「先生がお店まで来てくれた時は嬉しかったわぁ……」
「そりゃ、息子のアルバイト先の先輩がファンだって聞けば、飛んできますからね……」
俺は重い話しにしたくないと思い、呆れ顔で言葉を返した。
実際にあったことだ。俺が働き始めてすぐに菓子折りと自作の風景画を持参して母は颯爽とおめかしをして店にやって来た。
その時の騒々しさと言ったらもう思い出しただけで笑ってしまう。
そう……笑ってしまうのだ、あまりにも遠い過去になってしまったから。
「往人君も随分と昔の話を根に持っているのね」
「それはもう、美桜さんにとっては忘れられない思い出話でしょうから」
「ふふふふっ……よかったわ、思ったより元気そうで。
これも、郁恵さんの腕が完治したおかげかしら」
俺の返事に満足した様子で機嫌を良くする美桜さん。
最近は何かと郁恵のことを俺と関係づけようとしている。
今日の花見にしても、明らかな意図を感じる。
俺はニヤついた美桜さんの姿を見たいわけではないが、郁恵のことを避けることは出来ないだろう。
「あいつは関係ないだろ……」
「関係あるわよ、往人君にとっては。
さて、そろそろ到着する頃じゃないかしら?」
調子づいた美桜さんの気になる言葉の後に俺は桜並木の方に視線を向けた。
思春期はもう遠く過ぎ去っている俺の年齢を知っていて、こうもお節介を掛けて来るのは郁恵の気持ちも知っているからなのかもしれないと思った。
「本当に来やがった……」
美桜さんと下らない談笑をしている間に時間が経過していたのだろう。
視力の悪い俺の視界にも、三人と一匹の姿がぼんやりと遠目に顔を覗かせた。
どうやら、俺の絵についてまで話しが波及することはなさそうだ。
「後は往人君のお師匠さんの到着を待つだけね。まぁ、バーベキューは先に始めちゃおうかしら」
完全に仕切り役になっている美桜さんはそう言って網を取り出す。
俺はすでに持って来ていた炭を並べ終わり、火を起こす準備を終えていた。
”しあわせは~歩いてこない、だから歩いてゆくんだね。一日一歩、三日で三歩、三歩進んで二歩さがる~”
身体に色彩を帯びた郁恵の口が大きく開き、陽気なテンションで歌を口ずさんでいた。
スキップしそうな勢いで何故と言いたくなるほど古い歌謡曲をこちらまで届く声量で歌い上げている。
腕を骨折した頃は落ち込んでいる姿も見えたが、それも過去のものになっているようだった。
「不思議よね……郁恵さんには周りを明るくする力がある」
「本人にはあまり自覚がないみたいですけど」
「それがまた純真でいいんじゃない。郁恵さんを見ていると、見えることってそんなに便利なことばかりじゃない気がして。だって、周りの視線を気にしてばかりじゃ自由になれないじゃない」
美桜さんの言葉を胸に噛み締めながら、俺は火を付ける。
少しが風が強く吹いてきて、なかなか苦戦してしまうが、何とか炭に火が移ってくれたようだ。
「往人だよ。おはよう郁恵、もう腕は治ったか?」
最初に自分の名前を告げ、足音がすぐ近くまで近づいてきたところで俺は顔を上げて言った。郁恵と話す機会が増えれば増えるほど、郁恵がどうして欲しいのか分かるようになっている自分がいた。
「うん、おはよう往人さん。ちゃんと力も入るし、ほらっ! ブンブン振り回せるよ! 今日の風は気持ちいいね」
春風を浴びて、心地よさそうに郁恵は返事を返した。
無邪気に腕を回して万全をアピールする姿は一見苦労を知らない童心に見えた。
異性と会話するのは苦手だと再会した頃は話していたが、自然に返事を返せるようになっているようだった。
素足を隠したロングスカートが風で揺れる、帽子を手で押さえ笑顔を浮かべた郁恵の姿をすぐそばで見上げて、何とその白い肌の美しいことかと改めて俺は思った。
