文化祭が終われば、途端に秋の気配が朝夕の道路を駆け抜けていく。この時期が柚月は一番好きだ。みんなが少しだけ寂しさを感じるようになる。

 あの件については、柚月も晴太も触れないままでいる。隣のクラスとはいえ、頻繁に顔を合わせる機会があるわけではない。たまに教室移動でばったり会って、「よっ」「おう」と小さく手を挙げる程度だ。
 思い出すたびにくすぐったいような気持ちと小さな不安が一緒になってこみ上げてくるから、柚月はあの件のことを考えないようにしていた。

 晴太と手が重なった時、柚月の心に一番近い存在は晴太なんだと分かった。柚月の心にそっと寄り添って優しく殻を割り、温かく触れてくる手を嬉しいと思う自分は、やっぱり晴太のことが好きなんだと確信する。
 それと同時に、どうしようもない照れくささと、晴太も同じ気持ちでいるのかもしれないという期待、そうじゃないかもしれないという迷いが同時に溢れ出して困った。
 芝居が終わってから、晴太とどんな会話をして、どうやって別れて帰宅したのかよく覚えていないくらいだ。

 通常授業が再開して、晴太の様子はいつもと変わらないように見えた。もしかしたら自分にだけ分かるちょっとした空気感でもあるかと思ったけれど、目に見える変化は今のところ何もない。
 このまま口をつぐんで何事もなかったかのように接するのがいいのかな、シャープペンシルを指で回しながら、柚月は少し凹んでいる。

 今日は伯母さんが朝早く出かけてしまったから、弁当を持って来ていなかった。久しぶりに来る昼休みの学食は、案の定大混雑だ。こんな人込みの中をかき分けてまでは行きたくない。何かに引っかかったり、お盆を落っことしたり、きっと何かやらかすに決まっている。想像するだけで食欲が減退していく。

「柚月。昼飯、学食にすんの?」
 晴太の声だった。晴太はクラスの友達数人と連れ立って、学食の列に並んでいる。とっさに柚月は嘘をつく。
「いや、ジュース買いに来ただけ。じゃあ」
 視線が合う前に踵を返そうとした時、腕を掴まれた。
「待て待て、一緒に買ってくるから金だけちょうだい」
「は? だからいいって」
「ほら順番進んじゃう。どれ?」
「……竜田揚げ弁当」
「了解」
 柚月があれこれ言う前に列は進み、晴太は前の方へ送り出されて行った。

「はい、竜田揚げ弁当」
「いいのかよ」
「何が」
「クラスの友達。あっちで食べ始めてるぞ」
「いいよ別に。約束してたわけじゃねぇし。な、柚月一緒に食わね?」
「俺と?」
「そこ、テーブル空いてる」
 断る選択肢はないらしい、柚月は晴太にまたもや腕を掴まれている。