後期練習の参加を辞退した晴太は、同じ居残り組と軽くボールを蹴りに、学校へ来ていた。
 後期練習は実戦形式で行うため、高校のグラウンドよりさらに遠い練習場へ行く。部員の保護者が車に乗せてってあげると言ってくれたけれど、そうまでして行くだけのモチベーションは湧いてこない自分に、晴太はむしろ胸のつかえが下りたような思いでいる。

 用具の片付けをして運動部共通のシャワールームでさっと汗を流すと、晴太は他の部員に別れを告げた。
 清沢柚月、図書室にいるかな。早まる鼓動を歩みで押さえながら、晴太は図書室へ向かった。
 廊下に面した窓からだと、いるかどうかまでは分からない。思い切って中に入ってみる。お盆前より図書室の利用者は減っているようだ。
 一人用机の上で主の帰りを待っているノートとシャープペンシルが晴太の視界に入る。多分あいつのだ。持ち主はどこへ行った? 
 荷物がそのままということは、学校内のどこかにいるのだろう。晴太は何とかして探し出したい欲に駆られた。保健室では殆ど話せなかったし、ちゃんとした礼も言えていない気がする。もう一度会っておきたい、夏休み中に。

 図書室を出て渡り廊下を歩くと、本校舎の二階に繋がる。保健室、面談室、事務室に校長室、職員室を通り過ぎたら学食フロアだ。
 夏休み中はもちろん稼働していないけれど、自販機で飲み物は買えるしゆっくり休憩も出来るしで、女子生徒を中心にそこそこ賑わっていた。

 いた、清沢柚月。何だか慌てている。どうも飲み物をテーブルにこぼしてしまったようだ。晴太は、反射的に学食のカウンターにある布巾を掴んでいた。

「あ、布巾ありがと。……で、なんだっけお前」
「だから入江だっつの。呼びにくかったら晴太でいいよ」
「晴太」
 他人に興味のないやつなのかな、晴太は小さく苦笑する。ま、おれも似たようなものだけれど。

「清沢は一年の最後で転校してきたんだな。おれ知らなかったよ」
「学校に来ても、あんまりだれとも喋らないから」
「大変そうだな」
「いいだろ別に」

 保健室でも思ったけれど、清沢は口数が多い方ではないようだ。けれどクールぶっているわりにはオレンジジュースをこぼした動揺が見え隠れもして、妙に嬉しくなる。晴太は言葉を交わしながら柚月を観察した。
 初めて柚月を見たあの時、ステンドグラスに溶け込んだ横顔に釘付けになったのを晴太は忘れられない。清々しく一人で立つ、心の強さみたいなものを晴太は感じたのだ。

「おれの方こそ、ちゃんとお礼言ってなかった。保健の先生呼んでくれたのと来室カード。ありがとな」
「え、こないだ言われたじゃん」
「二つまとめちゃったからさ」
「何だそれ」
 意味が分からないといった表情で、柚月が顔を上げた。まともに顔を見たのは初めてかもしれない。にこりともしないその表情が、なぜか晴太には眩しく見えた。