがフェロッソもワクワクしてくれている、これから始まるキャンパスライフを。それが私にも伝わってきて、嬉しい気持ちが湧き上がってきていた。
多くの生徒が慌ただしく行き交う中、校門をくぐり芝生広場を通り過ぎようとした瞬間、不意に大きく風が吹いた。地面を向いて肌寒い風が止むのを待つ間、後ろで結んだ長い髪が揺れる。
頬を掠める桜の木から舞った花びらの感触と一緒に私は何かを感じ取り、風が止むと桜の木の下まで歩いていく。
木陰に入り、周りの雑踏を無視して静かに耳を澄ますと、一瞬、時が止まったように音が消えた。