入江晴太の朝は早い。起きてすぐに身支度をし、朝食の準備と同時進行で父親と自分の弁当を作る。朝は晴太の担当、夜は父親の担当と決めていたけれど、最近は仕事が忙しいとかで夕飯も晴太が作るようになっている。
 父親が起きてくる前に晴太は家を出る。サッカー部の朝練は季節を問わずほぼ毎日だ。青南高校は決して強豪校ではないけれど、そこそこ歴史もありプロに進んだ先輩もいる。晴太がポジションをキープするには日々の積み重ねしかない。
 サッカー部に入ることを決めたのは自分だし、上手くなりたい気持ちもあるけれど、そうは言っても夏休みの早起きは辛いのが正直なところだ。宿題も多いし塾の夏期講習も始まる……高校二年生の夏休み、晴太のモチベーションは早くも下がり気味だ。

 晴太は父親と二人暮らしだ。晴太が中学生になった時に両親が離婚した。四歳上の兄は母親の元へ行き、晴太はサッカーを続けたくて青南高校の付属中学校に入りたかったから、父親と地元に残ることを決めた。
 中学の頃は母親や兄と過ごす時間もあったんだけどな。弁当箱をそれぞれのランチクロスで包みながら晴太は思う。
 兄が就職し独立した事で、何とはなしに均衡が崩れた。母親だけに会いに行くのはどうにも後ろめたさが付きまとう。高校に入学した頃から、晴太は滅多に自分の方から会いたいとは言い出さなくなっていた。
 
「行ってきます」
 返事のない玄関を戸締りすると、晴太は自転車に乗った。まだ夏の太陽が昇りきらないこの時間。風を切って走れば気分がすっきりする。
 そうだ、今日もあいつは来るだろうか。晴太は昨日の光景を思い返し、少しだけ自分の体温が上がるのを感じた。
 この夏休み、モチベーションが上がりそうな理由を昨日ひとつ見つけたんだ。晴太の体温はまた一℃上昇する。

 図書室で机に向かう清沢柚月。俯き加減の横顔。今まで気にも留めたことのないその存在が、晴太の中でクローズアップされていく。
 どんなやつなんだろう。どんな声で喋るんだろう。どこに住んでいて、何が好きなんだろう。だれと友達なんだろう。

 自転車を漕ぐスピードが速くなる。肌が汗ばむ。朝練が終わったら、今日は一人で図書室へ行ってみよう。