私は迷っていたが最終的にミスコン応募のために撮影会へ参加することに決めた。
 当日は静江さんに付いてきてもらい、撮影会場の教室まで向かった。
 ヘアバンドを付けて、自分に大丈夫だからと言い聞かせながら歩いた。
 学祭の準備などで使っている会議室が撮影会場になっていて、隣の教室が控室兼メイク室になっていた。

 どうして参加することに決めたのか、心底不思議そうにしている静江さんと控え室にいると撮影の順番が回ってきて、私は静江さんが代わりに見守っていてくれるのでフェロッソを控え室にお座りさせてスタッフの案内を受けた。

 指定された席まで案内されて着席すると簡単なポージングの指示を受ける。ギラギラとした眩しい照明の熱を感じ、緊張気味のまま座っているとシャッター音が鳴り始める。

 声を聞くだけではどんな感想を抱いているのか分からない。シャッターを切るカメラマンから見て私はどんな風に映っているのだろうか……黙って指示通りに撮影に応じていると疑問ばかりが頭を支配してくる。

「私はここに来ていいような人間なんでしょうか……?」

「坂倉先輩の推薦なんでしょ? 自分に自信を持ちなよ」

 私の本当の気持ちなど考えることなく平然と返事を返すカメラマンの男性。欲しかった回答とはあまりにかけ離れていたので私は押し黙った。 

 坂倉さんや鏡沢さんも同室で見つめる中、撮影は続いて行く。
 参加者は私の予想よりも多く、待っている参加者もいるため、無駄口を交わすことなくテキパキと撮影は続けられた。

「そんなにあなたが惚れ込む器かしら?
 物珍しさで投票する人はいるでしょうけど」

「いいだろう? イレギュラーな被写体がいるのは退屈凌ぎにはちょうどいいじゃないか」

「それにしたって、あなたのその熱視線は気味が悪いわよ」

 間髪入れずに指示とシャッター音がするため、身動きが取れないでいると遠くから二人の声が小さく聞こえた。恐らく教室の端の方で眺めているのだろう。
 二人はどこに行っても変わらず仲が良い。付き合っているのだから当然と言えば当然だが、私は鏡沢さんから嫉妬の目を向けられているようで複雑な心境になった。


 私は昔から外見を褒めてくれるのはお世辞だと思ってた。
 自分のことが見えない私が自分を不細工だなんて思うことはない。その反対に美人だと思うこともない。それは自分で証明しようのないことだからだ。

 だから、私の喜ばせようとしてくれる人は褒めてくれる。それはスキンシップであったりご機嫌取りのようなことだと思っていた。

 でも……そうでないとしたら?

 恵美ちゃんが言うように、私は自分の魅力に気付いていないんだとしたら?
 そんなことは考えないようにして来たけど、自分のことに盲目だったのだとしたら?

 だとしたら私は知らないといけない……客観的に見て、私がどう人々から見えるのか。どう見られているのか。その評価を知らないといけない。

 それは、私がこれからどう振舞って生きていくのかに深く関わって来ることだから。

 もう……私は籠の中の鳥じゃない。
 この世界に飛び立っていくのだから。

 そのために知らないと。知らないフリをやめないと。気づかないフリはやめにしないと。
 そうしないと、私は誰かに傷つけられる度に、その誰かを恨んでしまうから。

 世界に飛び立っていくことを決めた以上、自分に魅力があるのかを知って、必要な分の自衛をしないといけない。

 それが、周りの女性の多くが自然と理解して振舞っている、この世界に生きための振る舞いなのだから。


 時間にして十分(じゅっぷん)もせずに撮影が無事に終わり、私は緊張のあまりフラフラしながら立ち上がった。
 
「よく参加してくれたものだ、感謝するよ」

「全部、自分で決めたことです」

 坂倉さんに手を差し伸べられ抱きかかえられそうになり、私は身体に力を込めて何とか振り払って自分の力で姿勢を正した。

「そうか、結果はフレーバー祭で出る。期待して待っていてくれたまえ」

 毎年盛り上がりを見せるという学園祭に当たるフレーバー祭。期待するようなことは何もないが、私はとりあえずここを早く離れたい一心で頷いて見せた。

「本当にご執心ね。結果はやる前から見えているものだから。後でがっかりするのも悪いから、あまり期待しない方がいいわよ。人間ってあなたが思っている以上に愚かしいものよ」

 隣に立つ鏡沢さんは坂倉さんと反対のことを口にする。
 私の前では本音を口にしているように感じるのは隣に坂倉さんがいるからなのだろう。あまり好意的に見られていないのは複雑な心境だった。

 こうして何事もないまま撮影会は終わり、私は寮室に着いて靴を脱ぐと、そのまますぐに座り込んでフェロッソに抱きついた。

「馬鹿みたいなことに付き合わせてゴメンね……フェロッソ」

 自分で思っていたよりずっと虚勢を張っていて怖かったのだろう。
 もう私もあの場にいた人たちも子どもではない。誰がどんな欲望や邪念を秘めて見つめているか分からない。
 被写体にされ、カメラマンの指示に従って撮影されている間、自分が酷く惨めで無防備な姿でいるように感じられた。
 
 自分のことを知りたいと思う知的好奇心に負けた自分。
 結果が楽しみというより、本当は知るのが怖いという気持ちの方が勝っていた。それでも、抗うことが出来ず坂倉さんの計画に乗せられていた私自身を少し怖く感じた。

 やっぱり……静江さんも心配してくれたけど、私には警戒心が無さすぎるのだろうか? 人を信じすぎているのだろうか……。

 衝動的にギュッとフェロッソを強く抱き締めた。
 私の気持ちが伝わったのか、フェロッソの舌がペロペロと私の頬を撫でた。
 
「私の勝手で始めたことなのに慰めてくれるなんて……いつもありがとうだよ、フェロッソ」
 
 いつも頼れる、私の傍にいてくれる大切な相棒。
 私はフェロッソの傍にいるだけで恐怖という感情を忘れられる。
 一人で暮らしていても、一人で出掛けていても心細くなんてない。
 フェロッソが隣にいてくれるから、私は不安なく外の世界を歩いていられるのだ。

「ずっと一緒だから……一緒に卒業しようね。約束だよ、フェロッソ」

 私は涙声で囁いて、暖かくて大きな背中を撫でた。

 瞳から零れ、頬を伝って流れていく涙。私の身体は小刻みに震えていた。

 これから始まる試験期間が終われば、長い夏休みが始まる。

 その時は、フェロッソを連れてゆっくり父のいるオーストラリアで過ごそうと、私は密かに決めた。