すると母さんの再婚相手は
『今、そちらに向かっておりますので、もう少々お待ち下さい』
そう答えると
『では、今しばらくお待ち下さい』
と言い残し、電話が切れた。
母さんのスマホを借りて出てきたのだろう。
心配してくれているのが手に取るように伝わって来た。
(誠実で良い人なのかもしれない)
母さんから再婚の話を聞いてから複雑な心境ではあったけど、俺はスマホを見つめてそう思っていた。
母さんから話を聞いていた時はなんとなく漠然としていたけれど……、こうして相手の声を聞くと実感して来てしまった。
(苗字……変わっちゃうんだな)
ぼんやりと考えしまった。
俺は神崎のじいちゃんもばあちゃんも大好きで、ずっとこの二人の孫で居たいと思っていた。
親父の兄である秋人おじさんとも、他人になってしまうのは寂しい。
……きっと、俺が神崎のままで居たいと言ったら、じいちゃんもばあちゃんも秋人おじさんも、喜んで俺を受け入れてくれるだろう。
でも、そうなったら母さんが一人で嫁ぐことになってしまう。
再婚相手と俺の二つ上の野郎が住む家に、か弱い母さん一人を放り込む事は出来ない。
そうなると、やっぱり俺は神崎では無くなるのだと……今更ながら悲しさとも寂しさとも言えない感情に襲われていた。
そんな時だった。
「葵様?」
スマホからよりも遥かに低音なイケボに顔を上げて、俺は固まった。
目の前に現れたのは、紺色のスーツに身を包んだとんでもなくスタイル抜群なイケメンだった。
気付くと、ロビーに居る人達の視線を一身に浴びている。
母さんから聞いた話では、再婚相手は十歳以上年上の筈だけど……見た感じ二十代にしか見えない。
落ち着いた佇まいと、今、まさにこの薄暗いホテルのロビーが似合う夜の帝王と言っても良さそうなモテオーラを醸し出すイケメンに声を失っていた。
が!だ。
その相手は俺の顔を見ると、しばらく固まった後、突然、吹き出したのだ。
「失礼……」
そう言いながら、顔を反らして肩を震わせて笑っているじゃないか。
思わずムッとしていると
「すみません。お噂ではかねがね伺っていたのですが、本当に京子様とそっくりなもので……」
と言いながら、又、笑っているじゃないか。
「そりゃあ、親子ですから!」
段々とが立って来て頬を膨らませて怒っていると、その顔を見て益々笑い出した。
「すみません。いや、頬を膨らませると……ごほん。大変失礼致しました」
ひとしきり笑った後、再婚相手はそう言うと咳払いして気持ちを落ち着かせると
「初めまして……ではないですが、こうしてきちんとお会いするのは初めてですね。私は田中陽一と申します」
にっこりと微笑んだ笑顔がこれまたイケメンで、ロビーに居る女性が色めきだっているのが分かる。
芸能人と言っても納得する程のイケメンに圧倒されながら
「初めまして、神崎葵でし」
お辞儀して挨拶したのは良いが、緊張のあまり噛んでしまう。
すると、ようやく笑いが治まったであろうイケメンが再び顔を反らして肩を震わせている。
(もう良いよ! 笑いたければ、笑えば良いさ!)
頬を膨らませてそう思っていると
「すみません。翔さんや蒼佑さんからお話は伺っていたのですが……、想像以上にお可愛らしい方なもので」
笑いをかみ殺している顔もカッコイイってずるくない?
そんな事を思いながら
(ん? そういえば……、さっきから俺や母さんの事は「様」で、蒼ちゃんや秋月先輩を「さん」付けしているのはなんでだ?)
と考えていると
「では、参りましょうか」
にっこり微笑まれ、前を歩き出した田中さんに続いた。