『5時に渋谷で待ち合わせな』

妻からLINEが来て、俺はそわそわしながら駅へと向かった。
(シャツは裏表逆に着て…ないな、ズボンのチャックもOK、と)

フリーランスの仕事をしてる俺は私服に自信が無い。
朝、妻がざっと着るものをコーディネートしておいてくれたのには、さすが、と思った。

家の鍵も閉めたしICカードも持った。財布の中身も問題ない。

慣れない駅構内で右往左往し、やっとの思いで待ち合わせ場所を見つける。
忠犬の銅像前でスマホを見ながら俺を待っていたのは、3つボタンのクラシックスタイルなスーツを着こなしたすらっと背の高い男。いつ見ても見惚れる。

「すまん、待たせた」
俺が声を掛けると、その男─妻─はまたかというように少し冷たい視線を俺に投げかけた。うう。でもその冷ややかな眼差しも格好良くて好きだ。

「入場制限があるんだ。遅れるなと言っただろう」
「ほんとすまん。すぐ行こう」

その店の前は、ネットで配布された整理券を持った客が長蛇の列を作っていた。俺達ももちろん事前に入手した整理券番号を手にその列に並ぶ。
列は…98%女性だ。男は俺達2人のみ。いつものごとくチラチラと見られるが、妻は気にすることなく手渡されたメニューを見ながら注文の確認をしていた。そういうところも男前で愛してる。

「お前もすぐに頼めるようにしておけ」
妻がビジネスライクな口調で言う。慌てて俺もお目当てのメニューを口の中で諳んじた。
(中津川産栗きんとんのモンブラン)

1日限定20食。メニューの事前予約は不可。
だが俺は確信していた、必ず口にすることができると。なぜなら、妻と一緒だときまって狙っていたスイーツがゲットできるのだ。

おそらく妻はなんらかの特殊能力を持っている。そう俺が言うと、妻からは
「バカかお前は」
と一蹴されるが。
だが自信を持って言おう。妻にはスイーツを引き寄せる能力がある。

少しずつ列が進み、やっと俺達の番が来た。

メニューを回収に来たスタッフにあらかじめ注文しておいたので、席に座って間もなくモンブランと抹茶パフェがやってきた。可愛らしい店内に不釣り合いな大男2人がスイーツに挑む姿に、視線が一斉に集まる。どうだ、いいだろう。俺は今、愛する妻とデート中だ。

いっちょ見せつけてやるか。なぁ、
「お前のもひと口くれ」
「勝手に取っていけ」
「あーん」
「は?」
「あーーーん!!」

妻は嫌そうな顔をしながらも自分のスプーンで抹茶アイスをすくった。
俺は口を大きく開けながら、その瞬間を待つ。

甘いものに目がない妻と俺との出会いは運命だったのだ。これはもう妻の特殊能力と俺の運の良さの賜物だろうな。

さて、来週はどこで妻と待ち合わせしようか。


おわり。