今朝も朝ご飯を食べずに会社へ来た。
メールのチェックをしながら、エネルギー補給用のゼリー飲料を口の中に搾り出す。最後まで綺麗に吸いきれないのがちょっと悔しい。
いつも旨い朝ご飯を作ってくれていた同居人は、彼女ができたと半年前にマンションを出て行った。最近やっとその彼女と同棲を始めたらしい。
「そろそろ結婚しようかと思ってる」
元同居人から浮かれたLINEが来て、
「ご祝儀は親友割引でいいか?」と返したら
「お前ってホント昔っからそうだよな」
とドン引きしたような返信が来たのは狙い通りだ。オレは世話の焼けるちょっと空気の読めない親友、という立ち位置を今でもしっかり守っている。
半年前まで、オレが起きてくる頃にはテーブルの上に旨い朝ご飯が出来上がっていた。
焦げ気味のトーストに目玉焼きを載せた「パズーのパン」。
炊き立ての白飯を手塩で握った「ハクの握り飯」。
え、パンにしめ鯖??「美味しんぼのしめ鯖サンドだ、騙されたと思って食べてみ」
元同居人はマンガ飯を再現するのが得意だった。
オレが持ち込んだ天井まであるマンガ書棚に
「お前なぁ、マンガにかける金があるなら、食費に回せよ」
とあきれ顔をされたのを覚えている。
朝はコーヒーのみ、昼はコンビニ飯、夜はカップラという食にはまるで無頓着なオレに、
「朝くらいはちゃんと食え。ほら、これなんだか分かるか?」
「おおおお!ザンジのチャーハンじゃねえか!!」
「そうだ。あっさりめにしたから、朝でも食えるぞ」
と、ワンピースのマンガ飯を作ってくれたのがきっかけで、オレの美味い朝ご飯ライフが始まったんだった。
実際めちゃくちゃ美味かったしテンションがあがったのは事実だったが、何より元同居人がオレのために作ってくれた、ということが嬉しかった。
今は彼女に作ってやってるんだろうか。
オレがその元同居人の事を学生の頃から好きだった、というのは勿論誰も知らない。
「さて、と」
ひとつ大きく伸びをして、ノートPCを閉じる。
今日はこれから後輩と取引先に行かなくちゃいけないんだが、もう始業時間だってのにヤツはまだ顔を見せていない。
(おいおい、大丈夫かよ)
ギリギリになって後輩がフロアに駆け込んできた。
「ッはよーございますっ」
「おいおい、打ち合わせの準備できてんの?スーツもくちゃくちゃだし、なんか白い毛いっぱい付いてるし」
「あ、すんません、トイレで直してきます」
しっかりしろよな…。オレはまた忙しく走っていく後輩の背中を見ながら、ため息を吐いた。
てかオレも後輩にため息とか、おっさんになったもんだな。まぁそうだよな、結婚とか考える歳だもんな。
「すんませんでした!資料は家でまとめてあるんで、大丈夫…あ、やべ」
「どうした」
「爪の痕が」
「爪?」
「うちの猫がやらかしたみたいっす…気付かなかった。コピーし直してきます」
「おいおい、時間ねーぞ」
「すんません!先エントランス行ってて下さい!」
猫?ああ、だからスーツに毛が引っ付いてたのか。
後輩が家に帰ると、猫が待ってるのか。
ちょっとうらやましい。いや、猫は喋らないし朝ご飯も作ってくれないぞ …何言ってんだオレは。
「出来ました!お待たせしました!」
コピーし直してきた資料を振り回しながら、ヤツがエレベーターから降りて来た。いいから鞄に仕舞えよ、それ。
「遅刻しなかったし商談もうまくいったからよかったけどさ」
「はい…」
「何、お前ん家猫いんの」
「そうなんです!めっちゃ可愛いっすよ、見ます?」
「え、ああ、うん」
昼飯は久しぶりに外食にした。祝勝会と称して、ちょっといい天丼屋で大海老天丼を頼む。待ってる間、ウキウキ♪と音でも聴こえそうなくらいのテンションで、後輩がスマホの画像フォルダを手渡してきた。てか全部で何枚あるんだこれ。フォルダの中身は全部白い猫だ。
