「おっ、今日はちゃんと来たんだな」

 橋の下で双葉と話した翌日、演劇部の稽古に顔を出すと真っ先に雄太から声をかけられた。舞台の上では双葉と他の演者が中盤のシーンの稽古をしている。今まで演技の指導をしていたらしい雄太は僕のところまでやってくると笑顔を浮かべて肩をポンポンと叩く。
 短く切りそろえられた髪といい、腕にしっかりついた筋肉といい、演劇部というよりは運動部のような雄太にそんな風にされるとちょっと痛い。肩はもちろん、胸の内側も。

「昨日は練習抜けてごめん」
「いや、構わねえよ。脚本、書き上がってからも色々悩んでるんだろ?」
「それはまあ、そうだけど」
「そもそも、恋愛物書いて欲しいって拓真に無理言ったのは俺だしな」

 二ヶ月ほど前、県大会も終わり文化祭の演目をどうしようかという話になった時、雄太の鶴の一声で恋愛物を演じることに決まった。一応僕は恋愛物なんて書いたことないとやんわり抵抗はしたのだけど、だからこそ文化祭でやってみようと押し切られた。

「拓真が書いてくれた脚本、全然初めてのクオリティじゃなかったと思うけど。具体的にどの辺で迷ってるんだ?」

 演出として舞台をまとめ上げる雄太のお墨付きはありがたかったけど、あくまでそれは「初めてにしては上出来」というだけで。雄太が演出して双葉が演じる舞台としては全然物足りないと思う。

「挙げ始めたらきりがないけど、やっぱりクライマックスはもっと上手くできたんじゃないかなって」
「あー。あそこかあ……」

 雄太は腕を組んで何やら悩み始める。初めてのクオリティではないとは言ってくれたけど、客観的な出来としてはやはり思うところがあったのかもしれない。
 やがて、雄太はちらっと舞台の上の双葉を見てから、人差し指で頬をかきつつ言いにくそうに口を開いた。

「例えばさ。クライマックスのところさ、来週までに書き直せたりするか?」
「今から? 稽古の方は間に合うの?」
「双葉と俺の二人のシーンなら、どうにかなると思う」

 普段は演出としてまとめ役に徹している雄太だけど、今度の文化祭の舞台では双葉の相手役となる主人公を演じることになっていた。中学までは劇団で演者をしていた雄太は部内でも演技には一日の長があるし、双葉の演技力も考えれば一週間後ならギリギリ演技を仕上げられるかもしれない。

「別に、無理だったら無理でいいんだ。その時は今の台本でそのままやればいいんだし」

 ちらりと浮かんだのは双葉と疑似デートとして花火に行くという約束だった。それで恋愛物が書けるかというと、そんなに簡単なものじゃないけれど、もしかしたら何かのきっかけになるかもしれない。

「それなら、やってみるけど……」
「おっ、マジか! 楽しみにしてるぜ、拓真」

 雄太のテンションは「無理だったら無理でいい」程度の期待じゃなかったけど、とりあえず頷く。
 それにしても、雄太が舞台の全てにこだわるのは元からだったけど、ここまで稽古が進んでから脚本の書き直しを頼まれるのは初めてだった。やっぱり、今の脚本は雄太の納得できるラインを超えていなかったってことかもしれない。

「あ、いや。今の出来が悪いってわけじゃなくてさ。でも、クライマックスのところはどうしてもこだわりたくて」

 当然、クライマックスは劇全体の印象を少なからず左右する。雄太がこだわるのは別に不思議でもなかったけど、何故か雄太はバツが悪そうに僕から視線を逸らした。
 雄太は再び稽古中の双葉を見てから、少し悩むようにして頭の後ろに手をやると、周囲を気にするように僕に一歩近づく。

「色々頼んどいて隠してるのも悪いから雄太には言うけどさ。俺、文化祭が終わったら双葉に告白しようと思ってるんだ」
「こ、告はっ――!」
「あっ、馬鹿ッ!」

 思わず復唱してしまった僕の口を雄太が塞ぐ。幸い、他の部員は稽古に集中していて、僕らのやり取りに注目している人はいなさそうだった。雄太はほっと息をついてから、照れくさそうに鼻の頭を指で擦る。
 
「えっと、さ。一年ちょい一緒にやってきて。最初は凄い演者がいるなって感じだったんだけど、ずっと見てるうちに演者としてだけじゃなく、双葉個人も気になっててさ……」

 まさかこんなところで雄太の恋バナを聞くことになるとは思わなかった。
 あれ。でも、ここで色々頼むって文脈が出てくるということは。

「じゃあ、もしかして文化祭で恋愛物をやろうって言ったのって」
「……おう」

 どうやら雄太は文化祭の公演自体を告白に向けた演出にするらしい。
 さすが、僕の脚本を県予選優秀賞にまで引き上げる演出家だ。利用されているはずなのに、不思議と怒りみたいな感情が沸いてくることはなかった。
 一つ気になるとすれば、その相手である双葉と僕は花火を見に行く約束をしていることだけど――いや、それだっていい脚本を書くためなのだから、巡り廻って雄太の為になるのかもしれない。
 一瞬もやりとした胸の感覚に見ないふりをして、ちょっと肩をすくめてみせる。演劇部エースの双葉と雄太の組み合わせ。誰も間に入る余地がないほどお似合いの二人じゃんか。

「わかった。できる限り頑張るよ」