「二学期いっぱいでサッカー部を辞めるって言ったんだ。部長に」
 晴太が口をご飯でいっぱいにしながら、柚月に言った。
「お前なあ、喋るか食べるかどっちかにしろ」
「うん」
 もぐもぐ。
「でさ、きちんと決まってから柚月に言いたくて、タイミング見てた」
「だから、喋るか食べるかどっちか」
「うん」
 もぐもぐ。

 そんなやりとりが心地良い。
 そうだったんだ。晴太なりに、進路に向かって少しずつ動き始めていたのか。柚月はこのところもやっとしていた自分の胸の中に、少しずつ晴れ間が広がっていくのを感じる。晴太と喋っているだけで、曇りが晴れに変わるのが不思議だ。
「そっか」
 大した言葉を返せない自分がもどかしいけれど、そんな柚月の返事にも、口をもぐもぐさせながら笑う晴太が好きだと思う。

「写真一筋でいくのか?」
「いや、まずは兄貴に教わった映像学科のある大学を目指すことにした。難関だけど、やるしかねぇ」
「やる気だけは十分にあるみたいだな」
「元気もあるぞ?」
「あとは成績か」
「そこは言うなって」

 晴太と軽口を叩いていれば、何となく食欲も湧いてきたような気がする。どんな薬より効くエナジードリンクみたいな晴太を、俺が独り占め出来たらいいのに。
「じゃ、おれ戻るな」
 一足先に食べ終わって友達と教室へ戻る晴太の背中を、柚月はそっと見つめた。

 学校からの帰り道、思わず急いで渡ろうとした横断歩道で転んで、足をねんざしてしまった。
学校を休むほどではなかったけれど、整形外科の時間が取れなくて部活には行けなかった。部室には次の演劇部公演に向けて図書室で勢い込んで借りた本が置きっぱなしになっている。だれかが気付いてくれればいいけれど。

「あら、こないだの。また持ってきてくれたの? ありがとう」
 階下で、伯母さんの少し高い声が聞こえてきた。だれか来たようだけれど、相手の声は聞こえない。
「ちょっと今呼ぶけど、階段下りるのに難儀していてね」
「……」
「そう、悪いわね。ありがとうね。あ、そうそう。今日はクッキー焼いたの。良かったら持ってって」
「……」

 晴太だ。晴太が、きっとまた本を持って来てくれたんだ。柚月は布団の中でぎゅうっと丸まって、じわじわと滲み出る思いを噛みしめる。心細い時や自信のない時に、いつも決まって晴太の存在を近くに感じる。

 柚くーん、入るわよ。伯母さんの声がして、柚月は布団から顔半分を出す。
「ね、あの子、また本持って来てくれたわよ。階段下りるの大変だと思うからいいです、って帰っちゃったけど」
「入江だよ」
「入江君か。いい友達出来て良かったわね。柚くん、こっちの学校に来てから友達出来た様子なかったから、ちょっと心配してたの、伯母さん」
「うん」
「また様子見に来ますって。今度は家に上がってもらってね。いろいろご馳走しちゃうから」
「うん」

 伯母さんは柚月の布団を直すと、楽しそうに部屋を出て行った。晴太、お前の印象良いみたいだぞ。まあ、文化祭であった出来事は秘密だけどな。柚月は布団にもぐると、クスクス笑った。