触れた部分がピリピリするみたいだ。晴太の全神経が、柚月と重なっている片手に集中する。
 ほんの少し体温を共有しているだけなのに、凄く熱くなっている気がする。変だと思われていないだろうか。おれ、汗かいてない? 気持ち悪くない? 
 柚月の視線は、舞台の方を向いたままだ。何を考えているのかはいまいち読めないけれど、拒まれていないことだけは確からしい。ちらりと横目で確認すると、晴太も視線を舞台へと戻した。

 これは柚月の物語だと、晴太は思った。主人公を通して、柚月が何を思って生きてきたのかが泣きそうなほどに伝わってくる。
 夏休みに見た、強く凛としたあの横顔。周りの音も光も、一切入らないと言うかのように固く結ばれた唇。ひたすらにノートへと向かう視線。対照的にひんやりと冷たいであろう、シャープペンシルを握る指先。
 あの時紡いでいた物語がこうして息を吹き込まれ、躍動している。

 だれとも分かりあえないなら一人でいた方が楽だと悟ってしまった頃の柚月が今この芝居を見たら、少しは救われるだろうか。
 その頃の柚月を晴太は知らない。もしかしたら、気の毒だけど自分にも分からないで終わっていたかもしれない。
 けれど柚月と出会った夏休みのあの時、何かから飛び出したいと願うエネルギーを感じたのだ。晴太はその強さに惹かれ、自分もまた強くありたいと願うようになった。
 柚月に会いたい、話したいと身体中から力が湧いて、被写体へのイメージがあとからあとから溢れてくる。

 これは紛れもなく恋だ。隠しても隠しきれない。だれがなんと言おうと、晴太のその感情は、恋だ。

 エンディングと思しき曲が流れる中、主人公は、持っていた着ぐるみの頭をしっかりと被る。先輩には残念ながら失恋したけれど、彼女は子供のために何かがしたいという夢を見つけた。進路への挑戦、仲間からの応援。強さを身に付けて、彼女は立ち上がった。

 客席に拍手が起こる。晴太と柚月もそっと互いの手を離して、手を叩いた。ほっとしたような名残惜しいような気持ちがないまぜになる中、客席に明るさが戻っていく。

 現実の世界に引き戻された晴太は焦り、拍手はぎこちなくリズムを崩した。さっき触れた手は夢じゃなかったし、芝居のように「はいカット」で終わる話でもない。もちろん冗談で済ませられるはずもない。このあと、柚月にどんな顔で話せばいいんだ、おれは。

「寝てはいなかったみたいだな」
 照れたような怒ったような口調で、ぼそりと柚月が呟いた。
「寝るわけねぇだろっつの」
 パンフレットを見るふりをしながら、晴太もぼそりと答える。

「……ありがと。晴太のおかげだ」
 柚月の言葉が、客席のざわつきを一瞬で消した。晴太の胸に、静かな波紋が広がっていく。

 触れた手の熱も、柚月への恋心も、もうそれらは消そうとしても消えるものではなかった。