やがて島から脱出する決行の日を迎えました。
 まだ日が昇るには早い夜明け前。
 二人は旅支度をすませて手をつないで小屋を抜け出しました。

「ドキドキするね……もう、ここには帰って来ないんだ」
「帰ってくる必要なんてないのよ。牧場の主はあたしたちを利用してきた悪い人なんだから」
「本当にそうなのかな……私は佳代みたいに賢くないから分からないよ」
「今は考えなくていいわ。海岸に小舟を用意してるから行くわよ」
「うん、道案内をお願い」

 佳代にとっては牧場の主がどれだけ子どもたちを利用してきたのか実感していました。
 
 ですが、動物たちのお世話をすることを楽しんできた小夜にとっては、この島の動物たちに別れを告げるのには最後まで迷いがあったのです。
 
 佳代と小夜は足音をさせないように、静かに息をひそめて歩いて行きます。
 
 牧場には大きくの子どもたちがいて、牧場の主もいましたが気付かれることなく無事に牧場を抜け出すことに成功しました。

 
 牧場を出て、しばらく草原を歩いていった二人は追手もなく、日の出を迎える頃に海岸に無事たどり着きました。

 そこには広大な砂浜があり、果てが見えないほどずっと先まで青い海が広がっていました。

「潮の香りがするね」
「海がすぐそばにあるのよ」
「うん、波の音が聞こえる。佳代の言った通り、本当に海まで来たのね」
「そうよ、この海を超えればもっと大きな世界が広がっているわ」

 穏やかな波の音が聞こえ、小夜は海をすぐそばに感じました。
 涼しい風を受け、島での日々に別れを告げようとしていた時、佳代は思わぬことを小夜に語り始めました。

「ねぇ……小夜。本当のあなたはアンドロイドなの。
 戦争で傷ついてしまったあなたをこの牧場の主は引き取った。もちろん動物たちのお世話をさせるためよ。
 そしてこの島にやって来たあなたは記憶を奪われ、両目をくり抜かれてしまったのよ。
 この島から決して抜け出せないようにするためにね」

「えっ? 一体何を言ってるの? 佳代?」

「最後なんだから、ちゃんと耳をすませて聞きなさい」

 小夜は一体何の話をしているのか分かりませんでした。
 でも、とても真剣な目で見てくる佳代の態度を見て、しっかり話しを聞こうと集中しました。

「だから……この島をもし抜け出せても良い人に巡り合えないと人間としては扱ってくれないかもね。
 ごめんなさい、あなたと出会えてよかったわ」

「なんで……なんでそんなことを言うの……私は見えないことなんて気にしない。目が欲しいなんて思わないよ」

「分かっているわ。だから、あなたはここにいるべきではないのよ」

 佳代は小夜の手を握り、小夜を小舟に乗せて手を離しました。

「さぁ……目を覚ましなさい。
 小夜には立派な羽が生えているんだから。
 自分の力で羽ばたいていけるわ」

「やだっ! どうして……いかないで!! 佳代っ!!」

 小夜はもう一度手をつなごうと必死に手を伸ばしますが、小舟はどんどん砂浜から離れていきます。


「小夜……空を飛べるあなたはこの世界で一番自由になれるのよ、頑張りなさい。
 あなたと出会えてよかったわ、さようなら」


 遠ざかる佳代の声を聞きながら、小夜は目にいっぱいの涙を溜めて、悲しみがあふれていき膝を抱えてしまいました。
 

「佳代が消えてしまう……私の前から消えてしまう……いやだよ。
 そんなの嫌だよっ!!」


 悲しみが押し寄せていき、佳代の気配を感じられなくなると、小夜はついに意識を失ってしまいました。



「あれ……ここは」

 小夜が声を漏らして身体を起こすと、そこは小舟の上ではなくベッドの上でした。
 
 目を覚ました小夜は看護師さんから話しを聞き、今までのことが全て夢であったことを知りました。

 果たして悪い夢だったのか分かりませんが、しかし自分が人間であることを知った小夜はたとえ目が見えなくても、自分に出来ることがたくさんあることを学んだことを思い出しました。

「ありがとう佳代、空はまだ飛べないけど、佳代のおかげで私はやっと自由になれたよ」

 振り返れば確かに現実感のない夢のような時間だったと、そんな風に小夜は思い、佳代はいつも自分のことをはげましてくれたと勇気づけられました。

 佳代のおかげで島の外に出ることができたと考えを改めることにした小夜は、前を向いて生きて行こうと歩みを始めるのでした。

 (『空を飛べたら』25ー32ページ)