「どうして……夢を見ていたの……」

 身体がまだ重たく感じるが、徐々に意識が戻って来る。
 微かに夢を見ていたような気がして、いつの間にか自分が書いた絵本の物語に肉体ごと没入していたような感覚がした。

 布団の上で眠っていたみたいだ。私は何とか力を入れ、身体を起こして状況を確かめる。

 四肢を動かすと点滴の針が右腕に刺さっている感覚がちくりとした。あまりに身体にフィットした病衣、暖房の入った暖かい空気、そのどれもが私にはひどく懐かしかった。

「私……生きてるんだ……」

 現実感のない目覚めに生きていることさえ疑いを持ってしまう。
 あれから一体どれだけの時間、眠っていたのかは分からなかった。

「身体が重い……病院は嫌だよ、早く往人さんのところに帰りたいなぁ……」

 情報収集する手段であるスマートフォンも失くしてしまい、一人病室にいると不安に駆られてしまう私がいた。

 フェロッソが交通事故に遭ったことも往人さんに抱きかかえられて助けられた事もはっきりと覚えているが、その間の記憶を掘り起こそうとすると頭痛がして頭がクラクラした。

「郁恵さん、目を覚ましたのね」

 巡回している看護師さんの優しい声掛けが耳に届いた。

「嘘……その声は奈美(なみ)さんですか?」

 声がした方を向いて私は聞いた。
 長い入院生活でお世話になったあまりに懐かしい声を聞いて私は驚きでいっぱいになった。

「ええそうよ、大変だったわね。もう大丈夫よ」

 手を優しく握ってくれる看護師さん。
 あぁ…間違いない、この感触は佐々倉奈美(ささくらなみ)さんの手だ。
 この手に支えられていた頃のことが今にも蘇ってくるようだった。

「懐かしい匂いがすると思ったら…そうだったんですね。
 また、戻って来たんだ……私は生きているんですよね?」

 感傷を覚える程にあれから時が過ぎている。
 まだここが現実かどうか疑いが解けない私はつい奈美さんにまで聞いてしまった。

「もちろんよ。今日は十二月二十六日、あなたは今日の早朝にこの病院に搬送されてきたのよ。
 郁恵さんとまた会うことになるなんて驚いたわ。本当に大きくなったわね」

「それは……あれから六年は過ぎてますから。大きくなりますよ」

 半日以上、眠っていたのかと思うと往人さんがこの場にいないのも納得だった。

 まだ奈美さんがこの病院の看護師を続けていることにも驚かされた私はやっと気持ちを落ち着かせることができた。
 
 あの時の凍えそうなほどの寒さも、冷たい海水に濡れた突き刺さるような感覚だって今でも思い出せる。
 だから、私は全て本当にあった出来事だと受け入れることができた。

 一息ついて、思考を巡らせた私は恐ろしいことに気付き、それを奈美さんに告白した。

「奈美さん、一つ分かったことがあります、
 あの日、私を砂絵の世界へと導いたのは真美じゃなかったんです」

 きっと、普通はこんなことを言っても誰も信じてはもらえないだろう。
 それが医療従事者であればなおのことだ。

 でも、遺体となった真美に会わせてくれた奈美さんなら違う観点から見てくれるかもしれない。
 そんな願望があったからこそ、私は告白した。
 だって、私が狂っているというなら、あの時に起こった奇跡だって全部幻になってしまうから。
 それは、受け入れたくないと心から思った。