「そりゃ、息子のアルバイト先の先輩がファンだって聞けば、飛んできますからね……」
俺は重い話しにしたくないと思い、呆れ顔で言葉を返した。
実際にあったことだ。俺が働き始めてすぐに菓子折りと自作の風景画を持参して母は颯爽とおめかしをして店にやって来た。
その時の騒々しさと言ったらもう思い出しただけで笑ってしまう。
そう……笑ってしまうのだ、あまりにも遠い過去になってしまったから。
「往人君も随分と昔の話を根に持っているのね」
「それはもう、美桜さんにとっては忘れられない思い出話でしょうから」
「ふふふふっ……よかったわ、思ったより元気そうで。
これも、郁恵さんの腕が完治したおかげかしら」
俺の返事に満足した様子で機嫌を良くする美桜さん。
最近は何かと郁恵のことを俺と関係づけようとしている。
今日の花見にしても、明らかな意図を感じる。
俺はニヤついた美桜さんの姿を見たいわけではないが、郁恵のことを避けることは出来ないだろう。
「あいつは関係ないだろ……」
「関係あるわよ、往人君にとっては。
さて、そろそろ到着する頃じゃないかしら?」
調子づいた美桜さんの気になる言葉の後に俺は桜並木の方に視線を向けた。
思春期はもう遠く過ぎ去っている俺の年齢を知っていて、こうもお節介を掛けて来るのは郁恵の気持ちも知っているからなのかもしれないと思った。
「本当に来やがった……」
美桜さんと下らない談笑をしている間に時間が経過していたのだろう。
視力の悪い俺の視界にも、三人と一匹の姿がぼんやりと遠目に顔を覗かせた。
どうやら、俺の絵についてまで話しが波及することはなさそうだ。
「後は往人君のお師匠さんの到着を待つだけね。まぁ、バーベキューは先に始めちゃおうかしら」
完全に仕切り役になっている美桜さんはそう言って網を取り出す。
俺はすでに持って来ていた炭を並べ終わり、火を起こす準備を終えていた。
”しあわせは~歩いてこない、だから歩いてゆくんだね。一日一歩、三日で三歩、三歩進んで二歩さがる~”
身体に色彩を帯びた郁恵の口が大きく開き、陽気なテンションで歌を口ずさんでいた。
スキップしそうな勢いで何故と言いたくなるほど古い歌謡曲をこちらまで届く声量で歌い上げている。
腕を骨折した頃は落ち込んでいる姿も見えたが、それも過去のものになっているようだった。
「不思議よね……郁恵さんには周りを明るくする力がある」
「本人にはあまり自覚がないみたいですけど」
「それがまた純真でいいんじゃない。郁恵さんを見ていると、見えることってそんなに便利なことばかりじゃない気がして。だって、周りの視線を気にしてばかりじゃ自由になれないじゃない」
美桜さんの言葉を胸に噛み締めながら、俺は火を付ける。
少しが風が強く吹いてきて、なかなか苦戦してしまうが、何とか炭に火が移ってくれたようだ。
「往人だよ。おはよう郁恵、もう腕は治ったか?」
最初に自分の名前を告げ、足音がすぐ近くまで近づいてきたところで俺は顔を上げて言った。郁恵と話す機会が増えれば増えるほど、郁恵がどうして欲しいのか分かるようになっている自分がいた。
「うん、おはよう往人さん。ちゃんと力も入るし、ほらっ! ブンブン振り回せるよ! 今日の風は気持ちいいね」
春風を浴びて、心地よさそうに郁恵は返事を返した。
無邪気に腕を回して万全をアピールする姿は一見苦労を知らない童心に見えた。
異性と会話するのは苦手だと再会した頃は話していたが、自然に返事を返せるようになっているようだった。
素足を隠したロングスカートが風で揺れる、帽子を手で押さえ笑顔を浮かべた郁恵の姿をすぐそばで見上げて、何とその白い肌の美しいことかと改めて俺は思った。