私の世界は産まれた時から真っ黒に包まれていた。
他の人と私は違うと教えられた時のことはもう覚えていない。
同じになれることはないと教えられたことも同様だ。
違和感があったのかなかったのか否か、それも今では分からない。
子どもの頃からいつも怖くならないように想像力を働かせたり、音楽やオーディオブックを聞いていた。見えないことだけが私の生きにくさではなかったのもあったと思う。外を出歩かず静かに部屋に籠って過ごすことが多かった。
目が見えなくても大丈夫だと思えたのはいつからだろう。
それは、どうせ見えないからという諦めではなかったと思う。
可哀想な自分を乗り越えて、もっと前向きな……世界の広さを、美しさを感じた瞬間だったはずだ。
*
壇上から降り、自由になった私は人混みを避けるようにキャンパスを後にして、パーティードレスを着たまま喫茶さきがけへ逃げるように向かった。
フェロッソだけでなく、ミスコンテストを見守ってくれた静江さんと恵美ちゃんも一緒だった。
「本当に打ち上げパーティーに行くの?」
私が無言を貫いたままピアノの演奏をした後で席に着くと静江さんは心配そうに聞いた。
「どうしてもって呼ばれてますから」
本当は行きたくなかったが、後々遺恨を残されないために私は参加を決めた。来年はミスコンに出ないことを決めている以上、断りづらいのもあった。
「でも……学祭の打ち上げパーティーでホテルって……心配だよ」
恵美ちゃんも静江さんと同じように心配でたまらないようだった。
代わってくれるなら、本当は代わってほしいくらいだが、ホテルでの打ち上パーティーに招待されている人は限られる。
その中でもミスコンファイナリストは招待客にとって特別に飾り付けられた華ということらしい。注目の的になってしまうことに変わりない。
何が行われるのか詳しくは知らないが、毎年の恒例となっているそうだ。
「心配しないで、フェロッソも連れて行っていいって坂倉さんから許可取ってるから。他のファイナリストも同席してるんだから、心配するようなことはないよ」
私が説得しても、二人は納得していない様子で同じ席から離れようとしなかった。
心配してくれたのは喫茶さきがけの人々も同じで私は料理を出されてもほとんど味がしなくて、油断してしまうと吐いてしまいそうなのでほとんど口を付けることが出来なかった。
私は少しでも沈んだ雰囲気を良くしたくて冷たいミルクティーをストローで口に含み、席を立った。
「私ね……嬉しかったよ。少しでも興味を持ってもらえて。
こんな人も同じキャンパスの中にいるんだって知ってもらえたこと。
多様性のある社会って言われてるくらい、学内でも本当に色んな人が自分の個性を生かして頑張ってる。
たとえハンデがあっても大学生活を送れるって勇気を与えられたから」
私が頑張れば他の誰かの助けになる。サポートスタッフを使って通いやすくなる。
誰かのサポートを受けることは恥ずかしいことじゃない。
助け合っていくことでみんなが笑顔になれる。
私は同じような障がいを持つ人に諦めて欲しくない。
だから、立派な姿を見せられて、勇気を与えられたことは光栄なことだった。
「郁恵ちゃんは本当に健気で素敵な女子大生ね。ドレスもとっても似合っているわよ」
後ろから優しくカーディガンを掛けてくれる華鈴さん。
きっと年上の華鈴さんには全部お見通しなのだ、私が怯えていて何とか勇気を振り絞っていることも。
「ありがとうございます……華鈴さん」
この場で泣き出しそうになるのを堪えて私は感謝の気持ちを伝えた。
乱れていた髪をもう一度綺麗に結んでくれる静江さん。
打ち上げパーティー会場に行く前にミスコン会場の時とは違う心の震えが身体を襲っていた。
「分かっているわ。それでも行くというなら、止めはしないわ。
でも、ちゃんと帰ってきなさいよ。心配してくれる人があなたには大勢いるんだから、私も含めてね」
「はい、分かっています。楽しんできますよ、だってせっかくの豪華なパーティですから」
誰もホテルで豪華なディナーが出ると言っても羨ましいとは言わなかったが、それでも私は笑顔を崩さずここを発ちたかった。
静江さんと一緒に選んだ薄ピンク色のエレガントで可愛いドレス。
歩きづらく慣れない格好だったがとても似合っていると褒めてくれて嬉しかった。
半袖で陽が落ちて来るとひんやりと肌寒く感じたが、カーディガンを着ると心の震えと一緒に落ち着いてくれた。
私はハンドバッグを掴んで喫茶さきがけを後にして、パーティー会場へと向かった。
華鈴さんに着せてもらったカーディガンの中には、こっそり防犯ブザーが入れられていた。