「ほんと世話の焼けるやつで。いつもは冷たいくせに朝はかまえかまえって寄ってくるし。なんとか振り切るんですけど、そうするとスネて朝ご飯食べてくんないんですよ」
「…大変そうだな」
「いやでもそこが可愛くて」
「あっそ」
なんか聞いたことあるような猫だな。
「あ、でも前に先輩が会社でヴィダイン飲んでたの見て、あ、そうだこれならと思って、会社行く前に猫にチュールあげたんですよ。そしたらご機嫌でお見送りしてくれました。よかった…」
「チュール?」
「先輩観たことありません?ちゅーるちゅーるちゃお…ってCM」
「あ、あるある。なんかチュルってゼリーみたいなの出すと猫が寄ってくるやつだろ」
「それですそれです」
「あれ、そんなに効果あるのか?」
「美味しいらしくて一生懸命になりますよ。なんか先輩がヴィダイン飲んでた時もすごい一生懸命だったんで、なんかほっこりしちゃいました」
「ほっこりってお前なぁ…人の観察する前に自分の準備」
「あ、天丼来ましたよ!」
調子狂うわ。
パチンと割り箸を割って手を合わせ、いただきます、と後輩は口にした。礼儀は正しいやつだとは思う。オレも口ごもりながらいただきますをした。
「うま!うっま!!先輩美味いですね!!」
「ああ、うん。美味いな」
後輩のペースは止まらず、あっという間に完食した。ご飯粒ひとつ残っていない。見ていて気持ちがいい。
「オレの海老一本食う?」
「や、いいです、美味いから先輩食べてください」
お茶をずぞーっと飲みながら、後輩は満足げにオレを見た。
「先輩今度うち遊びに来てくださいよ、猫可愛いですよ」
「え?」
「チュールあげてみてください。絶対似てるんで」
「誰と」
「先輩とです」
なんか腑に落ちないが、まぁ悪い気はしなかったので
「別にいいけど」
とモゴモゴ返事しておいた。
終わり
メールのチェックをしながら、エネルギー補給用のゼリー飲料を口の中に搾り出す。最後まで綺麗に吸いきれないのがちょっと悔しい。
いつも旨い朝ご飯を作ってくれていた同居人は、彼女ができたと半年前にマンションを出て行った。最近やっとその彼女と同棲を始めたらしい。
「そろそろ結婚しようかと思ってる」
元同居人から浮かれたLINEが来て、
「ご祝儀は親友割引でいいか?」と返したら
「お前ってホント昔っからそうだよな」
とドン引きしたような返信が来たのは狙い通りだ。オレは世話の焼けるちょっと空気の読めない親友、という立ち位置を今でもしっかり守っている。
半年前まで、オレが起きてくる頃にはテーブルの上に旨い朝ご飯が出来上がっていた。
焦げ気味のトーストに目玉焼きを載せた「パズーのパン」。
炊き立ての白飯を手塩で握った「ハクの握り飯」。
え、パンにしめ鯖??「美味しんぼのしめ鯖サンドだ、騙されたと思って食べてみ」
元同居人はマンガ飯を再現するのが得意だった。
オレが持ち込んだ天井まであるマンガ書棚に
「お前なぁ、マンガにかける金があるなら、食費に回せよ」
とあきれ顔をされたのを覚えている。
朝はコーヒーのみ、昼はコンビニ飯、夜はカップラという食にはまるで無頓着なオレに、
「朝くらいはちゃんと食え。ほら、これなんだか分かるか?」
「おおおお!ザンジのチャーハンじゃねえか!!」
「そうだ。あっさりめにしたから、朝でも食えるぞ」
と、ワンピースのマンガ飯を作ってくれたのがきっかけで、オレの美味い朝ご飯ライフが始まったんだった。
実際めちゃくちゃ美味かったしテンションがあがったのは事実だったが、何より元同居人がオレのために作ってくれた、ということが嬉しかった。
今は彼女に作ってやってるんだろうか。
オレがその元同居人の事を学生の頃から好きだった、というのは勿論誰も知らない。
