僅かな外気が部屋に入り込み、扉を開けて誰かが部屋に入ってきたことを私は感じ取った。
「往人! お前も俺を裏切るのか?!」
一体、誰がやって来たのか分からない中、坂倉さんが興奮状態のまま半狂乱に陥り大きな声を上げた。
過敏になっている耳が侵入者の足音を捉えていた。
ベッドの前まで誰かが来ている、私は確信した。
「強引に相手を手に入れようとしても、魂までは縛れない。
いずれ全てを失うことになるぞ」
若々しくて、力強い男性の声だった。
そして、その声には信じられないことに聞き覚えがあった。
「偉そうな口を! 誰がお前の絵を買ってやっていると思っている!
恩を仇で返すのか! お前は!」
言い争いだけでなく、ベッドの上で取っ組み合いになっているのも、二人の衝突でベッドの下に落とされてしまったことで気付いた。
「何と言おうと俺はこいつを連れていく、それだけだ。
行くぞ、君はこんなところにいてはダメだ、前田郁恵」
巻き添えになって身体を殴られることはなかったが、訳が分からぬまま、私は気が動転したまま口をパクパクさせていた。
でも、力強い声で名前を呼ばれてようやく私は正気に戻った。
「え……はい。でもどうして私の名前を」
「今はこのホテルから出ることだけを考えていればいい。
さぁ、早くするんだ。心配している人が、待っている人が大勢いるだろう」
優しくて……頼りある……素っ気ない口ぶりの中にある温かさ。
そして、目の前に助けに来たという男性の真剣な声が耳元まで響くと、私はその身体に染みついた絵の具の匂いを感じ取った。
そうだ……そうだったんだ。
私はこの瞬間に全てに気付いた。
過去の記憶が蘇り、一気に目が覚めて覚醒するような感覚。
手を差し伸べてくれるこの人は信じてもいい人だと、直感が、経験が告げている。
このままこの往人さんと行けば坂倉さんに恨まれることになる。それが分かっているのに、私の心は沸騰したように湧き上がり、運命の巡り会わせを感じて歓喜に震えていた。
「はい……お願いします、桜井往人さん!」
私は目一杯の勇気を振り絞って、あの日を再現するように男性の上腕を掴んだ。間違いない……大学入試の日、困り果てていた私を助けてくれた程よい肉付きをした逞しい上腕部の感覚だ。
「それでいい、今は余計なことを考えず、ここから出ることだけを考えるんだ」
私は往人さんに支えられて立ち上がり、坂倉さんから背を向いた。
信じられる人がそばにいる。ただそれだけで恐怖心は感じなくなった。
「お前たち!! こんなことが許されると思っているのかっ!!
後悔することになるぞ。
どうしてお前なんだ往人!!
同じ障がいを持つ同士だから同情しているのか?!
それとも、俺の女を奪いに来たのか?!
答えろ!! 桜井往人!!」
「冗談じゃすまないこともあるんだよ……。
何でも自分のものになると思うな。
そんなに都合よく世の中は出来ていない」
「偉そうな口を……許さんぞっ!!」
「許すも許さないもないさ。俺はこの子を助けに来ただけだからな」
助けにきてくれた往人さんは男らしく言い放ち、坂倉さん相手に臆することなく立ち向かって一喝する。
怒りに打ち震える坂倉さんにも動じることなく、はっきりと意思表明をした。
今はもう往人さんを信じる他ない。そうして私は往人さんに付いて行く形でホテルを後にした。
「往人! お前も俺を裏切るのか?!」
一体、誰がやって来たのか分からない中、坂倉さんが興奮状態のまま半狂乱に陥り大きな声を上げた。
過敏になっている耳が侵入者の足音を捉えていた。
ベッドの前まで誰かが来ている、私は確信した。
「強引に相手を手に入れようとしても、魂までは縛れない。
いずれ全てを失うことになるぞ」
若々しくて、力強い男性の声だった。
そして、その声には信じられないことに聞き覚えがあった。
「偉そうな口を! 誰がお前の絵を買ってやっていると思っている!
恩を仇で返すのか! お前は!」
言い争いだけでなく、ベッドの上で取っ組み合いになっているのも、二人の衝突でベッドの下に落とされてしまったことで気付いた。
「何と言おうと俺はこいつを連れていく、それだけだ。
行くぞ、君はこんなところにいてはダメだ、前田郁恵」
巻き添えになって身体を殴られることはなかったが、訳が分からぬまま、私は気が動転したまま口をパクパクさせていた。
でも、力強い声で名前を呼ばれてようやく私は正気に戻った。
「え……はい。でもどうして私の名前を」
「今はこのホテルから出ることだけを考えていればいい。
さぁ、早くするんだ。心配している人が、待っている人が大勢いるだろう」
優しくて……頼りある……素っ気ない口ぶりの中にある温かさ。
そして、目の前に助けに来たという男性の真剣な声が耳元まで響くと、私はその身体に染みついた絵の具の匂いを感じ取った。
そうだ……そうだったんだ。
私はこの瞬間に全てに気付いた。
過去の記憶が蘇り、一気に目が覚めて覚醒するような感覚。
手を差し伸べてくれるこの人は信じてもいい人だと、直感が、経験が告げている。
このままこの往人さんと行けば坂倉さんに恨まれることになる。それが分かっているのに、私の心は沸騰したように湧き上がり、運命の巡り会わせを感じて歓喜に震えていた。
「はい……お願いします、桜井往人さん!」
私は目一杯の勇気を振り絞って、あの日を再現するように男性の上腕を掴んだ。間違いない……大学入試の日、困り果てていた私を助けてくれた程よい肉付きをした逞しい上腕部の感覚だ。
「それでいい、今は余計なことを考えず、ここから出ることだけを考えるんだ」
私は往人さんに支えられて立ち上がり、坂倉さんから背を向いた。
信じられる人がそばにいる。ただそれだけで恐怖心は感じなくなった。
「お前たち!! こんなことが許されると思っているのかっ!!
後悔することになるぞ。
どうしてお前なんだ往人!!
同じ障がいを持つ同士だから同情しているのか?!
それとも、俺の女を奪いに来たのか?!
答えろ!! 桜井往人!!」
「冗談じゃすまないこともあるんだよ……。
何でも自分のものになると思うな。
そんなに都合よく世の中は出来ていない」
「偉そうな口を……許さんぞっ!!」
「許すも許さないもないさ。俺はこの子を助けに来ただけだからな」
助けにきてくれた往人さんは男らしく言い放ち、坂倉さん相手に臆することなく立ち向かって一喝する。
怒りに打ち震える坂倉さんにも動じることなく、はっきりと意思表明をした。
今はもう往人さんを信じる他ない。そうして私は往人さんに付いて行く形でホテルを後にした。