他の人と私は違うと教えられた時のことはもう覚えていない。
同じになれることはないと教えられたことも同様だ。
違和感があったのかなかったのか否か、それも今では分からない。
子どもの頃からいつも怖くならないように想像力を働かせたり、音楽やオーディオブックを聞いていた。見えないことだけが私の生きにくさではなかったのもあったと思う。外を出歩かず静かに部屋に籠って過ごすことが多かった。
目が見えなくても大丈夫だと思えたのはいつからだろう。
それは、どうせ見えないからという諦めではなかったと思う。
可哀想な自分を乗り越えて、もっと前向きな……世界の広さを、美しさを感じた瞬間だったはずだ。
*
壇上から降り、自由になった私は人混みを避けるようにキャンパスを後にして、パーティードレスを着たまま喫茶さきがけへ逃げるように向かった。
フェロッソだけでなく、ミスコンテストを見守ってくれた静江さんと恵美ちゃんも一緒だった。
「本当に打ち上げパーティーに行くの?」
私が無言を貫いたままピアノの演奏をした後で席に着くと静江さんは心配そうに聞いた。
「どうしてもって呼ばれてますから」
本当は行きたくなかったが、後々遺恨を残されないために私は参加を決めた。来年はミスコンに出ないことを決めている以上、断りづらいのもあった。
「でも……学祭の打ち上げパーティーでホテルって……心配だよ」
恵美ちゃんも静江さんと同じように心配でたまらないようだった。
代わってくれるなら、本当は代わってほしいくらいだが、ホテルでの打ち上パーティーに招待されている人は限られる。
その中でもミスコンファイナリストは招待客にとって特別に飾り付けられた華ということらしい。注目の的になってしまうことに変わりない。
何が行われるのか詳しくは知らないが、毎年の恒例となっているそうだ。
「心配しないで、フェロッソも連れて行っていいって坂倉さんから許可取ってるから。他のファイナリストも同席してるんだから、心配するようなことはないよ」
私が説得しても、二人は納得していない様子で同じ席から離れようとしなかった。
心配してくれたのは喫茶さきがけの人々も同じで私は料理を出されてもほとんど味がしなくて、油断してしまうと吐いてしまいそうなのでほとんど口を付けることが出来なかった。
私は少しでも沈んだ雰囲気を良くしたくて冷たいミルクティーをストローで口に含み、席を立った。
「私ね……嬉しかったよ。少しでも興味を持ってもらえて。
こんな人も同じキャンパスの中にいるんだって知ってもらえたこと。
多様性のある社会って言われてるくらい、学内でも本当に色んな人が自分の個性を生かして頑張ってる。
たとえハンデがあっても大学生活を送れるって勇気を与えられたから」
私が頑張れば他の誰かの助けになる。サポートスタッフを使って通いやすくなる。
誰かのサポートを受けることは恥ずかしいことじゃない。
助け合っていくことでみんなが笑顔になれる。
私は同じような障がいを持つ人に諦めて欲しくない。
だから、立派な姿を見せられて、勇気を与えられたことは光栄なことだった。
「郁恵ちゃんは本当に健気で素敵な女子大生ね。ドレスもとっても似合っているわよ」
後ろから優しくカーディガンを掛けてくれる華鈴さん。
きっと年上の華鈴さんには全部お見通しなのだ、私が怯えていて何とか勇気を振り絞っていることも。
「ありがとうございます……華鈴さん」
この場で泣き出しそうになるのを堪えて私は感謝の気持ちを伝えた。
乱れていた髪をもう一度綺麗に結んでくれる静江さん。
打ち上げパーティー会場に行く前にミスコン会場の時とは違う心の震えが身体を襲っていた。
「分かっているわ。それでも行くというなら、止めはしないわ。
でも、ちゃんと帰ってきなさいよ。心配してくれる人があなたには大勢いるんだから、私も含めてね」
「はい、分かっています。楽しんできますよ、だってせっかくの豪華なパーティですから」
誰もホテルで豪華なディナーが出ると言っても羨ましいとは言わなかったが、それでも私は笑顔を崩さずここを発ちたかった。
静江さんと一緒に選んだ薄ピンク色のエレガントで可愛いドレス。
歩きづらく慣れない格好だったがとても似合っていると褒めてくれて嬉しかった。
半袖で陽が落ちて来るとひんやりと肌寒く感じたが、カーディガンを着ると心の震えと一緒に落ち着いてくれた。
私はハンドバッグを掴んで喫茶さきがけを後にして、パーティー会場へと向かった。
華鈴さんに着せてもらったカーディガンの中には、こっそり防犯ブザーが入れられていた。