「不細工で太ったあたしを見る目はいつだって冷ややかで冷たかった。頑張って痩せようとしたって、上手くいかなかった。整形する勇気も沸かなかった。不遇な扱いをされるのはあたしのせいじゃない、悪口を叩く奴らのせいだ。産んだ親を恨んでも仕方ないからそう思ってあたしは生きてきた。

 日本は特に外見で人を判断する国だ。あたしのような人間には誰も興味を示さない、郁恵は誰からも優しくされているから気付かないかもしれない。でもあたしはそこにいるだけで邪魔者扱いだった。

 運動神経も悪くて根暗で人の足を引っ張ることも多くて泣き虫で、生身のあたしに接してくれて、話し相手になってくれる人なんていなかった。
 いつも無視されるか可哀想な目で見られる、惨めなあたしだった。

 でも、郁恵なら、目の見えない郁恵ならあたしの傍にいてくれると思った。

 ねぇ……分かったでしょう?
 あたしは醜いアヒルの子、誰にも愛されることない呪われた子なの」

 外見を揶揄(やゆ)され、これまで多くの不遇な境遇を受け、差別されてきたと話す恵美ちゃん。
 だからといって身体を許していい理由にはならないが、私にはそれが悲しい告白に聞こえた。

「そんなことないよ……恵美ちゃんは優しくていい人だよ!」

 私は大切なことに気付いて欲しくて懸命に声を上げる。
 嘆いているばかりでは前は見えない。ずっと暗闇に閉ざされてしまう。
 だから、私は友達になってくれた恵美ちゃんに訴えかける。
 出来る限りの想いを込めて。

「そんなのは……郁恵に近づくための演技だよ。ただ好かれるためにいい人を演じてきただけ。本当のあたしは醜くて欲深い、モテる女を恨んでならない穢れた女なのよ」

「好きな人のために良い印象を持たれたいのは悪いことじゃないよ。
 外見だって関係ない。
 あなたはあなた自身の魅力で人と付き合っていけばいいんだよ。
 私だって……私だって、人に見せないだけで今まで辛いことはたくさんあった。
 でも、恵美ちゃんにも出会えた。優しくしてもらえた。
 それは、とても嬉しいことだったよ。
 友達だったら相手が傷つくようなことはしない、恵美ちゃんだって分かってるはずだよ!」

「あたし……嫉妬してたよ。
 ミスコン委員会の人が話しかけてきた時。
 あの人たちはずっと郁恵を見てた。あたしのことなんて眼中にない感じで。
 酷い扱いの違いだって思った。
 郁恵のことを汚してやりたいって思った。
 だって郁恵は自分の魅力に気付いていないんだから。
 あたしにはない魅力を全部持っていて、本当に嫌になるよ……」

 本音を曝け出す恵美ちゃん。
 そこにはこんな自分は嫌だという気持ちもはっきりと込められていた。

 段々と力を抜いて、体重を掛けていた身体を起こしてくれる恵美ちゃん。
 興奮していた感情は収まり、脱力しているようだった。
 
 私は何とかまともに呼吸が出来るようになり、身体を起こして恵美ちゃんがすぐそばにいることを感じながらベッドに座った。

 身体に染みついた不快感は残っていても。
 もう……恵美ちゃんの気持ちを十分に知った私からは恐怖心が無くなっていた。
 
「ごめんね……私は自分に自信なんて持てない。
 私の目は自分を見ることも出来ないから。
 だから、恵美ちゃんがそんな風に思っていたことなんて気付かなかった。
 でもね、恵美ちゃんがいてくれること、いつも感謝してるのは本当なんだ。
 それだけは信じて欲しいよ……」

「あたしもそうよ。郁恵がいてくれて感謝してる。
 毎日大学に行くのだって郁恵が話し相手になってくれて隣にいてくれるからよ。
 目の見えない相手と話せるのはあたしにとって安心できる存在だった。
 だって、あたしは醜い自分を見られたくないからさ……。
 だから感謝してるよ、郁恵……」

「うん、ありがとう……。
 大丈夫だよ、あたしの気持ちは変わらないよ。
 だから、いつも通りの私達でいよう。
 自分を責めないでいいから……」

 目に映らなくても、心は繋がっていると私は信じたくて、最後まで言葉を尽くした。
 
 正気に戻った恵美ちゃんが私から離れていく。
 玄関が開き、すぐに閉まる音が聞こえて、恵美ちゃんがこの寮室を出て行ってしまったのだと分かった。

 先程まで賑やかだった分、誰もいなくなった部屋は異様なくらいに静かだ。
 心を乱されたが、貞操を守ることの出来た私は布団に潜り、慣れない経験に涙で枕を濡らした。

 父はある時、最初から悪意を持った人間はいないと教えてくれた。
 悪意を抱いてしまうのは世界が歪んでいるせいだと。
 だけど、こうも言った。
 世界が歪んでいることを憎んではならないと。

 私は今日、その言葉の意味が少し分かった気がした。

 明日からはまた、明るい自分に戻ろう。
 それが私にできる最善であり、誠意であって、正しい選択のはずだから。

 長い一日の最後に、私はそう思った。