クリスマスの日、立食パーティーまでの熱気によって未だ興奮冷め止まらぬ中、冷たく乾いた外気に晒されながら日が暮れていく街を歩いていく。
「はぁ……緊張するなぁ……」
喫茶さきがけを後にした私は往人さんが一人待つ家に向かっている。
冷えた外の空気は私を現実へと押し戻し、会うだけでも緊張してしまうにもかかわらず、これから告白しようとしていることを余計に意識させられてしまう。
すっかり日が暮れたクリスマスの夜。プレゼントするつもりのマフラーの入った紙袋とクリスマスケーキが入った半透明のレジ袋を手に街を歩く。
期待と不安が交錯する脳内を落ち着かせようとずっと”ジングルベル~ジングルベル~鈴が鳴る~”とジングル・ベルの歌詞を馴染みあるメロディーで思い出していた。
観光地や繁華街の駅前などに行くとカップルが多いそうだが、ここはそういうことはない。
往人さんの暮らすお師匠さんのアトリエには何回も行った経験があるから、現在地さえ見失うことがなければ一人でも到着できるようになってきた。
道順を覚えることは何よりも大切だ。
地図アプリがあるからといって工事で通行止めになっている場合もあり、その通りに行けるとも限らず、想定通りに行かないこともある。
障害物があればフェロッソが教えてくれるので、黄色い点字ブロックがあればそれを目印にして、時にその上を歩きながら進んだ。
音声案内の声が聞えて来る駅まで着くと、私は気負い過ぎないよう電車の車内へと乗り込んだ。
一人で電車に乗るのはなかなか慣れることの出来ないことの一つだ。
フェロッソに待機の指示を出し床に寝そべらせる。
目的地までは数駅ほどで長い時間はかからない。
気持ちが落ち着かず、車内では先頭車両に立ってやり過ごした。
「忍ぶれど 色に出ゐでにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで…フェロッソは往人さんのこと好き?」
駅を出て、また寒空の下を歩いて行く。
一人の不安から平兼盛による小倉百人一首の一首を詠い、夜道を歩いていると私は少し心細くなりフェロッソに話しかけていた。
「自分から気持ちを伝えるのは緊張するね。
フェロッソは平気そうだけど……」
フェロッソは危険を伝えてくれるが会話に付き合ってはくれない。
でも、私と同じで甘えん坊なところがあって私は好きだ。
だからつい本音を独り言のように口から滑らせてしまう。
「私ね……大学で階段から落ちた時、フェロッソが吠えて助けを周りに求めてくれた時、とっても嬉しかったよ。私が教えたわけじゃないのに、びっくりしちゃった。私はまだ怖いことがあっても、上手に叫んで助けを呼んだりできないよ」
フェロッソがいるから、寒い日も一人じゃないって、寂しくないって思えたことが何度もあった。
私にとって大切な家族。
いつまでも一緒にいて欲しい相棒。
寂しくて泣いてしまう夜も身体を貸してくれる私のパートナー。
「恋人なんていなくても大丈夫だってずっと思ってたのに……。
私も変わったね。こんなに夜遅くなってるのに、好きな人に会いに行こうとしてるんだから。ちょっと悪い子になっちゃったみたいだね、フェロッソ」
そんなことまで考え始めた頃、私は目的地に到着した。
考え事をしながら歩いてきたが、特に足元が寒かった分、ここまでの道のりは長く感じた。
手を伸ばし、手探りでチャイムを鳴らそうと試みる。
でもなかなか見つけられなくて、結局あまりの寒さに耐えられず私は往人さんのスマホに連絡した。
「往人さん、家の前まで着いたよ」
私はスマホを耳に当てゆったりとした声色で伝える。往人さんは”分かった”と一言告げて通話を切った。
ネックストラップを使い首から下げているスマホから手を離す。ちょっとしたやり取りなのに、堪らなく胸が苦しくなった。
雪が降り出しそうな冷たい夜風を浴びていると、すぐに扉は開かれた。
「寒かっただろ? 早く家の中に入ろう」
「うん、ありがとう。日本の冬は寒くて困っちゃうね」
優しい歓迎を受けてそのまま私の手に触れる往人さん。私は肘を掴み、往人さんに誘導されながら階段を上がった。
不思議だ……お見舞いに来たつもりなのに、往人さんに心配されて介抱されてるみたいだ。
でも、悪い気分はしない。むしろ、心細かったのが溶けていくように温かい気持ちになった。
「もう大丈夫なの? 往人さんは?」
「あぁ、心配かけたな。ただの貧血だから、一日ゆっくりしてたら元気になったよ」
声を聞くだけで、身体が過敏に反応して心が満たされていく。
胸がギュッと苦しくなる、この会いたくて焦がれてしまうような感覚が恋なんだということがよく分かる。
ダイニングまで来て、椅子に案内された私は少し躊躇いながらコートも手袋も脱いだ。
