ソファーで眠るのは快適とは言えないから恵美ちゃんのことが心配だけど、パジャマ姿で私はいつものベッドにペンギンのぬいぐるみを抱えて入る。

 ペンギンに触ったことはないが、鳥類のペンギンは氷の上で暮らしているみたい。海の中でも器用に泳ぎ魚を捕食する。
 鳥なのにニワトリのように空は飛べないけれど、不自由することなく優雅に泳ぎ大勢の仲間たちと共同生活をしている、仲間想いの生き物だ。

 空は飛べなくても上手に泳いで生きていける、ちょっと羨ましい動物だ。

 尖った部位がそれほどなく、抱き心地の良いペンギンの頭を撫でながら、布団に潜って枕に頭を乗せる。
 友達と一緒に過ごし、暖かい気持ちのまま微睡に包まれていく。私なんかには勿体ないくらい、幸せな心地だった。


 静かな陰時間が流れる、一日の終わり。人が寝静まっている間に新しい一日の始まりへと変わる夜の帳。


 微かな足音と何かが軋む音が鳴り、眠っていた意識が戻った。
 友達と騒いだ後だから眠りは浅く、小さな物音でも目を覚ましてしまったようだ。

 
 恵美ちゃんが起きて、お手洗いに行くのかな?
 最初はそう思った。でも、足音がこちらに近づいて来る気配を察知すると、私は寒気を感じて身体を強張らせた。

 布団がゆっくりと剥がされ、ギュッと掴んでいたペンギンが奪われると無情にも地上へ投げ捨てられる。
 
 そして、私は何が起きたのか分からないまま、身体に圧し掛かってくるような重量感を感じ、一気に息苦しさを覚えた。

「やだっ! 恵美ちゃん?!」
「やっぱり一緒に寝ようよ、いいでしょ?」

 さっきまでと抑揚は変わっていないのに、その第一声を私は恐ろしく感じた。
 嘘だと思いたいが、私に襲い掛かってきているのはソファーで寝ているはずの恵美ちゃんだった。

「私のペンギンさん……」
「いいじゃない。ねぇ、一度触れてみたかったの、郁恵の身体。
 柔らかくて程よい肉感で、中身はどれくらい成長してるのかなって、会うたびにずっと気になってた」

 そんな欲望が恵美ちゃんにあったのかなんて考える間もなく、一度体重をかけて身体を押さえつけられると体格差でまるで引き剥がすことが出来ない。
 私は腕を振って何とか拒絶しようとするが、それもすぐに手首を強く握られ、痛みのあまり抵抗を止めてしまう。

「ダメだよ……女の子同士ですることじゃないよ」
「そうかな? 最初は慣れないかもしれないけど他愛のないスキンシップじゃない。男とするよりもずっと怖くないはずだよ」
「そんなの……分からないよ!」

 息苦しさで意識が遠のいていく中、私は耐え切れず大声を上げる。
 だが、強く抵抗すればそれに反応してより強い力で身体を押さえつけられてしまう状況では、大人しく諦めて力を抜くしかない。
 でも、誰とも身体を合わせたことのない私は何とか声を上げて、この嫌悪感に耐えながら恵美ちゃんを説得する他なかった。

「郁恵もあたしを拒絶するの? あたしのような人間には触れられたくない?」
「そういうことじゃないよ……お願い、苦しいから降りてよ。このままじゃ息苦しくて死んじゃうよ……」
「こんなことで人は死んだりしないよ。それよりもっと触らせてよ」

 涙声で訴える私。だけど、人格が変わったかのように気が狂い、私の身体を虐げる恵美ちゃんは私の悲鳴など聞こうともしなかった。
 冗談だと言って欲しい、気の迷いだったと目を覚まして身体を離してほしい。そう思う私の想いを裏切り、恵美ちゃんの言葉は続く。

「そうだね、あたしはこんな身体だから誰にも見向きもされないんだよ。
 分かってくれた? 分かってくれるはずないか、郁恵にはあたしのことなんて分からないよね。だって見えてないんだから」

 抵抗を失くした私の腹部や太ももを撫で回し、胸に触れている恵美ちゃんは満足げにすることなく、ただ自分の恵まれない体格を嘆いていた。
 
 恵美ちゃんの身体が大きいことは口にしなくても自覚していたが、それは感覚的な印象でしかなかった。

 触れたわけではない、触れようと思ったことはない。
 何となく、恵美ちゃんは自分の容姿について触れて来なかったから。
 傷つけないようにと、私は気付かないふりをしてきた。
 だって、そこまで恵美ちゃんが”自分のことを嫌いだなんて”思わなかったから。

 そして、正気を失ったように恵美ちゃんは憎しみを抱いた調子で語り始めた。