そこから先は他愛もない話をしながら海の傍までたどり着いた。駐輪場に自転車を止め、花火会場へと向かう。見物客向けに解放された砂浜はもちろん、堤防の道路沿いに並んだ屋台も多くの人でごった返していた。

「せっかくだし、ちょっと屋台見てこ!」
「あ、ちょっ、双葉っ!」

 祭りの雰囲気にあてられたようにテンションが一段階上がった双葉が屋台の方に駆け出していく。とっさに伸ばしかけた手は、雄太の顔が思い浮かんで引っ込めて、見失わないように後を追う。
 最初に双葉が訪れたのはくじ引きの屋台だった。ひもを引っ張ると景品が上がってくるタイプのやつ。外れなしとはなってるけど、ろくなものが当たった記憶がない。ゲーム機とかそういう高そうなやつって絶対こっちまでひも伸びてないと思うんだよね。

「いきなりギャンブルですか、双葉さん」
「女優はみんな勝負師なんだよ」

 勝気な笑みを浮かべながら双葉は腕をぐるぐる回す。双葉の女優論はよくわからないけど、別に止めるつもりもないから様子を見守る。
 えいっ、と双葉が引いた紐の先で持ち上がったのは――スーパーとかでよく売ってる花火セットだった。思わず双葉と顔を見合わせてしまう。

「むむむ、花火は今から見るんだけどなー」
「まあ、あの中なら当たりよりの景品でしょ」

 屋台のおじさんから受け取った花火を双葉はそのまま僕に手渡す。こんなこともあろうかと、というわけではないけど大きめのカバン――雨が降るかもしれないから一応防水のやつ――を持ってきてたおかげで花火セットもすっぽり収まる。
 落ち着く暇もなく、双葉は次なる屋台へとぐいぐい進んでいく。

「じゃあ、次はあれやろっ!」
「射的って、つくづく勝負師だね」
「今度は拓真がやってよ。あのぬいぐるみ欲しい!」
「えー。あれ、絶対動かないやつじゃん……」

 双葉が指さしたのは両手で抱えるような大きなくまのぬいぐるみだった。射的のコルク弾なんかじゃびくともしない感じがする。まあ、こういうのは楽しんだもの勝ちだからいいのかな。
 コルクの弾は五発。射撃台に乗り掛かるようにして精一杯腕を伸ばしてくまを狙う。だけど、案の定どれだけ弾を当ててもくまのぬいぐるみはピクリともしない。あっという間に残り一発になってしまった。

「はじっこに当てた方がチャンスありそうじゃない?」
「そういう問題じゃないと思うけどなあ……」

 双葉の言うことは理屈的には正しいけど、それくらいの加減ではどうにもならないと思う。一応、今度はくまのぬいぐるみの頭の上を狙ってみるけど。
 パンっと発射されたコルクは狙いより微妙に逸れて、くまの頬の辺りに当たった。曲面に当たったからか、弾は勢いそのままに真横に飛んでいき、隣に並べられていた景品をはたき落とした。

「おお、スーパーショット!」
「……完全にまぐれだけどね」

 振り返ると双葉は楽しそうにぴょんぴょん小さく飛び跳ねている。狙ってたくまは動く気配もなかったから微妙な気分だけど、喜んでくれたならよかった。
 ラッキーヒットで落とした景品はちょっと大きめのタオルだった。なんでタオルなんて射的の的に並べてるんだろうとは思ったけれど、まあ、まぐれ当たりなのだし妥当なところかもしれない。
 花火セットと同じようにタオルをカバンに収め、既に歩き出した双葉の後を追う。
 双葉の勝負欲はくじ引きと射的で一応落ち着いたらしく、次の屋台で手に入れたのは真っ赤に光るりんご飴だった。僕はちょっと小腹が空いてたからフランクフルトを買って、そこからは屋台を適当に冷やかしていく。
 祭の屋台なんて久しぶりだから、こうやって見て回るだけでも楽しかった。昔は金魚すくいとか、スーパーボウルすくいとか、色々やってたなあ。そんな風に懐かしみながら見て回っていると、双葉の姿が隣から消えていた。

「ね、拓真。これ買っちゃった!」
「今度は何を――」

 後ろからくいくいと袖を引かれて振り返ると、横向きに狐のお面を付けた双葉が笑顔を僕に向けていた。ご丁寧に双葉の右手で形づくられた狐が僕に小さくお辞儀する。
 スピーカーから響く祭囃子、宵闇に揺れる提灯の淡い光。そんな周囲の景色が遠くなって、小首をかしげて僕を見る双葉の存在から目が離せなくなる。

「あ、かわっ……」
「えっ?」
「な、なんでもない」

 ハッと我に返ったように世界に色と音が戻ってきた。自分が言いかけた言葉に気づいて、慌てて双葉に背を向けて歩く。なんで、お面をつけたくらいで息が詰まる程惹きこまれてしまったのだろう。
 双葉に見惚れるのなんて、今に始まったことじゃない。でもそれは舞台の上の双葉の姿にであって、それ以外の時の双葉はちょっと無邪気な同級生だったはずなのに。

「えー! 何か言いかけたじゃん! それに、狐につままれたみたいな顔してた!」
「うまい事言ったみたいな感じだしても、言わないから」

 ドッドッと速くなる鼓動を抑えて歩き続ける。双葉の態度は相変わらずで、いつもみたいに返事をしたら少し落ち着いた。双葉にバレないようにそっと深呼吸する。
 パタパタと後ろから追いかけてくる双葉を待って振り返る。うん、今度は大丈夫。さっきは不意打ちだったからちょっと動揺しただけで。
 
「ほら、そろそろ砂浜の方に行かないと。花火、始まるよ」
「むう、またそうやって誤魔化す。ま、いいや。じゃ、こっち。花火見るのにとっておきの場所があるの!」

 悪戯っぽく笑った双葉は僕の返事を待たずに歩き出す。歩きながらちらっと振り返った双葉はどこか満足げで、なにより楽しそうだった。
 そんな双葉の後を追いかけながら自分の額に手を当てる。これは双葉のデートの演技だ。そのはずなのに、双葉の隣に並ぶことができなくて、背中をずっと追いかけた。