青天の霹靂


「あおちゃん、お母さん再婚しようと思うの」
 それはまさに、青天の霹靂だった。
俺史上、最高に美味しくできた鳥の唐揚げの味が分からなくなるくらいには、衝撃を受けた。
まさに二口目を口に入れようとしたその瞬間、俺は固まって動けなくなってしまう。
「あおちゃんは反対?」
しょんぼりとした顔をする母さんに
「反対も何も……、初耳過ぎて思考が追い付かないんだけど……」
そう答えるのがやっとだった。

 俺は神崎葵。
今年の春、めでたく有名私立高校に入学したばかりのピカピカの一年生だ。
家族構成は母一人、子一人のいわゆる母子家庭ってやつで、親父とは死別している。
親父は生まれつき身体が弱く、医者からは「二十歳まで生きられたら良いと思ってください」と言われていたらしい。
そんな親父は「葵が三歳になるまで生きる」と言っていた通り、俺が三歳の誕生日を迎えた翌日に、二十二歳という若さでこの世を去った。
医者の話では、「二十二歳まで生きられたのは奇跡だ」と言われるほど、親父の身体は弱かった。
入退院を繰り返し、記憶の中の親父はいつも消毒液の匂いがしていた。
それでも俺が生まれた事を心から喜び、必死に今にも消えそうな命の灯を燃やし続けてくれた親父を、母さんは心から愛していた。
親父が息を引き取った日。
それまで気丈だった母さんは、親父の遺体にしがみついて泣き崩れてしまった。
親父の遺体から離れず、荼毘に伏すのも大変だったのを今でもはっきりと覚えている。
あれから十三年という月日が流れた。
十八歳で俺を生んだ母さんは、まだ三十四歳という若さだ。
残りの人生を共に歩みたいという人が現れても、おかしくはないだろう。
ただ、やっと母さんを守れるくらいの年齢になったと思っていたから、寂しくないと言えばウソになる。
それでも、ずっと女手一つで俺を育ててくれた母さんが幸せになるのだったら、俺が反対して母さんの幸せに水を差すのだけはしたくない。
俺は必死に笑顔を浮かべ
「反対なんかするわけないだろう」
そう答えた。
この時の俺は、これ以上驚く事は何もないだろう思っていた。
しかし、本当に驚くのはこの後だという事を、この時の俺は知る由もなかった。