「さて、と」
ひとつ大きく伸びをして、ノートPCを閉じる。
今日はこれから後輩と取引先に行かなくちゃいけないんだが、もう始業時間だってのにヤツはまだ顔を見せていない。
(おいおい、大丈夫かよ)
ギリギリになって後輩がフロアに駆け込んできた。
「ッはよーございますっ」
「おいおい、打ち合わせの準備できてんの?スーツもくちゃくちゃだし、なんか白い毛いっぱい付いてるし」
「あ、すんません、トイレで直してきます」
しっかりしろよな…。オレはまた忙しく走っていく後輩の背中を見ながら、ため息を吐いた。
てかオレも後輩にため息とか、おっさんになったもんだな。まぁそうだよな、結婚とか考える歳だもんな。
「すんませんでした!資料は家でまとめてあるんで、大丈夫…あ、やべ」
「どうした」
「爪の痕が」
「爪?」
「うちの猫がやらかしたみたいっす…気付かなかった。コピーし直してきます」
「おいおい、時間ねーぞ」
「すんません!先エントランス行ってて下さい!」
猫?ああ、だからスーツに毛が引っ付いてたのか。
後輩が家に帰ると、猫が待ってるのか。
ちょっとうらやましい。いや、猫は喋らないし朝ご飯も作ってくれないぞ …何言ってんだオレは。
「出来ました!お待たせしました!」
コピーし直してきた資料を振り回しながら、ヤツがエレベーターから降りて来た。いいから鞄に仕舞えよ、それ。
「遅刻しなかったし商談もうまくいったからよかったけどさ」
「はい…」
「何、お前ん家猫いんの」
「そうなんです!めっちゃ可愛いっすよ、見ます?」
「え、ああ、うん」
昼飯は久しぶりに外食にした。祝勝会と称して、ちょっといい天丼屋で大海老天丼を頼む。待ってる間、ウキウキ♪と音でも聴こえそうなくらいのテンションで、後輩がスマホの画像フォルダを手渡してきた。てか全部で何枚あるんだこれ。フォルダの中身は全部白い猫だ。
「ほんと世話の焼けるやつで。いつもは冷たいくせに朝はかまえかまえって寄ってくるし。なんとか振り切るんですけど、そうするとスネて朝ご飯食べてくんないんですよ」
「…大変そうだな」
「いやでもそこが可愛くて」
「あっそ」
なんか聞いたことあるような猫だな。
「あ、でも前に先輩が会社でヴィダイン飲んでたの見て、あ、そうだこれならと思って、会社行く前に猫にチュールあげたんですよ。そしたらご機嫌でお見送りしてくれました。よかった…」
「チュール?」
「先輩観たことありません?ちゅーるちゅーるちゃお…ってCM」
「あ、あるある。なんかチュルってゼリーみたいなの出すと猫が寄ってくるやつだろ」
「それですそれです」
「あれ、そんなに効果あるのか?」
「美味しいらしくて一生懸命になりますよ。なんか先輩がヴィダイン飲んでた時もすごい一生懸命だったんで、なんかほっこりしちゃいました」
「ほっこりってお前なぁ…人の観察する前に自分の準備」
「あ、天丼来ましたよ!」
調子狂うわ。
パチンと割り箸を割って手を合わせ、いただきます、と後輩は口にした。礼儀は正しいやつだとは思う。オレも口ごもりながらいただきますをした。
「うま!うっま!!先輩美味いですね!!」
「ああ、うん。美味いな」
後輩のペースは止まらず、あっという間に完食した。ご飯粒ひとつ残っていない。見ていて気持ちがいい。
「オレの海老一本食う?」
「や、いいです、美味いから先輩食べてください」
お茶をずぞーっと飲みながら、後輩は満足げにオレを見た。
「先輩今度うち遊びに来てくださいよ、猫可愛いですよ」
「え?」
「チュールあげてみてください。絶対似てるんで」
「誰と」
「先輩とです」
なんか腑に落ちないが、まぁ悪い気はしなかったので
「別にいいけど」
とモゴモゴ返事しておいた。
終わり