雰囲気を壊したくなくて、神崎さんから聞いた話をする気にはなれなかった。
「はぁ……緊張するなぁ……」
喫茶さきがけを後にした私は往人さんが一人待つ家に向かっている。
冷えた外の空気は私を現実へと押し戻し、会うだけでも緊張してしまうにもかかわらず、これから告白しようとしていることを余計に意識させられてしまう。
すっかり日が暮れたクリスマスの夜。プレゼントするつもりのマフラーの入った紙袋とクリスマスケーキが入った半透明のレジ袋を手に街を歩く。
期待と不安が交錯する脳内を落ち着かせようとずっと”ジングルベル~ジングルベル~鈴が鳴る~”とジングル・ベルの歌詞を馴染みあるメロディーで思い出していた。
観光地や繁華街の駅前などに行くとカップルが多いそうだが、ここはそういうことはない。
往人さんの暮らすお師匠さんのアトリエには何回も行った経験があるから、現在地さえ見失うことがなければ一人でも到着できるようになってきた。
道順を覚えることは何よりも大切だ。
地図アプリがあるからといって工事で通行止めになっている場合もあり、その通りに行けるとも限らず、想定通りに行かないこともある。
障害物があればフェロッソが教えてくれるので、黄色い点字ブロックがあればそれを目印にして、時にその上を歩きながら進んだ。
音声案内の声が聞えて来る駅まで着くと、私は気負い過ぎないよう電車の車内へと乗り込んだ。
一人で電車に乗るのはなかなか慣れることの出来ないことの一つだ。
フェロッソに待機の指示を出し床に寝そべらせる。
目的地までは数駅ほどで長い時間はかからない。
気持ちが落ち着かず、車内では先頭車両に立ってやり過ごした。
「忍ぶれど 色に出ゐでにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで…フェロッソは往人さんのこと好き?」
駅を出て、また寒空の下を歩いて行く。
一人の不安から平兼盛による小倉百人一首の一首を詠い、夜道を歩いていると私は少し心細くなりフェロッソに話しかけていた。
「自分から気持ちを伝えるのは緊張するね。
フェロッソは平気そうだけど……」
フェロッソは危険を伝えてくれるが会話に付き合ってはくれない。
でも、私と同じで甘えん坊なところがあって私は好きだ。
だからつい本音を独り言のように口から滑らせてしまう。
「私ね……大学で階段から落ちた時、フェロッソが吠えて助けを周りに求めてくれた時、とっても嬉しかったよ。私が教えたわけじゃないのに、びっくりしちゃった。私はまだ怖いことがあっても、上手に叫んで助けを呼んだりできないよ」
フェロッソがいるから、寒い日も一人じゃないって、寂しくないって思えたことが何度もあった。
私にとって大切な家族。
いつまでも一緒にいて欲しい相棒。
寂しくて泣いてしまう夜も身体を貸してくれる私のパートナー。
「恋人なんていなくても大丈夫だってずっと思ってたのに……。
私も変わったね。こんなに夜遅くなってるのに、好きな人に会いに行こうとしてるんだから。ちょっと悪い子になっちゃったみたいだね、フェロッソ」
そんなことまで考え始めた頃、私は目的地に到着した。
考え事をしながら歩いてきたが、特に足元が寒かった分、ここまでの道のりは長く感じた。
手を伸ばし、手探りでチャイムを鳴らそうと試みる。
でもなかなか見つけられなくて、結局あまりの寒さに耐えられず私は往人さんのスマホに連絡した。
「往人さん、家の前まで着いたよ」
私はスマホを耳に当てゆったりとした声色で伝える。往人さんは”分かった”と一言告げて通話を切った。
ネックストラップを使い首から下げているスマホから手を離す。ちょっとしたやり取りなのに、堪らなく胸が苦しくなった。
雪が降り出しそうな冷たい夜風を浴びていると、すぐに扉は開かれた。
「寒かっただろ? 早く家の中に入ろう」
「うん、ありがとう。日本の冬は寒くて困っちゃうね」
優しい歓迎を受けてそのまま私の手に触れる往人さん。私は肘を掴み、往人さんに誘導されながら階段を上がった。
不思議だ……お見舞いに来たつもりなのに、往人さんに心配されて介抱されてるみたいだ。
でも、悪い気分はしない。むしろ、心細かったのが溶けていくように温かい気持ちになった。
「もう大丈夫なの? 往人さんは?」
「あぁ、心配かけたな。ただの貧血だから、一日ゆっくりしてたら元気になったよ」
声を聞くだけで、身体が過敏に反応して心が満たされていく。
胸がギュッと苦しくなる、この会いたくて焦がれてしまうような感覚が恋なんだということがよく分かる。
ダイニングまで来て、椅子に案内された私は少し躊躇いながらコートも手袋も脱いだ。
雰囲気を壊したくなくて、神崎さんから聞いた話をする気にはなれなかった。