脚本が仕上がってからの日々はあっという間だった。
 僕の頭の中のイメージと、実際に双葉や雄太が演じたときの差異があれば、二人と相談しながら細かく調整し、理想と現実をすり合わせた。結局、一番初めの脚本から大きく変わることとなったけど、変えるだけの価値はあったと思う。
 そうした日々を過ごしているうちに気がついたら文化祭の当日になっていたという感じ。僕にできることはすべてやったと思う。だけど、改めて脚本を読み返すともう少し上手くできたのではないかという思いが留まることなく溢れだしてくる。

「なーに緊張してるの!」

 公演会場である体育館の後ろ側の席で脚本を眺めていると、後ろからバンッと背中を叩かれた。隣から顔をのぞかせたのは制服姿の双葉だ。制服姿といっても僕らの高校の制服じゃない。衣装班が頑張ってヒロインのイメージに合わせて一から作ってくれた制服だ。蒼を基調としたスカートが双葉の動きに合わせてひらりと揺れる。

「そりゃあ、緊張もするでしょ」

 公演まではまだ時間があるけど、体育館に設けられた席はじわじわと埋まってきていた。うちの高校の制服と他校の制服が半々くらい。保護者じゃなさそうな大人の姿もちらほら。去年より明らかに埋まるペースは早くて、もしかしたら県大会で優秀賞をとったことも影響しているのかもしれない。このペースなら、公演が始まる頃には席は全て埋まってしまいそうだ。

「でも、今日の拓真は撮影係じゃん」
「だからこそ、見てる側からの反応がよくわかるし。これだけの人に見てもらえるだけの脚本、書けたのかなって」

 人事は尽くしたのだから、後は双葉や雄太たちを信じてここでビデオを構えながら天命を待つしかない。それはわかっているのだけど、緊張するものは仕方ない。
 双葉は一瞬キョトンとしてから、さっきより激しくバンバンと僕の背中を叩く。ちょっと痛いし、何より悪目立ちしてるんだけど。

「大丈夫! だって、風邪ひいてまで拓真が書き上げた脚本だよ!」

 双葉の声は自信満々だった。その前に花火とか色々あると思うけど、僕が風邪をひいたことを強調する双葉に思わず笑ってしまう。むちゃくちゃな理屈だったけど、少しだけ肩の力が抜けた。
 そんな僕の変化を見て取ったのか双葉はふわりと笑ってから、顔をぐっと僕に寄せる。真っすぐな瞳がすぐ目の前にある。

「それでも拓真が不安だったら、私を信じて」

 いつもの双葉とは少し違った囁き声。穏やかで透き通るような声が僕を包む。

「最高の素材をくれたんだもん。私が最高の舞台にしてみせるから」

 静かで高らかな宣言。いつもよりずっと大人びた双葉の表情に思わず息を呑む。
 でも、次の瞬間には双葉はいつもの双葉に戻って、ニッと笑うと近寄せていた顔を元に戻した。
 それからくるっと踵を返すと、パタパタと慌ただしく舞台袖の方に走っていってしまう。

「……それは、反則だって」

 双葉が去り際に置いていったちょっとだけ不器用なウインク。良くも悪くも緊張なんてとんでいってしまった。
 胸の奥に溜まっていた息を吐き出して脚本を閉じ、撮影用のビデオの動作を確認する。双葉が最高の舞台なんて言葉を口にするのを聞くのは初めてだった。
 ここまで来たら、僕にできるのはその舞台をしっかりと記録し、記憶することだ。
 ゆっくりと息を吸う。さっきまでとはまた違った緊張感に包まれるけど、悪くない。もしかしたらこれが花火の夜に双葉が言っていた、ワクワクするということなのかもしれない。

 僕たちの舞台『君が隠した心に色を』の幕が今、開ける。